ロストアイ
不遜
「お前……下賤の子のくせに、私の前に並ぶだなんて、身の程をわきまえなさいな!」
私たちの団欒に横やりを入れてきた女子生徒、どこぞの貴族様なのか、かなり見下した発言をかましてきた。あまりの発言に私の気配が物騒なものに変わる。
私もそうだが、相手が怒りに震えんばかりに握りしめた扇子がボキリ、と折れた。
「――お前、今すぐそこを代わるのなら不問に付す」
「……この学園では致しかねます。貴賤を問わないここの理念では、致しかねます」
「お前――!」
リアが強い意志を瞳に宿してキッパリハッキリと告げる。手が出そうになっていたけれど、それを見て出しかけた拳を引っ込めた。素の片手で扇子を折った目の前の相手に冷静になったともいう。
自分以上に怒ってる相手を見ていると冷静になると言うものだ。それに、見かけによらず中々強そうなので油断できないと思いなおしたともいう。
相手は怒りが頂点に達しようとしているのか、ものすんごい目でリアを見ていた。だが、今にも掴みかかりそうな怒りっぷりだったのだが、それが突如、収まった。
どことなく蔑むような視線に変わり、余裕を取り戻したのか、愉快そうにリアを見下した。
「――よいのか? 私がその気になればそなたが困るであろう? ――場所など関係なくな」
嫌らしい笑みを浮かべてリアに告げるアリアナ――もうアリアナでいいや――がリアを追い詰めた獲物のように見下す。アリアナの発言が効いたのか、先程まで要求を跳ね除けていたリアの顔が真っ青に変わる。
どうやら何か弱みを握られているようだ。
「……そ、それは約束、と、違います……」
「ふん? 言ったであろう、私の気分次第、だと」
雲行きが怪しくなってきたな。さすがに見過ごせない。何よりリアが失神しそうなほど顔色が悪くなっている。何か因縁――それも一方的に悪い――があるのは確かだろうけど、私には関係ない。
友達が困っているのなら助けるまで。
「……さっきから聞いていればなんですか、あなた」
「……?」
おいおい、と。眼中にも無かったのか、私が耐えきれずに声を掛けると今気づきましたと言わんばかりに胡乱気な視線を向けられた。
その目の奥はどこまでも周囲を見下す影が見えている。
「上の学年のようですが、そんな横柄な態度で自分より下の弱者を脅すとは……人の器が知れますね」
「…………」
私の言葉に逆上するかと思ったけど、意外と冷静なのか、見下す視線が注意深く観察する視線に変わった。ちなみに逆上すると思った理由は周囲の反応のせいだ。
私が不遜な発言をした瞬間に、相手のお付の者含めて周囲の我関せず傍観していた一般生徒たちが一斉に青褪めたからだ。どうやら目の前の人は周りを平然と見下せる地位を持つ有名人らしい。
「――そなた、名をなんと申す」
「名乗るほどのものでもないですし、友達をイジメる方に名乗る名など持ち合わせていません」
「――――」
言い切った! と私は思う。あいつやりやがった! と周囲の視線が訴える。ピクリ、とアリアナの目が一瞬引き攣った。しかしそれでも逆上はせず、さらに目を眇めてこちらを観察する。
観察されても、今の私は「生涯で一度は言ってみたいセリフランキング上位」が言えて気分がいいだけだ。何も出ない。周りは声なき阿鼻叫喚を出しているけど。
周囲の様子なぞ意に関せず、アリアナは私を注視していた。見下すだけのお偉いさん、という第一印象だったのが、偉そうということに加えて油断ならないと脳内で追記する。
どぎついピンクの髪とは裏腹に、悪役令嬢モノの定番でピンク髪は頭が軽い、というお約束でもなさそうだ。それに、中々の実力者というのは身ごなしを見ていれば分かる。
「――友、か」
独り言のようにつぶやいただろうけど、いつの間にかシーンとして周囲の全てから注目を集めている現状では周りに良く響く。ごくり、と誰かが生唾を呑み込んだ。
静けさも相まって、次はどうなるのかという視線が突き刺さる。
「――ふん。そなたにしては上出来なのと縁をもったな」
リアに言い聞かせるようにアリアナが告げる。その声にリアがビクついたが、私が前に出たことで庇う。それを見てさらに目を眇められた。
「――器が知れる、と言ったか?」
先程の私の発言への確認か、ぽつりと、アリアナが片眉を面白そうに上げて聞く。その表情は先程までの見下す視線ではなく、面白いものを見た、といった見世物を鑑賞しているような視線だ。
それへの返答として、激しく注目を集めるこの場をおさめるための言葉を考える。
「……。そうですね。どんなお偉いさんかは知りませんけど……これは知っているとは思いますが、この学園の理念として国籍、性別、年齢、貧富、素性さえも問われない、とあります。それはつまり、ここでは皆が平等、対等の立場として扱われるということです。先程の発言から考察しますと、ただならぬ因縁があるようですが、この際関係ありません。順番で並ぶという協調性も持ち合わせないのであれば、学園においては窮屈でしょう。ここから去ることを推奨します」
「――ほう?」
最後だけニッコリといい笑顔で言い切る。一部、各地域からの物言いたげな視線は感じたものの総スルーだ。うささんとのやり取りで培われたこのスキルを舐めないでもらいたい。日々進化中だ。
私の発言に慌てたのは周囲だった。またしても声なき阿鼻叫喚が心に響き渡る。言われた当の本人は面白そうに口角を上げただけで、動揺していない。周りの反応が大げさすぎるとしか思えないな。
「そうか。そういえばそうであったな。失礼した」
「分かればいいんですよ、分かれば」
ぞんざいな感じで適当なことを言う。周りからの「お前ー……!!」という凄まじい視線が荒れ狂っているが関係ない。完全に私が上から目線で対応して、先程までとは立場が逆転していた。
「――そなた、肝が据わっているな。重宝せよ」
それだけ言うと、アリアナはスカートを翻して列の最後尾へと歩み始める。その後ろ姿は見ている分には覇気が合ってカッコいい。女王様って感じだ。
入れ違いに、傍観者たちの中でこちらを様子見していた美少年生徒会長がやってくる。
「――事態が治まった様でなによりだ」
若干声音が呆れている気がしないでもない。実は先程、言い合いを初めてアリアナが看過できない発言をした際、直ぐに仲裁しようとしてくれていたのだが、私が視線で食い止めた。
ややこしくなりそう、ということももちろんあるけど、消化不良で治められたら嫌だったということもある。アリアナが去ったことで出て来てくれた。
「ふ、フリードリヒ様……」
顔面蒼白だったリアがやってきた会長に反応した。何やら名前も格好良ろしい。……これだからイケメンは。脳内で勝手に面白ネームを考えてみたが、私の考えるしょうもない名前でもイケメンには関係なかった。無駄に様になる。
「どうせなら起こる前に対処して欲しかったですけどね」
「…………」
尊大で嫌味な物言いをする私、にやはり何か言いたげな視線が会長より突き刺さる。止めに入らずともずっと何か言いたげな視線は生徒会長から感じていた。無視したけど。
周りからは今度、なんだあいつ! といった視線が突き刺さった。先程とは違う意味での阿鼻叫喚だ。……これだからイケメンは。生徒に人気なようでなによりだ。
最後まで何かもの言いたげな視線を残して、今は忙しい、と会長は去っていった。仕事がまだまだ溜まっているらしい。
ガンバ! と無責任に応援しといたけど、「んぐ」と妙な呻き声を上げていた。そんなに溜まっているのに、なんでこんなところに居たのか。サボっていたのなら仕事は大丈夫なんだろうか。
――ま、私の知るところではないけどね。
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