ロストアイ
くじ引き@その3
規則正しく等間隔に並び、太陽光によって光が淡く差し込む特殊なガラス窓。その窓を背にして並べられる長大の机たち。その上には旧型――初期――のパソコン機器が乗っており、光は点いていない。
もちろん、蹴ればゴロゴロと動くイスが机の下に入り込んでいる。手元にある小ぶりなそれをカチカチッとクリックしてみる。音まで懐かしいものだった。
前世含めて久々、今世では初めて見たマウスとキーボードを弄りながら、ドアを超えた際の得も言われぬ感慨にひたっていた。
前世のドラマなんかで良く見た通りの現実味の無いセットそっくりだ。こういう場所をオフィス、というのかもしれない。
私にとっては非常に驚くべき場所であったわけだけど、そろそろここを探索したほうが良さそうだ。おそらく今世で分かる人は居ないだろうけど、細かいところまでバッチリの再現度だ。
「さて、と」
ついつい独り言を漏らしてしまったが、先程この半VRの世界に踏み出してからうささんの反応が無い。消えたわけではなく、今もうささんは私の腕の中に居る。正しく言い換えるなら、ここではうささんは沈黙している、ということだ。
早くくじを見つけないと独り言が加速しそうだ。
あちこちと部屋を歩き回り、いろんな場所を物色していく。道すがら、パソコンが大破していたり、分解されていたり、散々な現場もあった。
パソコンという機器を知らないと中に何か無いのか探そうとするものなのだろうか。さすがは脳筋レクリエーション。迷ったらぶっ壊すってところがそれらしい。
広い一階だけかと思えば、階を昇り降り出来る非常階段があった。ああ、エレベーターは何故か無かった。たぶん理由は目の前の破壊された大穴と先程見たパソコンが原因だろう。
……開け方が分からないならとりあえずぶっ壊すっていうのがこの前の風穴事件を思い起こさせる。あれも元はと言えば入口が分からなかったからだったし、やっぱ皆考えることは一緒ね。
「……上へ行くべきか、下へ行くべきか……」
迷いどころである。生死程の問題ではないけど、それなりに悩ましい。
ちょっと考えてみた。過去の文明の利器を雑に扱っているところから見ても、今世の人類でも珍しく見かけない景色だったんだろう。
そんな人等が先に進むのならどちらの道を選ぶのか?
しかも大半が十二、三歳のいわば子どもが、だ。
今世は地上に建物を伸ばすのではなく、地下を利用した下層重視の建築物が多い。普段生活していて地下を利用することが多いのであれば、無意識に慣れたほうを選択するはず。
人は自然と自分がより安心できる選択をするとどこぞの偉い哲学者が言っていた記憶があった。
――つまり、上だ。
「…………」
案の定とでも言うべきか、チラッと見た地下への道は荒れていた。何回も降れるようで、上の位置からは底が見えない。まるでだまし絵のように。
そんなことを思いながら上へと階段を昇る。地下は荒らされ回って、よりくじが見つけにくいだろうな。上の階の小奇麗さが予想を確信に変えていく。
――ビンゴだ。
ここにはほとんど人が来た形跡もなく、雰囲気は落ち着いている。階段を一階分だけ上がったわけだけど、結論から言えばここが最上階だった。
やはり下に行くと読まれていたらしい。おそらく大半の生徒は例にもれず下に行ったのだろう。ここに来たのはせいぜい数名。そして運の良いことに、まだところどころにくじが数枚隠されていた。
時間内にくじを見つけられなかった場合は、つまらないことに残りはただの抽選で選ぶことになっている。そこまでいっても両手に足りる人数だろうからだけど。
上級生の中には最後まで残るかどうか賭けをする人たちもいるそうで……ただ、この場合ペアの下級生がくじを見つけられない、というのは実力の開きがあるとも言い換えられる。
比べればちょうどいい平均値になるかもしれないけど、大博打だと思う。
上級生が本気で隠した場合ならともかく、分かりやすい場所で見つけられなかったとなると、最悪、平均値の低いペアの誕生だ。
闘交会イベントを捨てたのか、やる気が無いのか、あるいは何かしらの深い理由があるのか、分からない。分からないけど、この場合は都合がいいので一枚くじを拝借することにした。
どれを選ぼうか迷ったけど、最終的には、書類らしき束に地味に栞のように挟んで、自然に馴染ませ隠していたくじを選んだ。
理由は単純に頭良さそう、というものだ。私も使おうと思えば使える脳スペックを搭載しているが、考えるより先に身体が動いてしまうので、残念ながら未だ日の目を見ていない。
うささんが参加できない分、その役割を任せたともいう。
「――えーっと?」
確か魔法で染めればいいんだっけか。相変わらずややこしい言い回しだ。魔力を込めるではダメなのか。うささん的にはダメらしい。けち臭い。
――あうち!?
横っ腹がびりっとした。チクチクとねちっこい電流ではなく、結構本気の電流だった。そうだったそうだった。ここでは発言してないけど、思考は相変わらず筒抜けだった。ぬかったわ……。
第二の被害を受けないように、慎重に思考を重ねる。
――魔法。魔法かあ……。
なんでもいいって言ってたので、ほんとにただ魔法を込めるだけでもいいと思うけど、それでは面白くない。特殊な魔法植物から創られた特殊な紙だ。魔法耐性は非常に高いらしい。
思いっきりやったほうがいいだろう。ということで、
「えいっ!」
気軽な掛け声とともに無詠唱で魔法を使う。実際には頭の中でイメージとして詠唱を諳んじているのだけど、普段の実感としてはコンマの誤差しかない。それもこれもうささんが近くに居て、私のハイスペックな脳の処理があってこその早業だ。
自分だけでやろうとすれば出来ないことは無いけど、今みたいに秒で間が空いてしまう。必要に迫られない時ならまだしも、命がけの達人同士のやり取りがあったのでは致命的な遅れとなるのだ。
私が行使したのは『焔ノ実』。厨二臭い技名だが、公式魔法の技だ。初めは恥ずかしかったけど、周りでは普通のことだと言い聞かせて何とかした。
ちなみに非公式魔法はその人限定の固有スキルや、色んな理由で未だ世に出て広まっていない独自の研究成果による魔法と様々だ。身体強化も非公式魔法に入る。
そんな公式魔法ではあるのだけど、ぶっちゃけ制限はなく、個人の力量によって攻撃力が変わる程度。私も後から知ったけど、使うと死ぬとか、魔力不足で不発に終わるとか、そういうことではないらしい。
例えば、公式には大規模の雨を降らせることが出来る魔法で、行使者が小さな植木鉢分しか操れないとして、元の実現可能な規模として不発であるというのなら、それは個人の見解だそうだ。
極論ではあるけど、実際の発動自体は出来ているしね。
ようは使い手の使いようだ。組み合わせが上手いと魔力保有量に関係なく、誰でも強くなれる。
……まあ、だから脳筋が加速度的に増えたともいう悲しい歴史が垣間見えた。
「ふーん」
そんなどうでもいい悲劇について思考を脱線していたが、塵に還す勢いで限定的な空間指定で放った魔法も、原材料も製法も特殊な加工とやらがされている紙にはノーダメージだった。
……いや、少しは効いてるみたいだけど、その反応はゆっくりだ。
徐々に焼けていく様子を見せたくじだったけど、一定時間経つと、押し返すように張りが出始めた。最終的には焔を吸収して、ちょっとほんわか暖かい薄っぺらいカイロみたいになった。
これは冬の御供に使えそうだ。
そうやってバカな実験と思考を繰り返していると、窓の外側から気配が近付いてきた。
――なるほど。そういうことか。
色々腑に落ちると、おそらく上級生だろう気配をこちらから出迎えに行くのだった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
15255
-
-
157
-
-
39
-
-
310
-
-
103
-
-
40
-
-
32
-
-
70811
-
-
0
コメント