ロストアイ
知識部門の結果
終了時間を告げる花火が空に放たれた。
午前中は全力で挑んだけど、結局色んな意味で杞憂だった。後は片付けに入って、明日には組み合わせが発表され、明後日には武闘部門が開始される。
スケジュールが詰め詰めなのは臨機応変に対応慣れできるようにするためらしい。将来何を目指すにしても、周りの環境に適合できるかどうかは結構重要だからだ。
「あ、確かあっちだったような……?」
「ならこっちだね」
「…………」
私が指した方向とは真逆へ向かって進むジミー先輩の背を追う。仕方がない。前科があっては逆らえまい。
そんなわけで、今は片付けのため私が個人で設置した罠の元へ向かっているところだ。他の罠ならアンドロイドたちが片付けてくれている。片付けまで考えられてこその罠というものだ。
……決して怠惰から思いついたというわけではない。断じて、ない。
「それで? まだ罠のことは教えてくれないのかな」
「着けば分かりますよ。引っかかるような人は居ないと思うんですけどね」
「……それはどうだろうね」
「?」
ジミー先輩がそっぽ向いて何事か囁いたけど、特に聞き耳立てることも無いのでスルーする。もうすぐ目的地だった。
「あ、あの木! あそこです!」
「立派な木だね。この区域にあんな大きな木なんてあったかな……?」
「いっきに育てたんですよ!」
「は?」
呆気にとられているジミー先輩をその場において大きな木の元へと向かう。ある一定の方角からでないと見えないように高さもそれなりに調整して植えられている。植えたのは私だけど。
いやー、微妙な角度まで計算するのは怠かった。頭脳スペック的に出来ないわけじゃないけど、気分の問題ってやつね。
おかげで植物魔法なるものをスキル取得してしまった。取得して真っ先に考えたことが食料に困らなそうなスキル魔法だ、という部分が自分の残念な女子力を浮き彫りにさせる。
……これじゃご飯の匂いを常に漂わせている食いしん坊だと思われても反論出来ないな。
「確か、あそこに――」
目標物が見えているのに迷うことはさすがにない。過去はいざ知らず、今の私は昔より成長したのだ。ジルニク君なんてそれでも驚天動地な迷子っぷりを披露するけどね。
幻覚魔法の罠を設置するにあたって、不利になるだろうジルニク君へは事前に迷子に気を付けるよう、警告済みだ。本人はハテナマーク浮かべてただけだったけど。
他は知らない。私と知り合えなかった不幸を嘆けばいい。
「…………」
ちょうど不憫な迷子属性であるジルニク君のことを思い起こしていたからなのか、建物を曲がった先に本人がいた。
「……いやちょっと待て」
一旦建物の蔭へ引き返し目をグリグリほぐす。ヤバい。幻覚魔法が私にも効いているのかもしれない。曲がった先に体育座りで膝に顔を埋め込んだジルニク君と、なにやら派手な上級生が同じ体勢で私が仕掛けた檻の罠に囚われていたように見えた。
そんなばかな。こんな近くに真の脳筋が居たとは……!
「…………おっほん」
「――た、たいしょおおおおお!!」
出直して檻に近付く、派手な格好の上級生は気付いてたみたいだけど、ジルニク君は気付かずに顔を膝に埋めたまま。
知り合いが引っかかるとは思ってもみなかったので、気まずく思いながら声を出す。私の声に反応して顔を上げたジルニク君が、途端に涙と鼻水いっぱいに檻にしがみついた。
檻が無ければ私に飛びついていた勢いだったので、思わず一歩引いてしまった。
「あー、まあ、今出してあげるから、ちょっと真ん中に寄って」
「おう!」
二人が檻から離れて真ん中へ移動したのを確認し、檻に触れる。数秒後、腐ったようにシュワシュワと溶けだした。
この檻は特殊な素材で出来ている。ある特定の条件下でないと壊すことは容易ではない。
ぽかんと呆気にとられた目の前の二人を気にせずに檻を全て溶かしきる。この檻は一欠けらも残すことは出来ない。元はママの研究成果から拝借したからだ。
バレたら色々とマズイ。他の罠をアンドロイドに片付けさせ、直ぐにこちらへ向かったのもそれが理由だ。我ながら危険なお遊びだな。
……証拠隠滅って大事。
「す、すげえ……」
ジルニク君がキラキラとした純粋な視線を送ってくる。カラクリが分かれば大したことでもないけど、わざわざ言うことでもない。うん。
ジルニク君とは対照的に、派手な上級生は変な顔でこちらを凝視している。
綺麗な顔が台無しだ。
「まさかずっとこの檻に囚われてたわけ?」
「いや、思ったより順調に進んでたら最後に引っかかっちまったんだ」
「なんだ、そうか」
焦ったー……!
私の仕掛けたお遊びな罠のせいでポイント稼げなかったとかだったら罪悪感が凄い。
ふぅ、嫌な汗かいたな。
「ところでよ、大将」
「ん?」
「これ、どうやったら開けられるか分かるか?」
「…………」
しばし真顔になってしまった。が、直ぐにニコリと笑いかける。それだけで期待する眼差しが二方向から……て、ド派手な先輩も気になってるのね。
ジルニク君が出したのは罠のエサとして吊るしておいたアホみたいな題名の本。私の直筆だったりする。
「合言葉を言わないと開かない仕様なんだよね、これ」
「合言葉?」
オウム返しするジルニク君と怪訝な顔をなさる派手な美少女。期待通りの反応です。思わずニヤリと、あくどい笑みが浮かんでしまう。二人が一歩引いた。
本能的に何かを感じ取ったらしい。けれどコレにそんなヤバい内容は書かれてないけどね。反応が面白いのでそのまま意味深に続ける。
「残念だけど、合言葉をこの本に対して口にすると呪われるから教えないけど」
「の、のろいって、まさかまたあの変な格好にさせられるのか!?」
「さあ?」
私の意味深な悪い笑みに、以前ジルニク君が呪われてしまったときのことを思い出したのか、青褪めてバッと本から勢いよく手を放した。余程トラウマになってるらしい。
この前初めて呪いのことを知って、ママに詳しく教えてもらったのだ。……まるで来るのが最初から分かっていたかのように周到に教材が準備されていたことはツッコむまでもないだろう。それが私たち母娘の普通である。
それでこの本はいわばお試し。呪い入門編ってところだ。呪いと聞くと悪いイメージが強かったけど、詳しく知るにつれてそうではないと分かった。
呪いは本来、強力な祈祷の一種だった。
祈祷とは、作物の豊作祈願や疫病などから守ってほしいという願いを贄に込めて祈る行為。つまり、神や仏など、神秘的な力を持つ崇拝対象に対し、期待する結果を得るために言葉によって祈ったり、また、その儀礼を行うものだった。
贄と言っても、最初は血生臭いモノではなく、豊作になってほしい作物から作った料理や、神社などの社を建て、恭しく奉ったりしていた。
それがいつしか、強力な効力を目の前にした人々の間で魔が差し、悪い方向の利用へと変わっていったのが祈祷の中でも呪いだった。
呪いは悪いモノ、つまり、疫病や災害に向けて行われていたものだが、それが恨みを持った相手に向けられたり、いたずらに人を陥れるため利用されてしまった。
善意には善意、悪意には悪意しか返らないのが呪いの特徴なため、悪用したものの結末は言わずもがなだ。そこから悪いイメージがついて回り始めたんだけど、自業自得だとしか思わなかった。
現在その詳細は一般的に秘匿されている。強力過ぎて人の手には余るからだ。
未開の地近くに住む魔女たちは使えるそうだけど。そんな危険区域には一般人は誰も近づかないので、AIが黙している以上、情報社会でも詳細な情報が大きく広がることは無かった。
ママは絶対使えるだろうという私の予想は見事に的中し、出向いたら素晴らしくイイ笑顔で出迎えてくれたのだった。
「安心してよ。合言葉は私しか知らないから」
「なんだよ、焦ったじゃねえか」
ほっとしたジルニク君が開けた距離を近づけた。ひとっ跳びで随分と遠くへ避難してたからね。怯え過ぎだっての。
それはそれとして、手元にある本の上に手を置き、ゆっくり上から下へ撫でるようにスライドする。すると、撫でた傍から手品のように本が消えていく。
実際には亜空間にしまっただけだけど、色々面倒くさいのでツッコまれても言わないでおく。
私が本をしまい終わると、今まで黙って顔芸して様子を伺っていたド派手な上級生だろう美少女が動いた。私へツカツカと歩み寄って一言、
「あなた、やるわね」
「……え」
てっきり女子の先輩かと思ったのに、それにしてはかなり低いハスキーな声だった。クレイ先輩は中性的なハスキーだったけど、目の前の上級生は明らかにドスが効いたハスキーな声音だ。
「お、男の娘、ですか……?」
「性別は男よ」
「そ、そうでしたか」
特に気に障ったわけでは無いようで、普通に答えられた。信じられない。派手な美少女なのに、男である。それも低い地声を隠しもしない。ぎゃ、ギャップが凄い人だな……。
「あれ、ラオネじゃないか」
ゆっくり追いかけてきたのか、追いついたジミー先輩が私の前に居た、見た目派手な美少女、性別は男の先輩へ声を掛けた。……心はどっちなんだろうか。と思わないでもない。
「あら、ジミー。あなたがこの子のペアだったのね」
親し気に会話しているので、知り合いだろうことは分かるけど、私としてはどう対応したもんかと悩みどころであった。女か男か、こういう相手にとってデリケートそうな部分は慎重にしないとダメなのだ。
「私はアイのペアになった、ジミー・デル=フェルナンデスという者だ。出身はデール王国だよ。よろしくね」
私が微妙な問題に突き当たって苦悩している間に先輩たちは話を終え、ジミー先輩がジルニク君に自己紹介していた。
そういえば迎えに来てもらったときは早い時間帯だったからか皆には会ってなかったんだった。
「あたしはラオネ・ダレ=レオナードよ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
「何をそんな縮こまっているの?」
「い、いやあ、まあ、あはは~」
い、勇ましい姓名だった。似合わない……。どちらかと言えばエリザベートとか、ベアトリーチェみたいな名前が似合いそうな美少女なのに……!
「あ、もしかしてどっちで扱えばいいか迷ってるの?」
「え、いや、えっと」
言葉に窮する私をみて、ズバリ内心を当てられた。面白そうに問いかけられたが、それに答えられるほどの人生経験は私には無い。
「いいのよ。良くあることだもの。あたしは気にしないから好きに呼んでくれて構わないわ。あ、出来れば反応できる名前でお願いね」
結構サバサバしている。それに自我をしっかり持っているからか、私の微妙な反応に何とも思っていないようだった。凄いな。
――私なら、どうだろうか。
……生まれ変わっても未だに周囲が気になってしょうがないし、常に周りに合わせようとしている。平穏に暮らしたい気持ちは変わらないけど、結局それも失敗ばかり。
流されるままで終わってしまった前世とは今も変わってないのかもしれない。自分では分からない。
きっと同じ条件になったところで、目の前のギャップが濃い先輩みたいにはなれそうにないや。
「――ラオ姐、って呼んでいいですか?」
「? ラオネエ」
「はい」
「名前を伸ばしただけだけど、なんだかしっくりくるわね、それ。気に入ったわ!」
「それはよかったです」
話も一段落したところで、肝心な罠についてジミー先輩に尋ねられたので、既に消してしまった罠について教えた。話を聞いて呆れた様子だったけど、ラオ姐が「信じられないくらい頑丈な檻だったのよ!」とジミー先輩に力説し始めたので、私はジルニク君の元へ向かった。
「それで?」
「?」
「どのくらいポイント稼げたの?」
「んあ? ……大体三百四十五ぐらいだな」
「お~、そりゃ凄い」
平均を考えれば凄い数値だ。よく迷子にならずにそこまで稼げたな。檻に捕まってなかったらもっと行ったんじゃなかろうか。
迷子にはならなかったのかと問うと、途中幻覚魔法に捕まったが、なぜかジルニク君を先頭に進めば抜け出せた奇跡が発生していたもよう。
さらに言えば、途中の妙なセットについても怪しいから総スルーしたそうだ。
……なにそれ。私の巧妙な罠が全然効いてない、だと……!
恐るべし、純情な迷子属性……。
「大将はどうなんだ?」
「…………」
これは言ってもいいのだろうか。
ちょっと調子に乗り過ぎた感もあるので、いずれ公開されるにしてもここで無駄に自爆することも無い。ただ、教えてもらったのに、こちらが教えないのでは不実だ。
ごくり、と生唾を呑み込んで、意を決し伝えようと――
「――ちょっと張り切っちゃってね。午後は五四〇ポイントだよ」
「「ごっ……!?」」
ジルニク君とラオ姐がそろって喉を詰まらせたような声を出した。ついさっき何気なく最終ポイントを確認し、私も同じ反応をしたので二人の反応には何も言わないでおく。
……ますます目立つ予感しかしない。
「午前中と合わせると、八百五十五ポイントだね」
「「は、はっぴゃく……」」
さらっと告げたジミー先輩の言葉に、聞いた二人が唖然として反応した。
実のところ、午後は共通教室の問題だけでなく、ついでに通りがかった専門教室の問題をもったいないからと解いていたのだ。
私はジミー先輩が専門教室の問題を解いている間、適当にそこら辺の共通問題を遊びで解きまくってただけだ。せっかくだからと専門教室の問題を嬉々とジミー先輩が解きに行ったので、私だけのせいじゃないはず。
「あ、あなたたちねえ……!」
吹っ切れたように爽やかな笑みさえ浮かべたジミー先輩に、ラオ姐がいち早く反応した。
おそらく、一回冗談だと考えたものの、ジミー先輩の性格上嘘を吐くことは無いと思い直したのか、今は素直に恐れおののいている。
「どうしたらそんなことになるのよ!」
「私が聞きたいよ」
「はああ?」
達観した目のジミー先輩がチラッと私を見た。流れる様にラオ姐も私を見て恐れ戦いた。
やめて。私を犯人にしないで。半分はジミー先輩も片棒持ってますよ。
「さすが大将だな!」
「…………」
純粋に私を犯人に仕立て上げるジルニク君に何も言えない。お願い、そんな純粋な眼差しを向けないで……!
微妙な沈黙が発生したものの、気を取り直すのが早いラオ姐が、「そういえばあんたの名前教えなさいよ」と場の空気を変えてくれた。
それにあやかり、再度自己紹介を執り行う。
その後はジルニク君とラオ姐が罠の片付けに向かうと言うので、別れることになり、片付けも終わっていたので、私をジミー先輩が寮まで送り届けてくれた。
……ちなみに、リアは二百七十五ポイント、ヤマトくんが三百七十ポイントだった。
平均とは何ぞやと思わせる高得点ぶりだったのがこの日最後の思い出であった。
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