悪役令嬢の影武者を嫌々演じて十年、憎っくき本物に『ざまぁ』したけど? 本当の悪役はアイツだった……!?

鼻血の親分

55

 シェリーは薬が効いたのか随分と回復した様だ。禁断症状もない。お父様も彼女が被害者だと自覚され、暗黙ながら屋敷で養生してる事に口を挟まなかった。私も暫く実家であるこの屋敷に滞在して彼女の看病に専念している。

「お兄様、お外に出たくなりました」
「そうか、今日はいい天気だから庭園で散歩するか?」
「はい」

 私はシェリーの手を握り、公爵家の庭園をぐるりと回ってみた。そして小山の手前にあるベンチで腰を降ろす。新鮮な空気を吸って彼女も満足そうに見えた。

「なあ、シェリー。今度、孤児院へ行ってみないか?」
「孤児院ですか?」
「私は時々訪れて色々世話をしてるんだが、まあボランティアみたいなものだ。経済的にも支えている」
「慈善事業ですね。知ってましたけど、これまで尋ねた事はございませんでした。是非、行ってみたいです」
「うん、お屋敷に居るよりカラダを動かした方が良い。医者とも相談して日程を決めよう。勿論、私も行く」
「はい、ありがとうございます」

 シェリーは段々笑顔が増してきた。顔の青痣もすっかり無くなり色艶も良く、本来の綺麗な顔立ちに戻ったと感じる。

 ふと、庭園で騒がしい声が聞こえてきた。

「ライラ、行くわよ!」

 大きな荷物を抱えた使用人らを引き連れて、母とライラが屋敷から出ようとしていた。表に馬車を止めている。

「シェリー、ここで待ってなさい」

 彼女をベンチに置いて母に最後の挨拶をしようと思った。見たところお父様は見送りもされてない。

「……お母様」

 彼女は私に気がつき、横目でチラッと見る。冷ややかな目だ。まるで嫌なものを見る様な目付きだった。

「ジャック、まだ慰謝料貰ってないからね。あの人じゃお話にならないからアンタに請求するから。近々、代理人と会って頂戴。分かったわね?」
「慰謝料ですか? そんなもの支払うつもりはございません。むしろ請求したいくらいです」
「はぁ⁈ 何言ってんの? わたくしは一方的に捨てられたのですよ? 慰謝料を貰って当然ですわ。どれだけお家の為に尽くしてきたと思ってるの⁈」
「お母様、これまで育てて頂いた事は感謝します。が、貴女は大きな過ちを犯した。取り返しのつかないほどのね。私はお父様の決断を支持します」
「ジャック……? それが親に向かって言う言葉かしら⁈」
「貴女はシェリーに、我が妹に酷い仕打ちをなされた。彼女にとって貴女は母親ではなかった。私は許さない。もうお会いする事はないでしょう」
「ち、ちょっと……それはあんまりだわ!」
「二度と我々の前に現れないでください。シェリーは私が立ち直らせますから!」
「ジ、ジャック、ねえ、待ってよ……アンタだけが頼りなんだから。知ってると思うけど、わたくしの実家は今や落ちぶれて経済的に苦しいのよ!」
「そんな事は関係ない。とっとと失せなさいーーっ!」
「ひぃぃっ!」

 クルッと母に背を向けて私はシェリーの元へ戻った。このやりとりを彼女は見ていただろう。怖くて下を向いていた。

「大丈夫だ。もう安心していい」

 シェリーは小さく頷いた…

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