最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

159話 準備

 時間は少し遡りその日の夕方。
 明日の依頼に備え〈猿狩り〉は入念な準備を重ねていた。通る道やその周辺の魔物の勢力図、あらゆるパターンに対応できるフォーメーションを作成。そしてそれをシュミレーションする。
 更にはクエイターンを出てカサドルに行けば、そう簡単にこの町には戻って来られなくなる。暫くは拠点がそっちに移るという事だ。荷物をまとめる必要もあるし、やり残した事もやっておかなければならない。
 エルデナは剣や鎧の調整。ラスカはいつもの訓練。パンツェは依頼人との入念な打ち合わせ。クレフィはただ紅茶を飲んでるだけに見えるが……
 各々ができる最善の準備を整えた。
 勿論サエも「私にかかればこの程度の護衛はわけないわ」らしいが、気は抜けない。


「サエちゃん」


 宿へ帰ろうと歩いているサエをオープンテラスで紅茶を飲んでいたクレフィが呼び止める。


「クレフィ! いよいよ明日ね」

「……と言ってもサエちゃんにとってはなんてこと無いただの依頼じゃないかしら? サエちゃんの目標はウェヌス盗賊団の討伐だものね?」

「そうだけど……でもこの依頼も大事だと思ってるわ。私だって今ではもう〈猿狩り〉のメンバーだもの……みんなの為に頑張るわ」

「ふふ……可愛いわね。今日は早く寝なさいね」

「ええ、クレフィも紅茶ばっかり飲んでると明日思うように動けないわよ」


 サエは手を大きく振りながら今〈猿狩り〉が宿泊している宿まで歩いていく。
 これだけ皆が警戒し緊張し、わざわざ一日もかけて準備しているのか、それは護衛でウェヌス盗賊団アルバレス支部のすぐ近くを通るからだ。万が一見つかれば戦っても殺される。逃げてもターゲットにされれば追いかけられ殺される。
 遭遇した時点で負けなのだ。例えその時勝てたとしても支部からの増援、下手すれば本部から狙われる。そうなれば本当に終わりだ。
 わかっている情報だけでもウェヌス盗賊団の副団長はオリハルコン級冒険者以上の実力を持っており、団長に至っては未知数。その姿を見、相対して生きていた者は居ない。ただの一人も。


「あ、サエちゃん。今帰りっすか?」


 サエが宿に着いた時、丁度反対側の道から紙袋を抱えてラスカとエルデナがやってくる。
 これからの旅路に備え、食料やその他必要な道具を買い揃えていたんだろう。エルデナの大剣も調整に出されていつもより鋭さが増している。サエは魔術には長けているが武術に関してはからっきしでどの武器もまともに使えない。
 その為特に準備することがないのだ。


「おかえり! 準備は整った?」

「ばっちりっすよ」

「お前も今日はしっかり休めよ。明日からはおちおち眠ってもいられないぞ」

「そうね、そうさせてもらうわ」


 三人は宿の扉を開き、それぞれの部屋に戻っていった。暫くするとクレフィも戻ってきたようで、扉の開く音がした。パンツェは未だに依頼人と打ち合わせをしているらしく、その日の深夜になるまで帰ってこなかった。


「……はぁ」


 部屋へ戻り、鍵をかけるとサエはベッドに倒れ込んだ。
 サエはこれまであちこちを点在しており、一つの街に一週間以上留まったことはない。
それどころか同じ人と一週間も顔を合わせることすら稀だ。昔一度だけパーティに入った事があるが、その性格故か毛嫌いされ、サエが寝ている間に街を出られた事もある。
 そんなサエにも変化が訪れていた。このパーティの居心地の良さが彼女を変えているのである。サエの目標、それは周りの人間に自分という存在の価値を認めさせる事である。その為に手っ取り早い方法としてはやはり冒険者という道だ。手柄を立てればそれが地位に直結しているからだ。
 だが、〈紅の伝説〉、〈風神〉、〈正体不明の霧〉……上に立つオリハルコン級には遠く及ばず、冒険者で目的を果たすことは無理かと思えたちょうどその頃、この街にたどり着いたのである。
 この街で得たウェヌス盗賊団の情報。国でさえ手を出すことを渋る程の盗賊団を自分が討伐できれば間違いなくオリハルコン級の称号が与えられる。そうすれば目的が達成されると考えたのだ。その一心だけでやって来たサエに対し、そう現実は上手く行かない。まず依頼を受ける事さえできなかったのだ。勿論、あのままであれば依頼を受けずにウェヌス盗賊団に勝負を挑んでいたであろうが……幸か不幸かパンツェに声をかけられた。
 〈猿狩り〉に入ってからも自分の目的を忘れずにあくまでも“目的を果たす為の手段”としてしか見ていなかったパーティメンバーをいつしか“仲間”と思うようになり始めたのだ。
 目的よりもいつしか仲間の方が存在が大きくなっていた。以前の自分一人なら玉砕覚悟でもウェヌス盗賊団にぶつかっただろうが今は違う。仲間を守りたい。


 今回の依頼でもしもウェヌス盗賊団に出会ってしまったら終わり。
 以前のサエなら目的を果たす為ならむしろ出会いたいとまで思っていたサエが不安を覚えている。これが良い変化か悪い変化かはわからない。しかし、サエにとって重大な出来事はもう始まっている。

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