ロストアイ

ノベルバユーザー330919

ウチ来る?



 最後は先輩がトドメを注して初試合は終わった。問題はこの後。

 試合終了を意味するサイレンが鳴ると同時に、シャットアウトされていた雑音が一気に蘇り、周囲の景色が元の殺風景モノクロに戻る。

 そしてこれだ、


「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


 暑苦しいったらありゃしない。

 興奮した観客の声援が体の芯まで響いた。


「うるさいな……」
「そうだね……」


 思わず漏れ出た心の声に先輩が同意する。さっさとこの場を立ち去りたい思いでとどまっていると、ジミー先輩が先に帰る動きをした。


「退場しないの?」
「ちょっと……」


 怪訝に思った先輩が声を掛ける。が、私にはやらねばならないことが残っていた。初試合の対戦相手である二人が目を覚ますのを待つ。

 相手を戦闘不能状態に持ち込めれば勝ちになるが、判定はかなり正確だ。

 例えば、私に白服生徒の一発が直撃したとしよう。

 実際に身体はVRなので現実の身体へのダメージは入っておらず全くの皆無だが、能力はすべて再現されているので勿論、身体能力も全て反映されている。

 その限りなく現実と相違ない仮想実体といえる技術で、実際の現実世界で受けた場合と同じ感覚でダメージを受けられるため、現実で発生した場合同様に然程のダメージ判定にはならない。

 逆に、私が白服生徒に一発入れたとしよう。

 現実ではかなり惨たらしい感じになるところ、実際には仮想実体なので、なんかいい感じの光の粒子に変わるだけである。ここで致命傷と判定されれば戦闘不能扱いになる。


「んぅ……」


 色っぽい呻き声を上げて先にアロマとかいう女子生徒が起きた。もう一人は未だにダウンしている。ジミー先輩のお薬、マジ危険。

 私には何も影響がないんだが、本当に大丈夫だろうか。実は影響があったりして……。


「……ん、あ、れ……?」


 まだボンヤリとしているようで、視線が定まっていない。それを気にせずツカツカ歩み寄って、頭へサッと手を翳して一方的にメッセージを送信。

 今世、メール的なやり取りはすべて脳内でAIを間に挟んで数秒単位で完結できるが、スムーズなやり取りを行いたいなら、一度は必ず相手と直接接触する必要がある。

 理由は単純に、特定の人物が不明な場合、知っている特徴だけで探そうにも該当人物が多すぎるためである。一部、有名人に関して言えば直接許可を得ないとやり取りさえ厳しいのだ。

 前世の個人情報保護システムより緩いのか厳しいのか、微妙なラインである。


「!」


 一方的にメッセージを擦り付けると、吃驚した顔をされた。私の用事はそれだけなので、律儀に待っていてくれたジミー先輩に追いつき、退場した――。

 ――その日の夜。特A寮にて。


「うおおおおッッ! さすが大将だぜ!」
「はいはい、ありがとー」


 こちら特A寮、小部屋にて。現在、プチ祝勝会絶賛実施中である。

 小部屋の宙には今日の私とジミー先輩の初戦実況が色んなパターンで繰り返しド迫力の映像で流れていたりする。ちなみにママ提供である。

 ……あの人職権乱用しすぎじゃない? 気のせい? 私の気のせいなの?

 それで特に騒いでいるのがジルニク君で、まるで面倒くさい酔っぱらいの如く馬鹿の一つ覚えみたいに「スゲェェッッ!」「うおおおッッ!」「さすが大将おお!」みたいな単語? しか繰り返していない。

 ……そろそろ本気で面倒くさくなってきたな。てか、それただのあっぷるジュースじゃねえか……!


「まったく。あんたって無茶苦茶よね」
「そうですか?」


 騒ぐジルニク君から距離を取っていたラオ姐が呆れた視線を寄越した。まだ一週間そこらしか付き合いが無いけど、ラオ姐には良くしてもらっている。

 といっても、私経由でリアの事業に興味を持ったラオ姐が、リアと話す機会が増えて必然的にリアと良くいる私も話す機会が割増しになったってだけ、だけどね。

 ちなみにちゃっかり幹部に収まっていたりするラオ姐。着々とリアが発足した組織が形を成し、成長していたのだった。


「教官の動きは素晴らしいです。大変、参考になります」
「ありがと……?」


 ちゃっかり繋がりでちゃっかり祝勝会に参加しているデボラも若干危ない目で感想をくれた。言動がアレなだけで、基本は常識人枠である。が、やはり言動がアレである。

 それでも最近、そんなデボラにも慣れてきました――。遠い目。


「私は違う意味で目立ってしまったよ……」
「あー。あれはホントすんませんです」


 向かいでは、未だに初戦でのぶん投げからのお姫様キャッチを引きずっていらっしゃるジミー先輩であった……。

 知識部門では目撃されること自体少なかったのでそれほど気にしていなかったようだが、さすがに満員御礼の中でのぶん投げ姫キャッチは後から精神的にキタらしい。

 今も葛藤で頭を抱えていらっしゃいます。知識部門前日の先輩の渇いた笑いが思い起こされた。


「アイさんらしいですわね」
「え、それ褒めてる!?」


 さりげなく皆に手際よく給仕していたリアが微笑みながら告げた。完全に天然で言っているので、マジな感想である。リアの中で私の認識はいったいどうなっているのだろうか。気になる。


「シュコー、シュコー、」
「……うん。ありがとう」


 リアに意識を持っていかれていたら、視界にヤマトくんが入った。が、相変わらずどう反応すればいいのか分からないので、とりあえずお礼を言っておく。

 今は相変わらずの人見知り発動で、ココに到着してずっと私の隣を陣取っていたので、仕方なくそのまま横に座った。飼い主としてしつけるべきかしら……。

 けれど最近、ふと気付くと視界の端に居ることが多々あるので、若干慣れてきたような気もしないでもない。

 しかし、未だにヤマトくんのキャラの正解が分からない今日この頃でした、はい。


「あ、あの……」


 ワイワイバカ騒ぎする私たちの外側から、遠慮がちに声が聞こえた。


「あ、いらっしゃ~い。待ってましたよ」
「はい……」


 恐る恐る入室してきたのは何を隠そう、アロマ先輩たちである。ついでにフォルト君も来ていたりする。先ごろ送ったメッセージの返事だろう。

 意外と早かったな。


「え、今日大将たちが倒した相手じゃねえか、何の用だ……?」


 ジルニク君がマイペースに聞くが、顔が、というか目つきが怖いので、相手にメンち切ってるヤバめのヤンキーにしか見えない。

 その証拠にアロマ先輩たちが青褪めていらっしゃる。

 他の人も私に対して不思議そうな表情なので、ここは私が仲介したほうがいいだろう。というか、ジルニク君。今しがたの私の言葉は完全にスルーかい。


「私が呼んだの」
「あ??」


 仕方がないので、察しの悪いジルニク君に向けて呼んだことを伝える。それだけで納得したのか、興味を失くしたのか、特に理由も聞かずに未だに自動再生される映像へ視線を戻した。

 ちなみにデボラはチラッと見ただけで、映像をずっと食い入るように見続けていた。


「あ、あの」
「――単刀直入に聞きましょう。はい、いいえ、どちらですか?」
「あ、え、あの」


 ジルニク君の鋭い視線が外れてホッとしていたアロマ先輩たちにすぐさま回答をお願いする。私の催促に、視線が部屋中をぐるぐる回り出すアロマ先輩たちだったが、部屋の中はかなり濃いメンツだ。

 すぐに私へ、正しくはリアへ視線が定まった。やはり女神が終着点か……。


「――あの申し出、受けたいと、思います」
「それは良かったです。ささ、こちらへどうぞ」
「は、はい」


 若干遠慮がちに、中々の濃ゆいメンツの中へ踏み入るアロマ先輩たち。とりあえずリアの近くに座らせた。この部屋一番の癒しスポットである。


「? あら、何のお話しでしょうか」


 リアが不思議そうに私へ聞く。他のメンツも一部を除きこちらを注視する。まあ、特に誰にも何も言ってないから当たり前だけど。


「リアの事業に参加、というか雇おうと思ってさ」
「まあ、そのようなことでしたのね」


 リアが嬉しそうに微笑んだ。


「ふふふ、あたしたち、ZON美容同盟も日々大きくなっていくわね」


 ラオ姐が付け加える。いつの間にかおしゃんてぃーな組織名になってたのがここ最近一番の吃驚だったのは記憶に新しい。

 既に予定している従業員だけで三〇〇人近くスカウトに成功していた。……主にリアの能力とラオ姐の人脈による成果だけど。入学から二か月も経たないのに、知らぬ間に中小企業規模だ。


「それで、お名前は??」
「……アロマ・スメル、といいます」
「ぼ、ぼぼぼ僕は、ふぉふぉふぉフォルト……フォルトレス、です……」


 リアの問いかけに反応して、二人が自己紹介を行う。


「アイさんが直接誘うことはそうはありませんのよ。素晴らしい才能をお持ちのはずだわ」
「そんなこと、ないです……」


 複雑そうな表情を浮かべるアロマ先輩が私の方を見て自信無さげに言う。試合前の自信過剰ともいえるお色気はどこへやら。おそらく、ユニークスキルを使用していたのはアロマ先輩だろうけど。

 知らぬ間に突破して倒してしまったせいかもしれない。それも、相当強力なユニークスキル。もはや後の祭りだけど。


「――アロマ先輩。ユニークスキル持ち、ですよね?」
「――はい」


 話をぶった切る感じで確信的に聞いてみると、真剣な表情でアロマ先輩が間をおいて返答した。私の言葉に反応して、ジルニク君やデボラまでもがアロマ先輩へ一斉に視線を向けた。

 実に都合のよろしい耳をお持ちのようである。


「それほんとかっ!?」


 ジルニク君が予想通り食いついてきた。同じくデボラからも無言の訴えが送られてくる。あんたたちは後で相手します。

 今は目の前のアロマ先輩だ。


「ゆ、ユニークスキルですって……!」


 一拍遅れてラオ姐が普通の反応をした。そして同時にラオ姐の見た目と声のギャップにアロマ先輩たちが思わず二度見していた。

 分かる。分かるよー、その気持ち。

 私も未だにギョッとすることが多い。むしろリアたちが何の疑問も無く普通に受け入れたことのほうが吃驚だった。


「……よろしかったんですの?」
「…………」


 リアがアロマ先輩に聞く。ユニークスキルは特殊だ。アロマ先輩の隣に座るフォルトくんが知らなかったという反応を見せたことからも分かる通り、軽々しくユニークスキル持ちであることを広めることはまず、無い。

 家族にさえ秘匿するべきだと、今世の人々は常識としている。

 それがこうもあっさりと伝えられると、ここの人たちの常識じゃあ、そりゃもう驚きしかないだろう。ただ、私がアロマ先輩たちを雇おうと思ったのはそれが理由ではない。


「――とにかく。ユニークスキルかどうかは大した問題じゃないんだよね」
「「「「大ありです(だ)(わ)(よ)!」」」」


 全方位から非難轟々であった。


「……リアの事業発展に貢献できる人材だし、早めに確保しておこうと思っただけだよ。ね?」
「ね? ではありませんわ。雇うならまだしも、こんな大勢が居るところで何てことを聞くのですか!」


 リアが怒った。


「いいんです。大したスキルではありませんし……」
「そ――」
「――それは違うよ」
「え……」


 成り行きを見守っていたジミー先輩が口を出す。私が何か言おうとした矢先だったので、誤魔化すため、手前にあったクッキーをもごもごしてしまった。


「君のスキル、特殊体質系だろう?」
「え、ええまあ……」
「試合中、アイが張られていた『結界バリア』を壊した時だ。空気の味が変わった」
「!」


 その通り。表現方法としてはどうかと思うけど、分かりやすく言えば、湿気でこもったような空気が喚起することで新鮮な空気に変わった、みたいな感覚があったのだ。

 おそらく――


「――おそらく、空気中に拡散できるスキル。香りや匂いだと思うけど、合ってる?」
「ええ、まあ……」


 二人の前の試合記録を確認してほぼ確定だと思うけど、状態異常系のスキルだ。ただ、私たちに効かなかったのは、元々の状態異常耐性が異常なほどに高かったからだろうな。

 私はママの教育でもとからだけど、ジミー先輩も意外とタフだった。

 ……単純に、相性が悪すぎたな。

 ジミー先輩が核心に迫る刑事のようなポーズを取った。両手を顔の前で組んで前かがみにアロマ先輩を見据える。

 ……なんかそういえば名探偵ジミーみたいな会話が繰り広げられてますけど。アロマ先輩、追い詰められた真犯人みたいな顔になってますけど……?


「しかも状態異常を含めて、ね」
「…………」


 やめてえええぇぇぇ……!

 せっかくの人材が逃げ腰になってるんですけどおおお……!


「――素敵ね」


 ビクゥゥゥッッッ!! ×三名

 ラオ姐のゾッとするような一段と低い声が割り込む。私とアロマ先輩、フォルト君が主にビクつく。背筋がゾクッとしました。はい。


「あたしたちの開発チームで活躍出来そうじゃないのよ、あなた。採用よ、採用!」


 それもつかの間、すぐに普段のきゃぴきゃぴしたラオ姐に戻った。そのままアロマ先輩の元へ近づくと両手を握って幹部特権で採用してしまった。

 静かに見守っていたリアが「まあ、それは頼りになりますわ」なんて暢気に受け入れていた。


「おう! よろしくな!」


 ジルニク君がさっさと現状を受け入れて歓迎の意を表す。ちなみにジルニク君は私の部下扱いである。以前、リアに丸め込まれて私の部下でなら入ると言ってしまい加入に至る。

 そして度々リアとクレイ先輩の危ない実験に駆り出される羽目になっていた。私の身代わりとして。

 まったく、自業自得である。


「あ、あの、僕は……?」
「ああ、君ね。素質ありそうだからついでにスカウト」


 フォルト君。アメニティスキルである『結界バリア』を絶妙に使用していたのだ。強度は大したことなかったけど、私でも一時見失うくらいに周囲の景色に溶け込ませていた。

 鍛えれば隠密技能が磨かれるだろうと思うと、ついでに確保してしまった。しかし下級生枠とはいえ一つ年上だ。挙動も直しがいがありそう。


「何はともあれ、これからは共にZON美容同盟として盛り上げていきましょう!」


 リアの言葉で話は終わり、そのまま同じ部屋で二次会が始まるのであった。

 ――勿論最後は「あら、もうお開きの時間ですよ~」という笑ってない微笑みのプリシラさんによって祝勝会は強制終了となったのであった。

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