イケメンはお断りです!
馬車にて物思い
ついに、この時がやってまいりました。デビュタントの日です。どれほどこの日が来ないように祈っても無情にも日々は過ぎていきました。現実逃避をしようとも周りが勝手に支度の用意をして下さるので、何も変わりませんでしたが。
「大丈夫だよ、フィー。私に任せなさい 」
お兄様がいなければ今すぐにでも重いドレスを脱ぎ捨てて帰りたいところです。しかし、現実逃避中で自分の姿をあまり鏡で見ていなかったけれどなんだか重装備みたいですね。肌の露出なんて顔半分ぐらいじゃないかしら?
コンセプトはアラビアン?デビュタントは皆白色のドレスと決まっているから、ある意味私、目立ってない?気のせい?
けれど、本日のお兄様は近衛に所属しているから、正装の金で派手に装飾された黒い軍服で赤いマント。私よりきらきらしています。カッコいいです。さすがお兄様。しっかりきらきら私より目立って下さってます。
「…はい。お兄様 」
勇気が湧いてきました。よし、なるべく前を平行に見つめているようにしましょう。何故なら、この世界の男性は皆さまとっても長身なのです。私は女性の平均身長より若干低いので上に視線を上げなければ目も合いません。遠くの方は焦点を合わせなければ問題ありません。これならなんとか周りをごまかせます。伊達にコミュ障をこじらせていません。
関係ないことを考えて思考を何とか逸らしていましたが、そろそろ限界です。…だって、周りのこれでもかという食い入るような視線が気配で感じ取れてしまうのです。精神的にかなりキツイです。
「疲れたかい。休もうか?」
「いえ、問題ないですわ。お兄様 」
お兄様がお声をかけて下さっているということは、そろそろ周りにも分かる位には顔色が悪いようです。おかしいです。こんなはずでは。つい先ほど問題ないとは伝えましたが、眉尻を下げてとても心配で困った顔をしているお兄様にご迷惑はかけられません。
「…お兄様 」
「そうだね。一通り挨拶は終わったし、今帰っても問題ないだろう。さぁ、いくよフィー 」
待ってましたとばかりに、出口に速攻エスコートされてそのまま帰宅と相成りました。全く記憶に無いのですが、いつのまに挨拶が終わったのでしょうか。びっくりです。さすがお兄様。
そんなこんなで、王宮に入場してからと退場になってからしかはっきりとした記憶がないですが、無事にデビュタントを迎えられたようです。お兄様のおかげですね。
「そういえばお兄様。いつ王へ挨拶いたしました?私、全く記憶にございませんが…」
「あれ?最初に挨拶したじゃないか。忘れたのかい?」
「申し訳ございません…」
「いいよいいよ、特筆すべきこともなく終わったからね。よっぽど緊張していたんだね 」
不思議なくらい記憶がありません。一体どういうことでしょう。…しかしきっと王宮には不思議なことも起こるのでしょう。なにせファンタジーですから!…やっぱり自分の部屋に引きこもっているのが一番ですね。外の世界コワイ。
「そうだ、フィー。念のため確認するけど、気になる人はいたかい?」
「え…?いませんでした 」
「なら、いいんだ 」
きらきらした笑顔のままお兄様が凄んで聞いてくるので、思わずいないと言ってしまいましたが、ほんのりとした記憶の中で一つだけ記憶に残った印象深いことがあります。
この世界の人種はとてもカラフルな髪や瞳をしています。チカチカするほど多種多様です。ですが、それでも珍しい髪色というのは存在します。引きこもりの私でも知っていることです。
一つは闇より深い真っ黒。混じり気のない黒と、もう一つが光に透き通るような白銀の髪色です。この二つは魔王と勇者の髪色としてとても有名です。
どちらも王族や近い血族によく出る髪色です。私やお兄様は王族に近しい血族のために黒に近い髪色なのです。特に我が国の王家は魔王の血筋になります。
魔王といっても、よく想像される悪役である魔王ではありません。魔法の創始者が魔王と言われています。魔王はその類稀なる才能を活かして魔法で現在の我が王国を発展させたと言い伝えられています。とても尊敬されるご先祖様として魔王様と呼ばれるのです。黒に近い髪色であればあるほど神のごとく崇拝されやすいのです。特に私とお兄様は色濃く血を受け継いでいます。何故なら、お母様が現王の妹君、つまり王女様であったからです。
お父様と結婚する際にひと悶着あったそうで、なかなかの大恋愛の末の結婚とお話を聞いてます。…お母様はお話が長く同じ話を繰り返しがちですが、語彙力が高くコミュニケーション能力が高いので全く気になりません。どうしてそのコミュ力が受け継がれなかったのかな…話が大分逸れました。
つまり黒に近い髪はこの国の貴族のステータスになります。しかし、なぜか黒い髪は3代以上は続きません。ですので、血の濃さは分かりやすいのです。稀に先祖返りもいるようですが、それは今はおいておきましょう。
暗めの髪色が多いそんなわが国で、ひときわ目立つ白銀を私は見たような気がするのです。それも、わたしの視線よりも下のほうに。
何故、白銀の髪の子どもがあんなところにいたのかしら。視線に疲れて幻覚でも見てしまったのかしら。とても気になります。お兄様なら何か知っているかしら。
「お兄様 」
馬車の向かい側の席で、窓に向けて頬杖をついて無感動に景色を眺めていたお兄様が、微笑みながら顔を向けてくださいます。きっとお疲れなのでしょう。
「なんだい?」
「…我が国に勇者の血族はいらっしゃいますか?」
穏やかに私の質問を聞いていたお兄様が、少しの間固まりました。あれ、この質問まずかった?
「…どうしたんだい、急に」
気を取り直したのか、笑みを深めてお兄様が問いかけて下さいます。なんだか圧力を感じてとても怖いです。
「い、え 」
「…ごめんよ。フィーを怯えさせるつもりは無かったんだけど、ちょっと良くない記憶を思い出してしまってね、大丈夫かい?」
「…は、い」
なんでしょう、空気がふっと軽くなりました。よほど思い出したくない記憶を刺激してしまったのでしょう。よしよしと頭を撫でてくれるお兄様がとても困った表情をしています。
「勇者の血族だっけ?我が王国に今はいないよ 」
「…そう、なのですか 」
では、あれは近隣諸国のお客様なのかしら。デビュタントにわざわざいらっしゃるなんて珍しい。
「…会場に居たのかい?」
「いえ、私の勘違いのようでした。記憶が曖昧なので 」
「そう、ならいいんだ 」
一瞬お兄様の表情が険しくなりましたが、それも一瞬で、直ぐにいつもの優しいお兄様に戻りました。それ以降は最新のお菓子についてやお兄様の女性関係について根掘り葉掘り聞きながら楽しく穏やかに帰路につきました。
…それでも私はいまだにあれが記憶が生み出した幻であったとは到底思えません。確かに私はあの子と目が合ったのです。少し驚いた表情をして、
__ナイショだよ
そんな風に確かにあの子は口パクで私に言っていました。もしかしてあれは…
妖精さんなのかしら!すごい発見をしてしまったわ!滅多にお目にかかれない妖精さんを見つけてしまうなんてっ!前世でも人並みに乙女ちっくで可愛いものに目がなかったけれど、今世も変わらず可愛いもの好きのようです。
妖精さんに、また会いたいなぁ
これから起こることも知らず、この時の私はかなり楽観的にファンタジーな世界について平和に空想しておりました。ええ、ほんと平和にね…
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