らぶさばいばー

ノベルバユーザー330919

入学式


 豪華な丸テーブルとそれを囲む豪華なソファ。テーブルの上には煌びやかなお菓子がタワーのように美しく飾られており、テーブルに沿う湾曲したソファには新入生が談笑しながら座って待っていた。

 広い会場には間隔を空けて同じようなセットが並べられている。まるで金持ちの豪華な結婚式会場に間違えて訪れてしまったような光景だが、ここは紛れもなくシネラリア学園の入学式会場である。

 もうすでに帰りたい気持ちを押さえこみ、入口で教えてもらった指定席へと向かう。なんなら会場をあちこち歩き回る執事みたいな恰好のウェイターがご丁寧にエスコートまでしてくれる。

 ……やっぱりもう帰りたい。帰っちゃダメかな?

「――お嬢様。こちらへどうぞ」
「……ええ、よろしくてよ」

 間違ってもありがとうなんて言葉を返してはいけない。貴族とはそういうものらしい。ここでエスコートしてくれたのが自分よりも上位身分の殿方ならお礼は言っても問題ないけどね。マジ面倒。

 実は私の返答もギリギリの返答だったりする。本当なら無言でそのまま無視して座るのが大正解なのだ。前世の日本人としての記憶もあって、未だに慣れない結果がこの返答である。

 自分の家の中でお礼を言うぶんには身内なので何も言われないが、こうした大勢が集う公の場では不釣り合いな発言をした途端に噂が広がり、最終的には貴族の礼儀に疎い小娘と影でクスクス社交界で笑われてしまうのだ。

 これも家のため。神経を使って面倒だけど耐えるしか道は無い。母譲りの優し気な風貌を存分に生かしてふわりと柔らかく微笑む。相手の緊張がほぐれたのを確認してから言葉を紡ぐ。

「――初めまして。私、デルカンダシア辺境伯が娘、シオン・ノヴァ=デルカンダシアと申します。以後、よろしくお願いいたします」

 日本人の癖で挨拶の後に頭を下げそうになるのを顎を引いてグッと耐える。頭を下げることなく、手を太ももの上に置いたまま真っすぐに背筋を伸ばして告げた。座っていると意外と綺麗な姿勢は持続しにくいものである。訓練したけど。

 私が挨拶したことで完全に緊張が解けたのか、令嬢方が上品に微笑み返してくれる。残念ながら貴族の令嬢にお上品でないタイプはほぼいない。いたとしても生涯家から出さないか、矯正される。

 会場の大体でそれぞれの席は四人座り。しかもおそらく身分ごとに分けられている。私が座ったところは既に三人のご令嬢が座っていたので挨拶を行うのは私からだった。

 ここの常識では混乱を避けるために身分の低いモノから順番に会場入りする。分かりやすく言えば貴族の社会では重役出勤が当たり前、ということである。

 なので私が一番身分が高く、しかも基本は身分が高い貴族から声を掛けないと挨拶すら出来ないため自己紹介を座ってすぐに行ったのだ。

 ……そのルールを逆手に下位の貴族をイジメるご婦人が居ないでもない。だが、そんなことを公の場で実行すればたちまち噂が広がり自分の評価が下がる。社交界は評判が全てなのでご婦人に限らず、家名にまで響くこともあるほどの死活問題となる。そのためよほど仲が悪くないと実行はされない。

 ――確か主人公はその禁忌タブーを犯してしまいイジメられるイベントが起こったはず。

 私の挨拶に続いて順番に見知らぬ令嬢方が挨拶を返してくれる。頭の片隅で主人公のことを考えながらもそれぞれに対応していく。それぞれ伯爵、子爵、男爵と分かりやすい身分順である。

 公の場で貴族と会話をするときは話しかける順番も存在するので、相手を間違えないように覚えなければならない。一応私も次期当主候補として最低限の知識を学んでいるのでそつなくこなせる。ようは慣れなのだ、どんな事柄も。

 お淑やかに自己紹介を進め、それぞれの領地の話や趣味、果てはゴシップを聞いて時間をやり過ごす。いわゆる女子会と変わらない近況報告のようなものだが、秘密は口頭でしか伝えない貴族の習性があるのでこういう付き合いはバカに出来ない。スマホ一台で全ての用件を済ませられていた前世が懐かしい。

 令嬢たちの話に耳を傾けながらちらりと会場の後ろ側を確認する。身分の高いものが基本的に広場のステージ近くに席が用意されており、庶民ともなれば会場の入り口付近のステージから程遠い場所に席が配置されているはずだ。

 ちなみにこの学園は貴族だけでなく優秀な庶民も入学出来るが、大体は老舗や勢いのある商家出身であったり、貴族に縁のある騎士や学者などの名士の家系出身だったりする。その点でも孤児院出身の主人公は肩身が狭い。

 設定ではたしか育った孤児院へ恩返しするために就職先と人脈、知識の幅が広がる学園への入学を決心したとか健気な理由だった気がする。結局、ゲームでは身分違いの貴族相手で恋に現を抜かしたから散々な目に合ってしまっていたけど。それについては完全にプレイヤー側の責任、というよりエゴが元なので単純に申し訳ない。

 令嬢たちの長話をちゃんと聞いたうえで相槌しながら、器用にも主人公を探し当てた。どうやら道には迷わなかったようで、普通に指定席に座って同じ庶民仲間と仲良く会話していた。

 遠目ではっきりとは見えないけれど、並べられたお菓子に目をキラキラさせて知り合ったばかりだろう女の子たちと食べあいっこなんてしてる。

 ――いいなあ、楽しそうで。私もあっちに混ざりたい……。

「――デルカンダシア様、こちらはボリュメール領産のクリームを使っておりますの。すっきりとした甘みが今ご婦人の間で噂になっているそうですわ」
「――まあ、素敵。私も頂いてみようかしら」

 腹の探り合い、というほどではないけれど神経を使って食べるショートケーキはあまり味を感じない。貴族として産まれたことで得したことも多いけど、やっぱり前世の自由な暮らしを思い出すとこういうとき味気ない。唯一の救いは母が公の場でない限り礼儀にうるさくなく、むしろ付き合いというかノリがいいことくらいだ。母の元に産まれて来れた事実だけは間違いなく良かったと断言できる。

 そうして長いようで短いお茶会をしていると、やっと時間が来たのかステージに教師が登壇した。学園の教師は男女身分の差別は無いため、純粋な実力主義である。ただ、先生方はほぼ全員が庶民出身だ。

 というのも。婚姻で家を繋ぐことがほとんどで人脈を広げるため来ているだけの貴族が多いのと違い、ほぼ安定した就活目的で来ている庶民の多くが必死で勉強して入って出ていくのが反映されているといっても過言ではない。

 ただ、庶民の先生が多いため万が一貴族間のトラブルが発生した場合は上位貴族の生徒が対応することもままある。そしてたった今共に登壇した生徒会役員はまさに先生を助け、生徒が従う身分のエリート集団で構成されている。

 ……言うまでも無いが、攻略対象者たちはゲームでも生徒会として活動していたし、私が座っている現実のこの学園でも同じシステムと裏事情であるため登壇しているのも彼らである。

「「「はぁん……」」」

 先程までどこそこ産のどこそこの何々が~とそこそこお菓子談義で盛り上がっていた令嬢たちが悩まし気な息を吐いた。正直気持ちは分かる。見ている分には綺麗なので無害だもの。……見ているだけならね。

 ゲームで彼らに散々殺されてきた身としては、あのお綺麗な顔でよくもまあ散々殺してくれたもんよねと、主人公に変わって複雑な気分である。おそらく表情も微妙なものになっているに違いない。

「――良き学園生活を」

 複雑な心境のままおそらく会場内でも一人だけ微妙な表情を保ったまま生徒会長でもある第一王子の挨拶を聞き流す。ゲームで周回プレイしていた私にとっては何度も繰り返し聞いた内容なので聞き流しても問題ない。遠くまで通る良い声なので、ちょうどいいBGM変わりである。

「…………?」

 王子の挨拶が終わって降壇しても未だに横で悩ましい息を吐き夢の世界で揺蕩っている令嬢たちを放置気味に、早く終わってくれないかなーと先生たちに電波を送っていると不思議なことが起こった。

 ステージまで距離にしては身分的にそこまで離れていなかったけれど、そこそこはある距離である。しかし気のせいでなければ、不思議なことに挨拶が終わった王子がこっちを見たような気がするのだ。

 ちょっとチラ見した程度だったのでおそらく気のせいで間違いないだろうけど。

「まあ……今こちらを見たのではなくって……?」

 ――え。

「ええ、ええ、私もそう思いましてよ!」
「やはりそうですわよね!」
「…………」

 ……気のせいではなかったようだ。マジか。なんで?

 何か目立つようなことをしただろうか。――いや、していない。それは断言できる。もしかしたら私たちの方向に何かしら気になるものがあったのかもしれない。今一度改めて王子のチラ見した線上を確認してみる。だが、さりげなく見た後方には特に目立つ者は居なかった。

 では、と失礼にあたるが前方の席を再度目を凝らしてみてみた。薄い天蓋が上から垂れて掛かっているので、外側からだと薄くしか見えないのだ。中からはバッチリ透けて見えるんだけどね。つまり高貴な身分であればあるほどに後ろの様子は気付かれにくく観察可能なのだ。逆はバレやすいけど。

 そうして失礼に当たらない程度に目を凝らして前方を観察していたら、なんとなしの理由が判明した。若干軌道からズレているような気がしないでもないけれど、あの悪役令嬢であるカトレア・ラス=エーデルワイス公爵令嬢が居たのだ。

 理由が分かってホッとするとともに、やはり何かが引っかかってモヤモヤした気持ちになる。なんだろうか、この不安は。それでも立派な理由なので、盛り上がっているところを悪いが令嬢たちを鎮めるために声を掛けた。

「――皆さん。きっとご婚約者様へ視線を向けておられたのですわ」
「……まあ」
「……そうですわね」
「……その通りですわね」

 次期王妃である公爵令嬢はやはり有名なのか、私の言葉に気落ちしながらも私同様にカトレアの姿を確認したのか、やっぱりねと反応する令嬢方がいた。可哀想だけど、宥められて何よりである。むしろ万が一にも王子が別の誰かへ視線を向けていたとしたら大問題である。

 ……一時期とはいえ、ゲームで王子を誑かせた主人公恐ろしや。操作したのは私たちプレイヤーだったけど。後ろでは当の主人公らしき少女が目立つことなく大人しく入学式を過ごせていた。イベントではもっと色々な失敗をやらかして目をつけられていたのだけど……。案外としっかりした娘なのかもしれない。

 貴賓や在校生新入生の挨拶ラッシュが終わると、その後の入学式の進行では先生方の紹介や入寮についての説明。また、クラスでの授業についてや部活動についても説明があった。そこらへんは基本的に日本の学校形態となんら違いが無いのですんなりと受け入れられた。

 ただ初めて集団活動をする貴族の子女も多いため、より細かい説明がされるのだ。特に身分関係のいざこざは出来るだけ失くしたいと思っている教師陣が、それはもうご丁寧に説明してくれる。重点的に不必要な身分の振りかざしがないようにと力説する先生方の苦労が伝わってきた。

 分かりやすく言えば、嫌がられるパシリはするな、とか。貴族に大してあまり喧嘩腰になるな、とか。まあ双方にとって素晴らしい助言をして下さっている。……理解できている人がどのくらいいるのかは推して知るべし――。

 庶民でも優秀な人材であれば貴族から直接声を掛けてスカウトすることもあるので、次期当主として教育されてきた人物ならそのくらいは心得て分かっているだろうし、それを狙った就活目的で来ている庶民であればなおさら心得ていることだろう。

 問題なのは嫁入り、婿入り前提の教育しかされていない貴族と、貴族の社会に合わせられない荒れた性格の庶民だ。どちらもプライドばかりが高くて衝突することはよくある。おそらくその人たちへ向けて力説して下さっているんだろうけど、私の横で再びお菓子に舌鼓を打つご令嬢方には伝わっていないようだ。

 人の話はしっかりと聞きましょう――なんて、保育園の先生みたいな注意を行わなければならないのは結局のところ話の内容を心得ている一部の上位貴族になる、というわけだ。考えたら場所の配置もそれを考慮されているのかもしれない。

 蝶よ花よと箱入りで育てられたため仕方のないことだが、我儘で聞き分けの悪い大きな子どもみたいなのがここの普通だ。これが学園で集団生活を経て見分を広めることにより改善することもあれば、逆も多くいる。

 特に今は一生懸命に話しているのが庶民出身の教師であるため、周囲を見た限りでもしっかり聞こうとする貴族のほうが少なそうだ。庶民は死活問題なので真面目に聞いているというのに……。こんな長く静かにじっと過ごすことが無いので姿勢は酷いものだが。聞いていないよりはマシだな。

 ――こうして、未だにモヤモヤと色々不安な気持ちを押さえ、ため息が出そうになるのを我慢し、私もまずは横の大きな子どもたちへ注意を促すことにしたのだった――。

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