最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

115話 氷の悪魔の真実

「エヴァ、お前は昔から体が病弱だ」


 父上は私が七歳になった頃、突然そんなことを言い始めた。


「だからな、これを使おうと思う」


 父上が取り出したのは黒とも紫とも取れる色の楕円だえん形の石だった。とても黒い、禍々しい力を感じさせるその石は鈍く光っていた。


「父上、それは……?」

「これは闇の魔石」

「闇の……魔石……?」

「ああ、闇術の一つ 侵食ズアブロスィを封じた魔石だ。魔石とは本来使えない力を使えるようにするための物でその種類によっては体を丈夫にしたり身体能力を高める副次的な力がある。これから氷術を使っていくならこれを埋め込んだ方が良い」

「……はい」


 父上が手を開くと魔石はふわふわと浮いた。そして導かれるように私の胸骨の辺りに来てすり抜けるように私の胸に埋め込まれた。


 あの時の感覚は、きっと死ぬまで忘れないと思う。自分ではない何かが体に入ってくる気持ち悪い感覚や自分の物ではない力が自分に宿る不思議な感覚。
 ただひたすらに不快感と不安が襲ってくる。


 そしてその時、何者かが入って来た。
 それは、言うなればもう一人の私だった。正確には黒氷術を使った時の私。
 その後私の体はすぐに気絶してしまったらしいが、私の心は“そこ”にいた。真っ白な空間。どこを見渡しても見えるのは地平線だけ。そしてもう一人の私はそこに立っていた。
 真っ黒な髪を前髪ぱっつんでロングストレート。赤く濃い目が光っている。背格好や顔は全く同じ。違うといえば髪と目の色ぐらい。


『よぉオレの本物さん』

「あ、あなたは?」

『んー、まぁもう一人のオマエだ。闇の魔石が埋め込まれたとき、魔石に閉じこめられていた闇の力がオマエの人格と融合し、二つに分離した。片方がオマエ、そしてもう片方がオレだ』

「よくわからない」

『まぁそうだろうな』

「あなたはどうして生まれたの?」

『……さぁな。闇の魔石を作る時にでも生まれちまったんだろうよ』

「そっか、よろしくね」

『よ、よろしくって……オレがお前の人格を乗っ取るかもしれないんだぜ?』

「そうなの?」

『い、いや……オレの力はこの魔石程度しか無い。人格を乗っ取るなんて殆ど不可能に近いさ。まぁ、お前が精神的に不安定になったりすればわからないけどな』

「ん……大丈夫だよ、よろしくね」

『変なやつだな。とりあえず、オレはいつでもいる。気を抜くなよ』

「うん!」


 そこで私の記憶は途切れた。次に目が覚めた時には普段のベットにいた。





 闇の魔石を埋め込まれてから私の病弱な体は少しずつ回復していった。魔力も順調に増加し、氷術もかなり上達してきた。父上はそれが嬉しいのか、前みたいな怖い雰囲気は少しずつ無くなった。
 それと同時に母上は私にありとあらゆる教育を施した。公爵としての礼儀や作法から始まり、経済学は勿論のこと、大陸地理、帝国歴、いくさ学まで……
 魔術よりもそっちの方が好きだったけど、勿論父上は魔術にも手は抜かない。


 闇の魔石の力は体を丈夫にしたり、魔力を引き上げるだけではない。むしろそれはサブだ。
 メインは闇魔術 侵食ズアブロスィを使えるようにする事。魔石はすぐにその真価を発揮し始めた。


 と言っても闇魔術 侵食ズアブロスィを使えるようになったわけじゃない。魔石は闇の魔力を蓄えており、そこから侵食ズアブロスィを放出する。だけど、私はそれを放出出来なかった。理由はわからない。
 多分感覚がわからなくて上手くできなかったんだと思う。やがて容量を超えるほど溜まった闇が漏れ始め、着々と闇に蝕まれるようになった。





 そして遂に事は起きる。私が十歳になって半年も経たない頃。


 闇の魔石を埋め込まれてから三年目。体を蝕む闇の力を抑え続けてはいるものの、体を丈夫にするはずの魔石のせいで体は弱り、私は寝込むほどになっていた。
 闇が体を蝕むというのはとても表現しにくいが、病気と似た感じで体が目に見えて弱っていった。


 最初の頃は我慢して普通に生活できていたけど、次第に弱り、自分で立つことはおろか起き上がることさえ出来なくなっていた。
 今まで色々な事を教えてくれた母上も父上は私を完全に見限り、様子も三日に一回来るか来ないか程度になった。
 それ以外の時間は使用人のレボや世話係と話す日が続いた。


「私だ。入るぞ」

「スザルク様! は!」


 昨日来たばかりなのに珍しく父上が私の部屋に来た。
 何も言わずともそれまで話をしていた世話係は雰囲気を感じ取り、いそいそと出ていった。
 父上は私を何も言わずにただじっと見つめた。もう顔を傾けるぐらいしか出来ない私にはその表情はよく見えなかったけど、なんだか泣きそうな顔をしていた気がする。


「どうしたんですか、父上」

「ああ、エヴァ。具合はどうだ?」

「いつも通りです」

「そうか……すまないな。私のせいでそんな体にしてしまって」


 この時、私の頭は半分寝ていたのだろう。今までの父上とはかけ離れた言葉になんの違和感も感じなかった。


「いえ、私の心が弱かったせいです。気にしてません」


 寝たきりになって気にしない人間など居ないと思う。でも私はほとんど本心からそう言った。


「そうか……一つ、報告があってな」


 報告? なんだろう。
 まだ公務的な事をしたことが無い私に公爵としての報告が来るはずはないし。そもそも父上がわざわざ私に言いに来るなんてよっぽどの事だと無意識に理解した。


「サーラが……お前の母が、死んだ」


 その瞬間私の思考は停止した。
 母上が 死んだ 居なくなった どうして? 殺された? 違う 死んだんだ。
 その時私の頭の中には同じような言葉が何度も浮かんでは消え、自問自答が繰り返された。それが表情にも出ていたのか、父上は小さく俯くだけで何も言わない。


 高速で様々な考えが頭を横切る。
 頭の何処かでは理解していても、別の場所では自問自答の嵐は止まない。そして長くて短い自問自答の結果、私は母上の死を誰かのせいにせずにはいられなかった。
 父上……この目の前の男が殺ったのか。こいつが……違う、父上はそんな事しない。こいつが母上を……違う!違う!違う!


ーオレに体を渡せ……すぐに殺してやるよー


 そんな声が心の中に響き、私は眠りに落ちた。自分でも驚くほど一瞬で意識が闇に落ちた。


 次に意識を取り戻した時には全てが終わっていた。
 部屋に居たはずの私は何故か屋敷の外に居て、凍り付いた屋敷を見ていた。屋敷は巨大な氷柱が中央に突き刺さり、そこから枝分かれした小さな氷柱によって串刺し状態になっていた。
 氷は黒く、独特のオーラを放っている。
 変化は色々とあった。歩くのも困難だったはずの私の体は、今までのが嘘のように動けるようになっていたり。


 意識がはっきりして来るとまず母上の死を思い出した。
 次に頭に響いた声。すぐに殺してやるという言葉が頭に反響し、気づけば私は屋敷を駆け回っていた。
 世話係も使用人も、皆屋敷に突き刺さった氷に巻き込まれて死んでいた。そして私の部屋。私の記憶では最後に父上がいた場所。
 案の定、そこには父上の死体があった。屋敷に突き刺さったのと同じ黒い氷が胸に深々と突き刺さっていた。


 私は急に怖くなった。
 さっきまで生きていた人達の死。そしてそれを私がやってしまったのだという恐怖。私は屋敷を飛び出し、逃げ出した。
 不思議とその時、悲しみは感じなかった。悲しみはすべてが落ち着いた後、やって来た。





 三日後。エルトリア帝国城。玉座の間。そこへ駆け込んでくる伝令兵。


「伝令! 伝令!」

「む? どうした?」

「デルタアール国王! 報告します! ハルバード公爵家が……ハルバード公爵家が全滅、全壊!屋敷は黒い氷に貫かれ、ハルバード家に居たスザルク様を含む全ての人間がたった一人を除いて死亡した模様です」

「なぬ!?」

「いかがいたしましょう?」

「黒い氷……まさかハルバード公爵家が保有している氷の悪魔が目覚めたのか……」


 そう、ハルバード公爵家は『氷の悪魔 ネグラ』を屋敷の地下に封印していた。それは遥か昔、先々代のハルバード公爵が封印したものであり、伝説級に数えるにはあまりにも強力すぎる魔物であった。
 それが復活したとなればエルトリア帝国滅亡の危機だ。


「それが、目撃した者の証言によると……ハルバード公爵家を黒き氷で包んだのはそのご子女、エヴァリオン・ハルバード様だそうです……!」


 伝令の思わぬ言葉に驚いたが、同時にネグラの復活したのではないという事に国王はどこかで安心していた。次にエヴァの事が気がかりになり、すぐに探しに出させた。
 国王はあまりの驚きで見えていなかった。その背後でブルックス大臣が不敵に笑っているのを。


 後日、ブルックス大臣によって広められた噂によりエヴァは三年と少々、氷の悪魔と罵られ過ごすことになる。

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