らぶさばいばー

ノベルバユーザー330919

校門にて



 ファンタジーな世界であるのに、なぜか舞い散る桜が綺麗な日本的校門にて。和洋折衷が入り乱れる光景にさらに不釣り合いな馬車から降りる。日本で良く見たような制服を着てみて「ああ、やっぱり乙女ゲームの世界なんだな」と改めて気を引き締めた。


「……憂鬱」


 気を引き締めてみても憂鬱なものは憂鬱だったけど。これから始まる学園生活に対してもそうだけど、なにせ先程、主人公と思わしき少女と攻略対象と思われる男性陣の接触を確認してしまったのだ。出鼻から意図していなかったとはいえ遭遇は想定外であった。

 イベント内容もそっくりそのまま、ゲームと相違なかった。ちなみに最初は四人しか登場しない。もう一人は年下の為出るのは来年以降だ。分岐が無数に多いゲームだったけど、最初の出会いではさすがに共通でプレイできたので、まだ身構えることは無い。

 それでも主人公が実在しているという現実がよりゲームの世界であることを裏付けてしまい、気が滅入るのは変わらない。一歩間違えれば世界が終わるなんて、モブとして来てるその他大勢は完全にとばっちりである。痴情の縺れなんて生易しい修羅場表現なんかで納まるものではない。

 タイトルの意味が公式で『愛の生還者』だったらしいけど、内容を見たらまさにその通り。いかに主人公が生還出来るかが肝のゲームだったからね、実際。生き残りを掛けて出歯亀なんて斬新過ぎて誰も言われるまで気付かなかったけど。

 これからの日々を想うと違う意味でやきもきしそうだ。頼むから世界の終わりエンドだけは避けてくれと思わずにいられない。逆に主人公が死亡するルートを選ばれても寝ざめが悪いので微妙なラインだけど。どうか、攻略対象たちの仲を取り持てる性格の良い娘でありますように。と陰ながら願うことしか出来ない。


「きゃっ!」


 ……言ってる傍から。

 人だかりがある方向へ近づいてみると、件の主人公がモブだろう女子生徒たちに絡まれていた。彼女の容姿は可憐寄りで色合いが目立たないようで目立つグレーの髪色に桜色の瞳だ。もっと近くで確認したいけど、あまり近づきすぎると仲間だと思われるので、通りすがりの野次馬程度の距離を保つ。

 確か、この展開は序盤で起こるイベントの一つだったはず。原因は言わずもがな。先程私も目撃した、攻略対象である立派な婚約者持ちの貴族子息と話をしたから、というしょうもない理由だ。

 正直、意味が分からない。自分の婚約者でもなく、婚約者本人が特に何か言ったわけではないのに何故そこまで絡めるのか。まあ、イジメなんて弱いところから狙われるので、こじつけでこれ幸いに絡んでるんだろうけど。


「あなた、どこの出身かしら?」
「く、クローバー、です」
「「「クローバー?」」」


 自分で聞いておいて一斉に頭にはてなマークを浮かべるモブ女たち。ゲーム知識で私は分かったけど。おそらく主人公の育った孤児院の名前だろう。ゲーム内では孤児院にバイトで貯めたお金を仕送り代わりに寄付したり、仲良くなった攻略対象である悪役令嬢とその婚約者、果てはモブに寄付してもらったりと恩返し的ミニゲームが存在していたので、孤児院の名前も好きな名前に変更出来たのだ。

 設定上、孤児院の名前が有名というわけでもなく零細孤児院なので誰も知らないのは無理も無い。実際、数自体は国内だけで数万に上る。一応先に調べようとしたけど、数が多すぎて断念したのは言うまでも無い。


「あ、あの。失礼しますっ」
「「「あ!」」」


 隙とみたのか、勢いよく頭を下げると主人公と思わしき少女は脱兎のごとく逃げてしまった。孤児院と言わなかったのはそう言うように誰かから言われたんだろう。貴族の子女が多い学園で目立たないためには賢い選択だ。逃げ方も練習したに違いない。最低限の言葉で危機を脱せている。

 一通り状況判断を済ませると、本来であれば助けに入るはずのヒーローたちが遅れてぞろぞろとやってきた。先程の少女のことなんて彼方へ忘れ、モブの女子生徒たちから黄色い声援が上がる。

 さすが攻略対象なだけある。三次元ではアリエナイと思える現実離れした美形ばかりだ。お近付きにはなりたくないけど、目の保養にはなる。デジカメかスマホがあれば盗撮しまくりたいほどに。

 しかし、いまのうちと思って記憶の底からゲーム知識を呼び出して目の前の人物たちと照らし合わせる。予習復習は大事だ。特に命に関わる事柄は。


「やあ、おはよう」
「「「きゃーー!!」」」


 初めに挨拶したのに黄色い声だけで返事が貰えていない、にも関わらず笑顔で手を振って紳士的に対応しているのが、母からも言われていたこの国の第一王子、ルドベキア・ロベリア・ハルシャギク=シネラリア。攻略対象その一だ。

 長ったらしい名前だけど、金髪碧眼ってだけで王道感漂う、王道中の王道であるヒーローデザインだ。立場上、私が婚約者のカトレアと仲良くすれば関わることもあるだろうから多少関わるのは仕方がないと一応は割り切ってる。

 ゲームでは愉快犯系のヤンデレだったはず。いつも偽りの仮面で表情を嘘で取り繕って、優秀な自分を退屈でつまらないと思ってる。婚約者のカトレアが優秀な――将来は国母になるので当たり前に幼少期より努力している――ため、面白味も目標も見い出せず、これが拗れてヤンデレと化してる。

 なんでも出来過ぎてしまうので、カトレアの可愛いところを見せられれば比較的簡単に攻略は出来た。ただ問題は主人公が攻略した場合、残虐性が増して殺人も厭わなくなり、ネジが二、三十本は飛ぶ愉快犯になって殺される。また、普通に嫉妬したカトレアが殺しにくるルートも存在してるのでどちらにしても死亡する。

 さらに、カトレアと友人になった場合も自分を除け者にして楽しそうな二人に王子がプッチンして理不尽に殺されるし、両方と友人になるとなぜか両方から同時に狙われて殺される。

 どのみち主人公が攻略した場合において救いなんて存在しなかった。


「あまり密集すると転んでしまうから気を付けて」
「「「……はい……!!」」」


 王子に反応して集まってきた女子生徒に優しく声を掛けたのが攻略対象その二、プラタナス・コル=アヴィデバルン。燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳の逞しい騎士系の容姿で王子とは同い年。優し気なかんばせと脱いだら凄い筋肉とのギャップが良いらしい。私も細マッチョは割と好きなので、アリっちゃアリだ。

 さらにエーデルワイス公と対を為す、アヴィデバルン公の子息だ。他にも公爵家は存在しているけど、建国から続く名門はこの二家を指すことが多い。片方が婚約者で、もう片方が側近予定であることから分かるようにガッチガチの貴族筆頭である。

 ゲームでは確か、ストレスから何に関してでも命令されないと日常の正常な判断が出来ないヤンデレと化していた。彼の婚約者、――つまり悪役令嬢だが。彼女は特殊すぎて個人的には好きだけど攻略については一番の難敵であった。彼がヤンデレと化したのも婚約者の悪役令嬢と上手くコミュニケーションが出来ないストレスが元だったはず。

 悪役令嬢をなんとか出来れば、後はプラタナスのほうがコミュ力が高いため攻略は上手くいった。……今思い出しても何度彼女の明後日な思考に苦戦させられたか知れない。最後にはもはや彼女よりも彼女を理解していると自負出来るまでになった私がいた。

 主人公が攻略した場合、この二人のルートだけ行方不明がやたらと多かった。おそらくほぼ悪役令嬢の仕業だと思われるけど、裏話は描かれていないため真実は定かではない。

 特に、悪役令嬢と仲良くなれば何故か三人揃って行方不明になってしまったし、片方ずつなら攻略した相手が行方不明になった後、意気消沈した主人公が気分転換で久々に街へ出てそのまま消えて行方不明という後味悪いラストであった。

 苦い思い出を想い起していると、囲まれて周囲がキャーキャー煩い美形集団がまだまだ続いた。


「――君たち、花にも負けないほど華があって可愛いね?」
「「「きゃあああああ!!」」」


 いきなり歯の浮くようなセリフを吐いて王子の横でチャラチャラしているのが攻略対象その三、ジギタリス・サギ=グロヴェリアだ。色気を纏い肩先に着くほど長い桜色の髪に、淡く色素の薄い翡翠色の瞳が態度も相まって軟派な印象を周囲へ与える。私たち小娘と同い年の新入生には見えない色気だ。

 この国でもお堅いと有名なグロヴェリア宰相の一人息子だとは思えないチャラさ。同時に侯爵という高位貴族の子息でもあるため、婚約者が居なければもっと女の子が群がっただろうことが伺い知れる。

 彼の場合はそもそも婚約者の悪役令嬢への思いが強すぎてヤンデレと化す。というのも、令嬢自体に色々と深い事情があって、攻略しようとした主人公は令嬢の身代わりにされ、結局は本人ではないと逆切れされるという急展開で最後には殺されるのだ。

 逆に令嬢と仲良くなった場合、令嬢に毒殺される。意味が分からないだろうけど、私も当時は「なんでやっ!?」とコントローラーを投げたので、気持ちは同じだ。主人公が毒殺された後、心中的な感じで令嬢も後追い自殺をしたので増々意味が分からなかったのは未だに強く記憶に残っている。

 ちなみに、両方と仲良く友人になった場合はもれなく二人が毒殺されて後追い自殺エンドで終わる。またしてもコントローラーを投げたのは言うまでも無い。他の攻略対象者たちは理由が語られるのでまだしも、この令嬢ほど理不尽な殺し方はないと当時は激しく憤慨したものだ。

 ちなみにチャラ男とは一切関わらずに令嬢の事情を解決すると自然と攻略は出来た。令嬢と仲良くなりすぎないように匙加減に気を付けてプレイしたものだ。


「――ふん。叫ぶだけの能無しどもが。言語能力は皆無なのか」
「「「…………」」」


 遠い目で前世の奮戦を想い出していると、最後に突き放すような発言をした攻略対象その五が目に入る。その発言によって蜘蛛の子を散らすようにモブ包囲網が解散した。ちなみに年下の攻略対象がその四だったりする。

 落ち着いた印象の水色の髪に、色素が薄くアイボリー寄りの瞳を持つ彼の名前はジニア・ロイ=キュスタバング。伯爵子息と我が家より爵位が下であることからも分かるように貴族の中では比較的多く存在する平均値の地位ではある。

 そもそも面倒くさいことに伯爵位からは領地持ちより爵位のみの官僚貴族が多くなる。さらに領地持ちの中でも辺境伯のほうが重要拠点になるため、地位としては私のほうが上になるらしい。さらに次期当主かそうでないかでも対応は変わってくる。

 実際に貴族社会はもっと複雑で面倒だけど、とりあえず私は侯爵より上には遜ることが無難、とだけ覚えておけば大丈夫だと母から言われているのでその通りにしている。

 確かゲームでは領地持ちの次期当主だった気がする。どちらにしても私のほうが上ではあるけど。幼少から優秀だったために一歳下でも王子の学友として城へ召し上げられたとか。つまり幼馴染。

 キツイ言葉とは裏腹に、ツンデレさんでもある。ただ、例に漏れずジニアもヤンデレ化する。一番まともな理由で……と、言ってしまうと語弊があるが。単純に婚約者の悪役令嬢に対してコンプレックスを抱えており、最終的にそれが爆発するのだ。

 というのも。悪役令嬢が将来女性騎士を目指しており、勉強は苦手だが運動が得意なのである。それに対して完全に運動音痴のジニア、という文武それぞれが得意なカップルで一見良さげに感じるが、それが落とし穴であった。

 二人のすれ違いっぷりといったらもう、画面越しに私が代わりに発狂する始末。ある意味一番平和なヤンデレであった。しかも、主人公を殺した後、悪役令嬢が死んだ後と、殺し殺された後の切ないスチルは非難轟々の中でも唯一支持があった貴重なシナリオだ。他は唐突に殺人とか意味不明過ぎて誰も支持しなかったけど。

 ジニアを主人公が攻略した場合、最終的にコンプレックスを拗らせて、主人公を自分の理想の大人しく可愛い人形にしようと現実と理想の区別を失くしたジニアに殺され、綺麗に飾られてしまう。物言わぬ亡骸へ泣きながら話しかけ続けるジニアは何とも言えないもの悲しさがあった。

 また、悪役令嬢と仲良くなった場合、可愛い系の主人公に対して婚約者を取られてしまうのではないか、と同じくコンプレックスを拗らせてしまい、ちょっとした不安感から被害妄想へ飛躍したまま遠出へ主人公を連れ出し、そのまま森の中へ放置した主人公が魔獣に噛み殺されてしまうエンドになる。

 これも後から正気に戻ってすぐさま取って引き返した令嬢がバラバラになった主人公を泣き叫びながら集めるスチルで終わり、何とも言えないもの悲しさがあった。

 両方と仲良くした場合はもっと悲惨だ。お互いに主人公に相手を取られたと勘違いが膨らみ、最終的には主人公を巻き添えにお互いを殺して終わる。これは完全に主人公がとばっちりであった。若干違うけど、ロミジュリ的な悲劇的結末は思わず泣いてしまった記憶がある。

 何より、一番一般的な恋愛模様が描かれていたので、余計に感情移入が出来たのだ。


「……結局、イベント回避、か」


 いきなり主人公ちゃんが逃げてしまったけど、まだまだこれからである。三年も接触が無いとかさすがに無いだろう。というか無いと言ってほしい。

 軽くため息をついて顔をあげる。ゲームの記憶で気分が沈んでいる間に周囲の人気は既にいなくなっていた。足取りは重かったけれど、もう間もなく始まる入学式には遅れるわけにはいかない。

 私は普通の貴族令嬢としてこの学園の三年間を無難に過ごすのだ。忘れていたけど、そもそも私が次期当主として最有力候補、というかほぼ確定している。ので、学園では出来るだけ優秀な成績を収めて人脈を築かなければならない。

 世界が終わらない限り他人の事にばかり構っていられないので、急ぎ足で入学式が開催される講堂へ向かう。ゲームで散々血眼になって歩きまわったため地図要らずだ。

 二度目の学生生活に喜びよりも先に気苦労を感じてしまい幸先が悪いものの、出来るだけ軽やかな歩みで初日を迎えるのであった――。

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