最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

167話 アルバレス支部長

「サエちゃん、馬車まではどれぐらいあるかわかるっすか?」

「いや……ハァハァ……目覚めたのがどこかわからないから!」


 ラスカは流石に体を鍛えてるだけあって軽やかに走っているが、サエは根っからの魔術師。体は鍛えていないし、魔力だってまだ半分も回復していない状態でのダッシュは体に堪える。


「もう戦闘音も聞こえないっすね……少し休むっすか?」

「ううん……ハァ……ここで止まったら……ハァハァ……三人に申し訳ない!」

「そうっすね……アルさん達も大丈夫っすか?」

「は、はい! ずっと荷物運びとかやってたんで、体力はそれなりに! 二人も大丈夫か?」

「大丈夫!」

「私も!」


 全員疲れてはいるだろう。もう五分以上ペースも落とさずに走っている。相当森の奥まで入っていたらしく、それから数分してやっと遠くに馬車が見えてきた。


「あぐ…………」


 突然、先頭を走っていたラスカが倒れるように転けた。そのままうずくまるように右足を押さえている。
 よくよく見ると太ももに矢が一本刺さっており、血がダラダラと垂れている。


「ラスカッ!!」


 慌てて駆け寄るも、痛みのせいかラスカは歯を食いしばったまま起き上がれそうにない。矢が飛んできたという事はウェヌス盗賊団がきたと言うことか……


「アルさん!手伝って……ラスカを連れて行く!」

「は、はい!!」


 サエとアルさんがラスカの両肩を担ぎ、先程よりかなり落ちたスピードでゆっくりと進んでいく。狙撃手は恐らく狙ってくる。しかし今のサエではそれを防ぐ手立てがない。
 魔力も殆ど残っていないし、なにより矢に反応できるほどの判断力が欠けている。


「アタイの事は……置いていくっすよ。このままじゃ追いつかれるっす……」


 まさにその言葉通り、次の瞬間サエ達の前に矢が一本刺さり、「いつでも狙える」と言う事を示していた。


「やっと止まりましたか……サエさん」


 聞き馴染みのある声を聞き、少し安堵して振り向くと、そこには案の定パンツェが居た。パンツェだけではなくクレフィとエルデナもなだ。戦闘に勝ったのか、それにしては傷も汚れもない。
 だけど助かった。三人が合流すればこの状況でも……


「パ、パンツェ! ラスカが、矢で、もう来てて……」

「大丈夫ですよ、サエさん。クレフィさん、お願いします」

「ええ、」


 クレフィが、ラスカに近寄るとサエとアルさんの肩からラスカを降ろし、寝かせる。そして太ももの矢を引き抜き、すぐに癒術で傷を塞いでいく。
 こんな敵陣の真ん中で悠長に回復等している場合ではないが、三人の登場で安心しきっているサエはそこまで頭が回っていなかった。


「さて、私達もそろそろ仕事を始めましょうか。ラスカさん、立てますか?」

「なんとか……しかし“わざと”矢を食らうこの作戦も考えものっすね〜」

「な、何を言ってるの? 仕事? 早くここから逃げないと……」

「鉄術 足殺封印」


 パンツェが軽く指を鳴らすと地面から鉄塊が飛び出し、サエの両足をガッチリとホールドする。今までも見てきたパンツェの鉄術。だがサエは何が起こったのか全く理解できず、ただ困惑していた。


「さて、もう少し」


 また指を鳴らすと、今度は別の場所から鉄塊が飛び出しサエの太ももを捉える。完全にサエはその場から動けなくなってしまった。


「ね、ねぇ……なにこれ……」


 困惑しながらも恐怖を感じ、足を動かすが、完全に捕らえられており金属音がガチガチと虚しくなるだけだ。パンツェに代わるようにラスカがサエの前に立つ。


「ラ、ラス……うぐ……」


 なんの前触れもなくラスカの拳がサエのお腹を捉えた。それも本気の拳。ウルフキングの頭蓋骨を砕いた時、魔術師小鬼スペルゴブリンの首を砕いた時に近い威力の拳だ。
 骨は辛うじて無事だったが、そのダメージはとてつもない。


「オエ……オゲェェ……ゲボ……ハァ……ハァ……」


 気を失いかけるレベルの打撃だが、足を完全に拘束されている為か倒れる事すらできない。
 理解できない仲間の行動、気を失いかける程のダメージ……サエの頭は完全に混乱し、事態が飲み込めていない。


「ファッファッファッ……これはまた良い獲物ですなぁ……」


 すると今度は森の暗がりからパンツェより身長が小さく、意地悪そうな顔でニヤニヤと笑っている男が現れた。スーツ姿に葉巻をくわえており、少なくともこの森の中では似つかわしくない格好だ。
 そしてその後ろからは大量の人。若い男女が何人も現れた。皆動きやすい軽装に、各々ナイフや弓等の武器を持っている。皆同じような服装をしていることから恐らくはウェヌス盗賊団だろう。


「やぁ、プリティガール。俺様はウェヌス盗賊団アルバレス支部長、ラファーム・フォルター。よろしく」


 明確な敵が目の前に現れ、サエは混乱しながらも状況を飲み込んでいく。何故かはわからないがパンツェ達は自分の敵になってしまっており、今周りをウェヌス盗賊団に取り囲まれている。


「サエさん、最後にこれだけは伝えておきます。我々〈猿狩り〉、そして依頼人のオル、ミン、リアは元々ウェヌス盗賊団です。サエさんは最初から騙されていたんです」


 少しばかり取り戻した余裕がパンツェの言葉で完全にかき消されてしまった。
 それを信じたくないという気持ち、未だ体に残るラスカの拳によるダメージ、この絶望的状況。
 その全てがいっぺんにサエを襲う。


「さ、俺様のアジトまで来てもらいましょう。連れてきな、あくまで丁重に、な?」

「了解!」

「ご苦労だったな、パンツェ。それにオルセイン、ダーリア、カーミン」


 依頼人に扮していたオル、リア、ミンの本名だ。


「嘘……だ……初めて……初めて仲間だって……」

「こいつ、なんか言ってるぜ」

「パンツェさん、この鉄解いてくれ!」

「ああ、そうでしたね」


 パンツェが指を鳴らすと鉄はボロボロと砕け、サエの拘束が解かれた。ガクッと膝を付き、パンツェの言葉が何度も頭をよぎる。
 そして何かが決壊する様に、サエの心中で何かが壊れた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 サエが気持ちの限界を迎えたのか大きく叫び、それに応えるように地面が揺れる。サエを連れて行こうとしていた団員も思わずよろけてしまう。


「おおお? これは?」

「恐らくは水を操ろうとしているんでしょう。しかし大丈夫です。サエさんは自然物を触らなければ操れませんし、ラファーム様が用意してくださったゴブリン達との戦闘によって消耗させています 今更我々を倒せるほどの魔力は……」


 パンツェが喋っているいる途中にも地面は揺れ、遂には地面を突き破り水が噴き上がった。触れた物しか操れないはずのサエが何故操れたかは分からないが、恐らくはこの下に地下水がありそれが吹き出したのだろう。


「これは見事……いいですなぁ」


 ラファームは葉巻をふかしながらそれをゆっくり見物している。水はサエを取り巻く龍の如くうねりながらサエの体を中心に浮いている。


「ハァ……ハァ……よくも……よくもぉぉっっ!!」


 サエが右手を突き出すのに合わせて巨大な水柱がラファームや〈猿狩り〉達に目掛けて迫る。


「クレフィさん!」

「ええ……!」

「ラスカ、下がってろ」

「押忍」

「結界術 前方魔遮断結界!」


 クレフィの張った魔法陣により、水柱は阻まれ結界を抜ける事は出来ない。


「うわぁっ!!」


 だが、水柱は一本ではない。サエの声に応え、次々に水柱が結界へ体当りしていく。次第にクレフィは押されていき、結界もどんどん弱くなっていく。


「想像以上だ……」

「……結界術奥義 魔力消散域」


 若い男の声が響き、突如水柱が弾け飛んだ。弾け飛んだというよりは糸がプツンと切れたように地面に落下し、大きな水たまりを作った。
 サエも突然の事に目を見開きながらも前のめりに倒れてしまう。


「怠慢は行けないとあれほど言ってるでしょう。ラファーム」


 いつの間にそこに居たのか、サエの足元に一人の男が立っていた。耳が尖っており、綺麗な容姿をしている。ブロンドの髪を肩まで伸ばしており、その優しい目付きからは信じられないほど緊迫した圧を感じる。
 エルフの一族らしく、見た目通りの年齢ではないのだろう。


「こ、これはハザック様!」


 ラファームは慌てて膝を付き、周りの団員達もそれに習う。勿論〈猿狩り〉やオルセイン達三人もだ。


「これが〈煌龍〉のハザック様っすか? 副団長の」


 ラスカが小声でエルデナに尋ねる。


「ああ、そうだ」

「危険の排除をするのは良いですが、やるならば徹底的に。そこの君、弓と矢を四本くれますか?」

「は、はい!!」


 ウェヌス盗賊団副団長にして数年前までは最強の冒険者と謳われていた〈煌龍〉のハザックは、団員の一人から弓と矢を受け取るとサエに向けて狙いをつける。
 先程使った結界術の奥義、魔力消散域は一定の範囲内にある魔力をバラバラに分散させる結界で、対抗手段は武術で殴るしかない。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その優しい目つきからは想像が出来ない程冷静に淡々とサエに矢を打ち込む。四本の矢はそれぞれ腕と足を捉え、サエは魔力ゼロに加えて完全に抵抗できなくなってしまった。


「ラファーム、気をつけてください。〈紅の伝説〉や〈風神〉がこの辺りを通ろうとしています。オリハルコン級には手を出さないと思いますが、オリハルコン級ではなくともそれに近いオーラを持つ者も数名ここを通ろうとしています」

「はっ……ご忠告ありがとうございます!!」


 ラファームが膝を付きながらデコが地面につくほど頭を下げ、次に上げたときには既にラファームは消えていた。サエは痛みと魔力ゼロのせいで泣きながら気を失っている。


「……いつにも増して圧があったな……お前ら、運べ!」

「「「了解です!!」」」


 ラファームの号令で再び団員達が動き出す。

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