最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

238話 エレルリーナ

「はい、クロト」


 後ろから声をかけられたので振り返ると、エヴァがシュデュンヤーを拾ってきてくれていた。
 謎の女性に制され、獄気硬化を解除すると同時に氷剣は崩れ落ちてしまったので、どちらにせよ勝負はここまでだっただろう。


「スーサ、貴女も暫く海に出れなくて鬱憤が溜まっていると思うけど、それをお客様に向けるのは違うわよね?」

「わ、わかってる……」


 なんだろう。この女性には物理的な力ではない強い力がある。スーサとこの女性だったら間違いなくスーサの方が強いけれど……
 いや、しかし女の人は怒ると怖い。それはエヴァがいつも教えてくれる事だ。


「何?」


 心の中で思いながらエヴァを見ていると、考えが読めているかのように怒った時の目を俺に向けてくる。


「い、いや……なんでもないです」


 さっきまで周りで不安そうに見ていた団員達も、謎の女性が登場してからはニコニコしているので、普段からこんな感じなんだろうな。


「さて、お客様。その腕前、奥からではありますが見ていました」

「あ、どうも……」

「私はエレルリーナ・スラブ。皆はリナと呼んでくれますので、お客様も気軽に呼んでくださいね」

「あ、クロトです」

「エヴァリオンです!」

「私はサエよ。こっちはリュウ」

「ど、どうも……」

「よろしくお願いします。立ち話もなんですから、奥のテントへどうぞ」


 先程までと違って、物腰の柔らかい対応だ。奥底から嫌を言わさぬ威圧感も消えている。雰囲気からしてここのまとめ役だろうか。スーサが船長だと聞いているが……


「私は船長ではありません。体も弱く、今は病のせいで殆ど外にも出られませんので……あ、安心してくだいね、人には伝染りませんから」


 俺の疑問を汲んでか軽い様子でそう言う。
 だが、海賊団の中ではそう軽い問題ではないんだろう。先ほどまで闘志メラメラだったスーサの顔が曇っており、話の聞こえた団員達も暗い顔をしている。先頭を歩くエレルリーナさんの表情は見えないが……本人だからこそこんなに軽く言えているという部分はあるのだろう。


「何かあったのか?」


 丁度隣を歩いているのでスーサに小声で聞くと一瞬エレルリーナさんの後頭部を見てから小声で返事が返ってきた。


「元々はリナが船長だったんだ。でもさっき言った通り病で海に出られなくなって、体裁を崩すのは良くないって私が代わりに……」


 なるほど。
 しかし病か。癒術なら怪我やあからさまな毒素なんかに対して有効だが、病といった類に対しては効果が薄い。そもそもシエラが居ないのだからこの場で俺達がどうにかするのは最初から無理な話だ。ライラックのあの術ならどうにか出来るのかもしれないが、それも現実的ではない。


「こちらです。どうぞ」


 暫く歩いた後、一番大きなテントの中へエレルリーナが入っていくので、それに従う。中はベッドが一つと棚がいくつかあり、このテント生活が長い事を物語っている。


「狭いところでごめんなさいね。早速話を始めたいのだけれど……」


 狭いと入ってもスーサ込で6人入ってもまだ余裕がある。移動を目的としていないテントだからだろうか。かなり広い。


「あ、はい」

「レヴィアタン討伐についてのお話なのですが……あまり回りくどい言い方をしてもあれだと思いますので率直に聞きますが、レヴィアタンに勝てますか?」


 直球な質問だ。


「勝てるわよ!」


 強気な返事だ。


「これまでの旅でサラマンダー、ロックドラゴン、グラキエースドラゴンに勝利しています。海上での戦闘は不慣れですが、同じ亜竜ですので、お役には立てると思います」


 まるでサエの返事が無かったかの様にエヴァが話を繋げる。
 正直ロックドラゴンやグラキエースドラゴンと同じレベルなら問題はない……と思いたいが、今までと大きく違うところが一つ。それは相手は海中、海上という圧倒的有利な条件下で戦えるというところだ。レヴィアタンが戦いやすいのはもちろんの事、俺達では海中に僅かな間しか入れない。おまけに動きは制限されるし、仲間とのコミュニケーションも取れなくなる。


「今回は最小限に被害を食い止められるように船を動かすに必要な数人の団員クルーと私、そして皆様を乗せた一隻で向かいたいと思ってきます」

「リナ……? だったら私が……」

「いいえ、スーサ。貴女はここで待ちなさい。もし私達が帰ってこなくても誰かが必ずレヴィアタンを倒せるように」

「違う、そんな事を言っているんじゃない。リナはここで待ってるんだ、じゃないと……」

「静かにしていなさい、スーサ。ごめんなさいね。皆様を信用していないわけじゃないんですが……」

「いえ、懸命な判断だと思います」


 冷静に返すエヴァと違って、スーサの顔は青白い。
 何かに怯えるような……ただ失敗した時のことを想定しているだけでは無いような怯え方をしている。


「リナ……頼むから残ってくれ」

「いいえ、居るばかりで何もできない私より、皆を守れる貴女が残る。街では貴女が倒した冒険者達の我慢が限界に来ているそうだわ。もし貴女が居ない事を知って報復に来たら私一人では止めきれない」

「でもッ!」

「街の方の宿はもう冒険者で一杯だと聞いています。多少寝心地は悪いでしょうが、今日はテントを用意しますので、皆様はそちらでお休みください。明日の朝、日の出と共にここを出航します」

「わかりました」


 これ以上この場で何かを聞くことはできない。だが、何かがあるんだ。今回のレヴィアタン騒動……ただ倒して終わりという訳には行かなさそうだ。

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