ロストアイ
シンプルに暑苦しいです
近未来的なバロック建築という矛盾だらけの建造物、魔演武場。
無彩色の明暗のせいで目がやたらチカチカする、ステージ上にて。初戦から約五日ほどの期間が開いて、やっと第二試合。
正直、時間掛かり過ぎです。
『――さあさあ皆さん、お待ちかねです!』
今日も今日とて元気っ子の実況と、勿論、隣には意味深な笑みを浮かべるママがスタンバイしております。しかも、夜です。
二十四時間昼夜問わずに開催されてるわけだから、全然有り得ることではあるけどね。
『今夜の試合、大大大注目の二組のペアが対戦します!』
「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」
反響する声や熱気が暑苦しい夜でも何故か満員御礼――。
…………。
……どうも、ありがとうございましたー!
はい、お疲れっしたー!
『まずは順当な勝ち上がりを見せたボディー、グリルペアから参りましょう!』
「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」
暑苦しいです。
『まずはボディー選手より!』
会場の暑苦しさに意識を持っていかれていたので、改めて対戦相手を見てみる。ひとりは特殊素材で出来ている制服をはち切れんばかりの筋肉ムチムチで着こなす男子生徒。
見てるだけで暑苦しい……。
もう一方は筋肉だる……ごほごほ。ムチムチではないものの、それなりに鍛えられている。見た目に何か特徴があるって程でもないけど、そこそこのイケメン。しかし、ムチムチだる……おっほん。鍛えられた筋肉を惜しげも無く披露する男子生徒へ憧れの視線を送っていることが唯一気になる。
『ボディー選手は己の磨き上げた肉体をもってして肉薄した近接戦闘を得意としております! 在学生の中では最も優れていると噂される鉄壁の身体と戦闘技術、その迫力は筆舌に尽くし難いのはご存じの通りです!』
いえ、ご存じでないです。
「フンッッ!」
『おーっと! わざわざ肉体美を披露してくれています! これは凄い……!』
そんなに有名人なのかと記憶していたら、紹介に合わせて筋肉だる……ごおっほん。ボディとやらがサービス精神旺盛にポーズを決め始めた。……しかもわざわざ上裸になって。
あ、暑苦しい……。
『ボディー選手、ありがとうございます! 続きまして、ペアであるグリル選手の紹介です!』
マジで数分間にも及ぶマッスルポーズの披露は私にとって地獄だった。ジミー先輩は頭脳派なため苦笑いで済ませていたけど、少数派。
観客席に座るのはほぼ脳筋人、いや筋肉主義者とでも言うべき奴等だ。それはもう大いに盛り上がった。しかも野郎だけでなく、女子供もである。今世マジ脳筋人。
『ボディー選手に隠れていますが、遠距離からの魔法攻撃はなかなかのものです! 事前インタビューでは、将来の目標がボディー選手の肉体美であると、誇らしげに語っておりましたっ、今後に期待が寄せられます……!』
やめとけ……! せっかくの程よい筋肉イケメンが台無しだぞ……!
だが私以外には好評なようで、あちこちより「頑張れよー!」、「きゃー、素敵~!」みたいな声援が届く。マジかよ……。
価値観の相違がスパイラルしてます。
『ボディー、グリルペアの活躍に期待が募ります! ……さて。続きまして例のペアとなりますが、』
なんだその言い方。まるで例のあの人みたいに触れちゃいけない存在のように言わないでほしい。別に何も悪いことやってないからね!?
『正直、情報が少なすぎて前回紹介した内容しかお伝え出来ません。無念です……!』
何故か「くっ……!」みたいな悔しがり方をされていらっしゃる。いや、そこまで悔しがること?
……拳まで握ってるし。
『……大変口惜しいですが、伝えられる情報で精いっぱいお伝えしましょう……!』
なんでそこまで気合入ってるの? 普通にさらっと名前とかだけでよくね?
……え、嫌がらせ? 嫌がらせなの……?
『……前回に引き続き、諜報部は碌な情報を獲得できませんでしたので、とある匿名希望の方からリークして頂きました』
絶対そう来ると思ってました。はい。
『前回の試合にて圧倒的な戦闘能力を見せてくれましたアイ選手ですが、なんとなんと! 当時の動きは最低限のものでしかなかったそうです!』
おーい。それ言って意味あるの?
ざわざわと観客席が盛り上がる。
私の聴力によると、「まあ、あんなにか細い腕ですのに……」とか、「お姉さま~!」とか、「フッ、ハッタリだろう」とか、「姉御~」とか「うおおおおお」とか、「大将おおおおお」とか、って最後ジルニク君じゃん。
……て、お、おま、そんなとこで何してんだ!
「…………」
観客の反応を伺っていたはずが、怪しげな集団中央で応援団長のごとく叫ぶジルニク君を捕捉してしまい気が逸れた。
というより、何だその怪しい集団。横断幕まで掲げて恥ずかしすぎるんですがっ……!
『しかも! リーク情報によりますと、「俺たちの大将はまだまだこんなもんじゃねえ!」とのこと。これは期待が出来ます! この試合にて隠された実力を見せてくれるのか! 一時も目を離せませんっっ!』
「…………」
お、お、お前かああああああ――!!
身内からの酷い裏切り行為である。――後で〆るか。
『そしてそして、アイ選手のペアとして前回相手にトドメを注した、あのフェルナンデス家出身のジミー選手にもさらに期待が高まります……!』
詳細を語らない紹介に、ますます気になるジミー先輩の家庭事情……。
『――それじゃあ、お待ちかね。早速始めてもらおうかしらね~』
大人しく聞いていたママが痺れを切らしたのか、横槍を入れる。このまま変な紹介を続けられても生産性がないので助かった。
ママの言葉に従い、フィールドが荒野に変わる。
「ふーん」
見晴らしは良いので、変わったといえば足場の感触ぐらいだ。しかし、実際の刻限が夜にも関わらず、天候はギンギラギンとした日中へと瞬時に変わった。
いつもながらの超技術に対してはもはや呆れるしかない。
「待たせてしまい申し訳ない」
「いえ、別に」
おそらくマッスルショーのことかと思うけど、律儀にボディーさんが話しかけてくる。ゴツイ上にずーっと同じ笑顔なので、気味悪い。どことなく師匠と同じ系統の笑みな気がする……。
ぼやっと適当なことを考えていたら、頭の中に開始の合図が響いた。……ママだな。せっかちすぎる。
「――それでは行かせてもらおうか」
下がることも無く、開始直後一言告げるといきなりボディーが一歩前へ踏み込んだ。
――キィィィン――
「っ!」
本能的に脳が危険信号を発信する。
余韻を感じることも無く、すぐさま右手でジミー先輩の襟首を掴み後ろへ放り投げた。
「――ほう。凄いな、君」
「ありがとうございます」
一瞬で詰められ繰り出された右の正拳突きをサッと左手で受け止め、淡々と返答を返す。
――この人、一瞬だけ身体強化もどきのスキルを使った。
死角で使われたからどのスキルかまでは判断できなかった。うささんが居れば分かったんだろうが、残念。独力で判断するしかない。
咄嗟のことで左手で受け止めた右拳はそれなりに強烈だった。上手く衝撃を逃せたから良かったものの、私がジミー先輩を避難させることも想定した予備動作。さすがは噂されるだけのことはある。
最初に一声かけたのも緻密な小細工。
――こいつ。見た目に反して中々に小狡いぞ。
「ふ……」
思わず小さな笑いがこぼれた。
狡猾? ――結構。
こういった輩が最もやりやすい――。
「っ!?」
私がこぼした笑いに何かを感じ取ったのか、刹那の攻防の中では比較的ゆっくりと顔を上げて表情を見せた途端、物凄い反射速度で後退された。――失礼な。
――ドサッ
相手が開始位置に戻ると同時に、後ろに放り投げていたジミー先輩も着地した――。
◇◆◇◆◇
「な、ななな何が起こったのでしょうか……?」
ホウソウは、何か凄いことが行われたということは荒れ狂う砂埃が上がったことで認識出来ていた。しかし、実際にどのようなやり取りがなされたのかは見えなかった。
ボディー選手がブレたかと思ったら、いつの間にか開始位置より後ろへ後退していた。ホウソウが見えたのはそこまでであった。
「――開始直後、先にボディーくんが右拳で殴りかかって、それをアイちゃんがジミー君を右手で引っ掴んで後ろへ投げて避難させつつ、左手で衝撃を殺して受け止めたのよ」
若干気怠そうに頬杖をついて解説するマリア。言われてみれば、いつの間にかジミー選手が開始位置よりかなり後退した場所で唖然と尻餅をついていた。
「へ? あの一瞬にそのような攻防がなされていたのですか……!?」
ボディー選手だけでは解説内容にピンと来なかったが、瞬間移動したかのようにありえない位置へと移動していたジミー選手が、実際に起きた攻防であると、現実味をもって解説を信憑付ける。
そして、それは浸透するように遅れてホウソウや観客たちに驚きと興奮を与えた。
「「「「「――うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
アイたちには試合への集中の為、外野の声はまったく聞こえていなかったが、その光景を見れば一言、「暑苦しい……」と発言していたに違いなかった。
「――ふふふ。さて、どうするのかしらね?」
◇◆◇◆◇
最初の一撃から数分。両者ともに動かず。
実際には動こうとしたボディーを牽制するように先手を打つ動きをしているからだけどね。
これ、やってるほうはそうでもないけど、やられたほうは凶悪な圧力と緊張を与えられる。経験談なので間違いない。
……どこで経験とか愚問でしょ。
「ボディーさん……大丈夫ですか……?」
「……悪いね。あの子の相手で手一杯だよ」
腰に片手を当てたまま仁王立ちの自然体で牽制する私に対して、ボディーは戦闘の構えを解くことは無い。いつまで経ってもそのまま動かないボディーに痺れを切らしたグリルが声を掛けるけど、まだまだね。
もし、ジミー先輩のサポートメインとして動いておらず、本気で相手してたのなら。グリルが話しかけたその瞬間に生じた隙で二人は倒されていた。
それを理解しているのか、私を注視していたボディーがゆっくりと、構えを解く。
「――ひどいよね。もっと丁寧に扱ってほしいかな」
「それはまじですんません」
咄嗟のことで力加減を間違えたとはいえ、かなりの後方へと投げ飛ばし、戻ってくるまでに多少時間がかかってしまったようなので素直に謝る。
ジミー先輩は口で文句を言いつつも、必要な行動であることを理解できているのか、それ以上文句を言うことは無かった。……それに、ちゃんと少ない衝撃で済むように投げ飛ばしたので、見た目の派手さ程の衝撃は無かっただろう。
「……君の基準だと、私はどうかな?」
「う~ん。あっち単体ならギリ、そっち単体なら普通、複数ならアウト、ですかね」
「そうだね。私も同じ意見だよ」
「それは良かったです」
そのまま少し考え込んで決めたのか、イイ笑顔で「じゃ、あっちのゴツイほうを頼めるかな?」と告げた。私はもとよりサポートメインなので、是非も無し。
相手にもついでに目配せする。いつの間にか張り付けたような笑みが剥がれて真顔になっていたボディーがいち早く反応した。
「……グリル。君の相手はあちらを任せてもいいかな」
「ですが……!」
「グリル」
「っ分かりました」
渋々だが、グリル君がジミー先輩の移動する方向へと一緒に遠ざかっていく。これでそれぞれ一対一の構図だ。――ま、実際にはいざとなれば同時対応が出来るのでどちらにしても二対一だ。
それを理解しているのか、ボディーの額に汗がにじむ。
「――驚いたよ。これ程とは思わず、侮っていたからね」
「素直ですね。しかし、いけません。――人は見た目ではありませんよ」
「ご忠告痛み入るとはこのことだと、身に染みて実感したところだよ」
「それは重畳」
皮肉が伝わったのか、それはそれは苦そうな苦笑いを浮かべられる。……そういう顔されると嗜虐心が湧き上がるのは血筋だろうか。ぼんやりと頭の片隅で思考しながら出た一言は、
「――さて、どうするつもりですか?」
どこかで聞いたようなセリフだった。
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