ロストアイ
前説は読む派ですか
――開会式より一週間。
「……ついに出番ですね」
「そうだね」
「思ったより時間かかりましたね」
「そうだね」
「……それ、逆ですよね?」
「そうだ……ちょっと待ってくれるかな」
少し慌てながら裏っ返しになったネクタイを結び直すジミー先輩、かなり緊張しているようだ。
今、私はジミー先輩と控室に待機しているところである。そろそろ前のペアの試合が終わりそうだと連絡があってから約三時間。ひたすらの待機である。
嫌がらせかな?
「ジミー先輩、物凄く緊張しています?」
「……うん。あんな風に紹介されると、ね」
つい先程やっと決着がついたそうで、なかなかの粘りようだったらしい。まあ結局、粘った側が負けたらしいんだけど。
ジミー先輩が緊張しまくっているのは今から初試合が始まるから、ということではあるけれど、違う。そんなことが緊張の根本的な原因ではない。
――遡ること一週間前の開会式。
早速試合が開始されようと準備が開始されるところ、あの人がただ黙っている訳もなく割り込んだ。
『はいは~い、みんな。聞いて頂戴ね~』
何を隠そう、ママだ。
『じ、つ、は、お知らせがあるのよ~』
嬉しそうに勝手に話し出したママを止めようとする者は居たが、全て不発に終わっていた。メルディアナ先生なんかとっとと退散して準備を始め出していた。
『今年度の知識部門の結果なのだけど、本来は大っぴらに公表しないのだけど、今回は特別大、公、開、よ』
ママの発言に周囲がざわつき始める。それもそうだ。ママの言った通り、本来は見世物にするための公表はしない。トーナメントの決定と成績への反映のためのみ教師が把握する程度だ。
……もう嫌な予感しかしないんだが。
『なんと、素晴らしいことに。八百五十五ポイントという歴代最高得点を叩き出したペアが出たのよ~。皆、そのほかにも最高得点に及ばずとも近い頑張りを見せたペアばかり。今年度のシード枠、そのすべてのペアが過去の最高得点を上回っているわ。ライバルは注目よ~?』
それだけよ~と、特大の爆弾を落としていったママは鼻歌交じりに去っていった。周囲の反応は様々。早速シード枠ペアをマークしてリサーチし始める人、関係ないと我関せずを装う人、野次馬根性バリバリの人。
ただ、ひとつだけ言えることがある。この期間中、私たちに安息は訪れないだろう……ということが。
自由時間が多いのは、何も安易なサービスではない。ライバルの戦力調査、対策、妨害、色々なことを指しての自由時間である。
つまり、何が言いたいかというと、闘交会が終わるまで二十四時間体制で周囲からの視線は免れない、ということだ。
事の顛末をおさらいして、再度横に立つジミー先輩を確認する。この一週間、ストレスで碌な睡眠がとれなかったのか、ジミー先輩の目の下は隈が濃い。好青年が不健康になった感じだ。
ありとあらゆる妨害を受けたんだろう。私もそうだったので分かる。軽くスルーしたけど。
元が文系の白服生徒にはキツかったのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「この一週間耐え抜いたんだ。生けるさ」
「気のせいですかね。なんかニュアンスが違った気がするんですが」
「そう? 気のせいじゃない?」
ヤバい。先輩の目が逝ってしまわれている。これはヤバいかもな。……まだ試合前だし、バレなきゃいいかな?
「先輩、目を瞑ってもらえますか?」
「ん?」
「回復します」
「……いいのかい?」
「問題ないです」
「……じゃあ頼むよ」
素直に目を瞑った先輩の目の上へ自作の魔法秘薬をベタ塗りする。ちょっと効力が強いので、効果が切れると力が一気に抜けるけど、試合の間なら問題は無いと判断したので問題なし。
するすると吸収されるようにドロッとした薬が目に消えていく。
バレる前にささっと亜空間に薬をしまうころにはすっきりした表情の先輩が目を開けた。
「……凄いね。先程感じていた不快感が爽快感に変わった。どんな薬を使ったんだい?」
「乙女の企業秘密です」
――割とマジで。
「……そう。今はなんでもいいよ。行こうか」
「はい」
私の神妙な顔つきにツッコむ気力も無いのか慣れたのか、おそらく後者だろうけど。
雑談もそこそこに、サッカーコート十数面分はありそうな広々としたステージへ進む。マジで上から見たら小粒にしか見えないんだろうな、と明後日の方向へ思考を飛ばしておく。
見上げた観客席は満員御礼。はい、お疲れ様でしたー!
『あら、遅かったわね。お待ちかねのシードペア登場よ~』
しかも。この一週間、ママが全てのシードペアの試合を実況しているというプレミア付きだ。マジか。余計なことを……!
全校生徒が座ってもスッカラカンだったのに、立ち見もいるような満席になっているのも驚きだけど、何より表舞台に出ることが少なく、もはや生徒の間で都市伝説と化していたはずのママがこうも堂々と表舞台に頻繁に顔出しするとか、そっちの驚きのほうが半端ない。
むしろママ目当ての野次馬も少なくないに違いない。最悪だ。
チラッと視線を向けるとニコッと意味深に微笑まれた――。
――ワザとだ、ワザとに違いない……!
ママへの疑いを深めながら、お待ちいただいていた対戦相手を確認する。今回のフィールドは風通しの悪そうな林だ。
ちなみにポイントが低いほうが好きなフィールドを指定できる。これもアドバンテージルールだ。つまり、決勝まで行くとしても私たちペアに選択権は無い、ということである。
とことん作為的な何かを勘ぐらざるを得ないけど、昔からあるルールだって言うし、ほどほどに疑っておく。まさか、十数年以上先に入学する娘を狙ってこんなルールは設けないだろう。
…………設けないよね?
『それでは紹介しましょう、――』
まさかな予想に辿り着いてしまいドン引きしていると、ママとは別の、元気っ子っぽい女生徒が私たちの紹介を始めた。
『まずは今回のフィールドを指定したフォルト、アロマペアからです!』
名前の紹介とかもされるのか……面倒だな。
『既に三試合を終えて、一般生徒同士のペアにも関わらず特待生含むペアを撃破し、番狂わせの注目株! 事前情報により今年度のシードは手強いと言われている中、事前インタビューにて取るに足らないと豪語! これまでの試合から伺える自信は凄まじいものです! 現在、今までのシードペアはすべて苦なく試合に勝ち進んでいます。シードペア相手にどうするのか、注目です!』
……早口過ぎて半分くらい何言ってたか分かんなかったけど、とりあえず、何やら注目ペアらしい。たぶん。
確かに、一般生徒同士のペアでここまで残るのは凄いのかもしれない。気弱そうなのがフォルトで、強気なお色気たっぷりなお姉さんがアロマだろう。
……なにせ外野から、
「「「うおおおおお、アロマ姐さああああんっっ!!」」」
って野太い男どもの声が響き渡っている。その暑苦しい声援に対して髪を払って、投げキッスとウィンクで対応しているのがお色気たっぷりなお姉さんなのだ。無駄に慣れてる。
リアとは対極に居そうなタイプだ。正直、苦手です。
……でも、あの色気の十分の一でもあれば私にも色気があると胸を張れ――。
『続きまして、今闘交会最後の披露となるシードペアです。この一週間、諜報部をもってしても碌な情報が得られなかったそうで、――』
ちょ待てよ。それマジかッ!?
まさか、ここ一週間執拗につけ回されてたのってその諜報部とやらなの!?
『――ただ、匿名希望の方からのリークがあり、一部の情報が判明しました!』
「「え!?」」
誰それ……?!
『なんと、聞いて驚くことなかれ。あそこにいる今年の新入特待生のアイ選手。今年の新入生の中でトップの成績として、歴代最高得点を叩きだしての入学を果たしたそうです!』
おいぃぃぃぃぃ!!
それめちゃくちゃプライべート情報おおおお!
前にうささんから公開されないって聞いてひっそり闇に隠蔽して葬っていたのにぃぃぃ!!
何を掘り起こしてくれとるんじゃあああ!!
『さらに! あの超絶難関鬼門の伝説であるマリア様の教室への入室を果たしているとのこと! さらにさらになんと、マリア様直々にスカウトの書を授けたとかっ?!』
『ええ、まあ、そういうことになるわね~』
ニコッと何でもないことにようにママが暗に肯定。
…………。
…………犯人はお前かあああああ!!
『そして、色々と注目されるアイ選手のペアとなったのはなんと、あのデール王国フェルナンデス伯爵家のジミー選手! あの伯爵家出身ということで同じく注目です!』
誰のリークかほぼ確定した私の紹介に続いて、ジミー先輩の紹介がされる。庶民でも努力次第では一代成り上がりも不可能ではないこのご時世。
貴族の詳しい階級は覚えてないけど、中位階級まででもかなりの数に昇る。先輩も特に隠していたようではないけど、そんなに有名な家名なんだろうか。
「……あの」
「何で有名かとか聞かないでくれるかな」
「はぁ……?」
何やら、あまり触れてほしくは無いみたいだ。別に害は無し、貴族関係は面倒くさいので関わらないのが一番である。
とはいえ、私の紹介で分かりやすくザワザワしていた観客がジミー先輩の紹介でさらにザワザワし出す。
『この異色のペア! ……実のところ、噂の最高得点ペアではないかと私は疑っているところですが、――』
当たりです。
『――さて、他のシードペアも凄まじい戦闘でした。この試合、大大大注目ですっ!』
強引に締めくくり、やっとのことで地獄の公開晒し処刑タイムが終わった。私の平穏な学生生活はどこへやら。ジミー先輩と一緒に開始の合図まで白目を剥きたい気分で過ごすのであった――。
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