俺と異世界とチャットアプリ

山田 武

スレ55 勝者は遅れてやってくる



[負けた]

「……はい、すみません」

 控え室にやってきたクラスメイト。
 アルやファウたちも見守る中、俺は正座の状態でサーシャを見上げていた。

[勝てた]

「無理だから。あれは勝てない奴だった」

[勝てた]

「いや、そもそも出れば良いって話だっただろう? なんで、勝つところまで指定されているんですか」

 手紙の内容を要約すれば──さっさと試合に出ろ、といったものだ。
 だから仕方なく参加したわけだが、そこに勝利が必須だと言う文言は無かった。

[勝てた]

「……すみませんでした。サーシャ様のご指示に沿えず。次こそは、必ず勝利することを誓いますのでお許しを」

 学園では俺が従者。
 なので頭を垂れ、許しを請うポーズを取った……のだが。

[…………]

 わざわざ表記しなくとも、沈黙はしっかりと認識できるんだがな。

「な、なあ……アサマサ」

「どうした、ブラスト」

「お前、アイツに勝つ気なのか?」

「えっ? そりゃまあ、サーシャ様のご命令なわけなんだし。あんな戦い方じゃなくて、あらゆる手を尽くせばたぶん勝てるぞ」

 たしかに、剣術の腕前は冴えていた。
 ──だが、アイツはもっと高みにいる。

 たしかに、繊細な魔力操作ができていた。
 ──だが、アイツはもっと優れている。

 たしかに、実力は俺以上なんだろう。
 ──だが、アイツらはもっと強い。

 結局のところ、リア充君にやった方法を応用すればギリギリ勝利は掴めるだろう。
 けどそれでは、何も得ることができない。

「……相手は、あの序列九位なのよ!?」

「サーシャ様が望むんだから、そこは仕方ないさ。俺だって、本当はやりたくない」

 フェルナスが驚いているが、たしかに実力はあるヤツだったからな。

 当然、才能も可能性も限界点もアイツの方がはるか高みに位置するだろう。
 それでもなお、積み上げた技術が変わらず機能したならば……俺にも勝ち目はある。

「アル、ファウ」

「なんだ」
「ん」

「決勝戦でアイツと闘いたい。たぶん、組み合わせの方は心配ないだろう。だから頼む、そこまで二人だけで勝ってくれ」

 ただ、俺の方も準備が必要となる。
 虚無系の魔法は制限をかけているし、最適な武具を選ぶのにも悩む。

 ──ああ、別に主人公みたいに何か特殊な封印がかかっているわけじゃないんだ。
 そんなことをせずとも、凡人の才能限界などすぐに発揮される。

「そうすれば、勝利できるのか」
「……本気?」

「ああ、信じてくれ」

「そうか、ならば任せろ」
「兄さんが、きっと勝つ」

 二人はそう答えてくれた。
 よし、これでサボる理由ができたぞ!

 サーシャもここまでは読めないだろう。
 まさかここまでシリアスな展開を見せつつも、裏でこうしてサボるための口実を考えていたとはな……ふっふっふ。

[アサマサ、勝って]

「ええ、勝ってみせますとも」

 今の俺に大切なこと。
 それは──ゆっくりと眠ることだろう。





「……ん? あれ、今何時だ?」

 いつの間にか暗くなっていた。
 スマホを取りだし、時計機能を調べてみれば──すでに決勝開始時刻となっている。

「遅刻、遅刻か……うん、指示通りだ・・・・・

 チャットアプリを開き、自身の行動が正しかったことを確かめる。

「……というか、遅刻することになんの意味があるんだろうな。別にそれ自体は構わないけど、せめて理由が知りたかった」

 腕をうーんと伸ばし、体を解していく。
 寝ていたせいか、若干凝り固まっている。

 ゆっくりと気を練り上げ、体内で循環するように意識して回していく。

「──よし。これでいいか」

 肉体の凝りを調べる動きをしてみても、たしかな感触を掴める。
 少し荒い戦い方でも、一度だけならどうにかなるだろう。

「それじゃあ、始めるとしますか!」

  ◆   □   ◆   □   ◆

 遠くで、ギリギリでやってきた俺に対するナニカを話す声が聞こえる。

 だが、アナウンスなど気にしない。
 必要な音声は、目の前で立ちはだかる少年の声だけだ。

「……待たせたな」

「いえ、退屈はしなかったよ。チームメイトさんは、とてもお強かったです」

 チラリと視界の端の方に、申し訳なさそうな顔を浮かべる二人を見つける。
 舞台内で敗北したなら、すぐさま転送されるはずなんだけどな……戻ってきたのか。

「ぼくの前の二人は、あの女の子……ファウちゃん一人に倒されちゃったよ。Xクラスは本当に凄いんだね。彼らはSクラスの中でも選ばれた生徒だったのに」

「そりゃあ、こっちだって選抜しているんだぞ。精鋭なのはお相子様だ」

 そうか、ファウが一人で……。
 なんだか感慨深いものを感じてしまうが、それはこれまでのサボり具合を見ていたからだろうか。

「体力を戻す分にも、待機時間は助かったからね。準備は万全にできてるよ」

「こっちも準備は整えたさ。お蔭で、仇を討つことができる」

「うん、ちょっと前の闘いじゃ本気をお互いに出せなかったしね。今度こそ、高みを目指した闘いをしようじゃないか」

 高み、彼の言うソレが俺の見た一種の頂点と同じとは限らない。

「魅せてやるよ」

「何を?」

「凡人が身に着けた高みの技術さ。紛い物で劣化品だが、それでも元が凄すぎてな、勝てると自負しているよ」

「それは……うん、凄く楽しみだね」

 あーあ、どうしてこんな挑発をしなきゃならないんだよ。
 絶対、相手のやる気を上げさせるための挑発でしかないよな?


≪それでは、運命の決勝──大将戦! 勝つのは1-SクラスかXクラスか!? 学園長より開始の合図をお願いします≫


 学園長が舞台に上がってくる。
 俺たちの集中力に気づいているようで、何も言わずに合図の準備だけを整えていく。

「試合──開始だ」

 空高く上げられた空砲。
 それが決勝戦で鳴り響く音楽会、その始まりを知らせる音だった。


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