ロストアイ
闘交会が開催されるようです
――シグナール学園。
いくつもの巨大な専用施設を持ち、莫大な資産をもって運用されており、魔獣への対抗やその他の特殊な専門技術など、幅広い分野での学問を修められる。
入学者は幅広く、国籍、性別、年齢、貧富、素性さえも問われない。本人の意志さえあれば受け入れる。それがこの、絶海の孤島に浮かぶ学園の理念である。
そんな学園に入学して間もなく、平穏とは言い難い見学期間を終えて、早速学園生活に惰性で慣れてきたと言える今日この頃。どうやら学園入学後、初のイベントが催されるようです。
私は学園のイベント内容とか全く覚えてないけど、前に一度うささんに聞かせてもらったとき、ほぼ脳筋育成プログラムじゃねーか! と叫んだことだけは覚えていたりする。
『その機能しない脳をさっさと働かせていただけませんか』
うささんからも今まさに辛辣な言葉を浴びせ掛けられるほどには酷い記憶力であった。何故うささんにここまで辛辣な言葉を投げ掛けられているのか。時は昨晩まで巻き戻る――
『――明日から闘交会期間に入ります』
「は? ナにソレ」
デボラとの訓練を終えてへとへとだった私にうささんが声を掛けてきたのだ。いつもならすぐに寝ろ寝ろとうるさく注意するうささんであったが、この時は少し違った。
大事な話だろうから、疲れてぼんやりする頭でうささんの話を聞こうとした私。この時点で頭は既に半分寝ていた。
言い訳するなら。魔力が底を尽きかけていたので、思考能力が低下するのは無理もないということ。毎日規則正しい時間帯に床に就くため、目が半開きであったこと。他にも細かい要因はあった。
そして、必死に目を開けてうささんの話を右から左に聞き流した。……聞き流してしまった。
『――ということですので。明日の予定は変わります』
「あーはいはい、了解しました」
『――本当に理解していますか?』
「うんうんだいじょうぶだいじょーぶ」
『――……私は起こしませんよ』
「あーもう、しつこい! だいひょーぶひゃっていっれんれしょ!」
『…………』
――すべて思い出した。
酔っぱらいのように呂律も回らなくなるくらい、寝る準備へ移行されていた身体のせいもあるかもしれないが、そのせいで私は重大なミスを犯してしまった。
そして私は今、目を覚ましたところである。時刻は体内時計的に、午前九時少し前。
自由時間も多く、普段であればちょっと寝過ごしてしまったなくらいの感覚。さらに悪いことに、今日は休日にあたる習慣予定。本来であれば寝過ごしても誰にも文句は言われない日。
だが、こと今日に限っては非常にマズかった。
「クエスチョンターイム! ……今何時……?」
私の明るく取り繕った質問に対して、ノリ良く大体でなんて返事することなく、淡々と正確無比に現時刻をうささんがお知らせしてくれる。
『八時四十五分です』
ここにきて私の頭は完全に覚醒した。澄み切るようにスッキリと冴えわたっている。おかげで能天気な笑いは引っ込めて真顔だ。先程のボケは寝起きのせいだったと、さっさと記憶の闇に流してしまい現実的な質問で確認を始めた。
「何時集合、だっけ……?」
『午前九時ですが?』
このやり取りも煩わしいとばかりにうささんが即答をくれる。私は念のため、念のためではあるが僅かな光明の為に、さらに確認した。
「……それは明日の」
『本日、十五分後です』
「…………」
私が言いきる前にフライングで回答して下さるうささん。いつものようにうささんが茶番に付き合ってくれない。……事態は深刻と見た。
目を覚まして状況確認するまで、ここまでのやり取り含めて一分強経っている。私の疑問に的確に返してくれたうささん。
こういうときに限ってうささんは返事がやたら早かった。
そして、うささんからの返答で分かったことがあった。
「ね、ね、ね、寝坊したああああああああああ!!!!」
生まれ変わった今世紀最大の大失態である。前世ならともかく、今世で寝坊などしたことがなかった。ママという緊張から一部解放された影響でもあろうが、ここまでの失態を犯すとは思わなんだ。
ママにバレたときのことを考えて、寝起きの脳が沸騰するが、そんな混乱状態の私へうささんがさらなるトドメを刺す。
『ここから会場まで約十五分です』
「ち、ち、ち、遅刻だあああああああああああ!!!!」
衝撃的な現実を次々と突き付けてくるうささん。……実はちょっとだけ、全速力で行けば間に合う! とか考えていたのを見透かしたかのようなタイミングであった。
……日頃の鬱憤でも溜まっているんだろうか。どことなくいつもよりトゲを感じた。それを追求する余裕もなく飛び起きて秒で支度を終わらせ、次にすべきことを順次思い浮かべる。
ここで大活躍したのが、着替え道具。こんな時の強い味方であった。……ママに借りておいたままで良かったな。焦った。
しかし、障害はそれだけではない。ここから真っすぐ向かっても十五分。うささんのことだから私の最速スピードで計算した上での回答だろう。
……寝起きの頭ではかなり身体への負担がキツいが、仕方ない。身体強化で乗り切るしかない、この巨大なビッグウェーブをっ!
そう割り切って部屋の窓を開け、ベランダから飛び降りた。あ、窓は自動で閉めてくれるので、防犯対策は万全です。
そこでいつものごとく焦ってしまったのか、少し湿っていた手摺りに足を滑らせてしまった。漫画のような見事な滑りっぷりに、このまま落下しても致命傷にならないが、時間のロスが大きいと冷静に考える。
空中に放り出された姿勢のまま、そんなことをのんきに考えて落下していると、
「――っ!?」
――ぼふんっ
……実際にはそんな効果音ではなかったものの、女の子としてそこは譲れない。なんにせよ結果オーライ。なんと、偶々通りがかったヤマトくんがお姫様抱っこで落下した私を偶々受け止めてくれたのであった。
こんなタイミングで少女漫画的な定番を体験できる時が来るとは思わなかった。シチュエーションだけなら文句は言わせない。
……寝坊で遅刻しそうな女の子が空から降ってきて、それを通りがかりにお姫様抱っこで受け止められたのだ。
これ以上ないヒロインっぷりだと、私でなければ言い切れる。だがこれはヤマトくんにとっては偶々でも、私にとっては半分計算と必然で成り立っていた。
何故一部偶々だと言い切れるのか。それは偶然ヤマトくんが下を通りがかったのを見つけて、私が意図的に足を止めさせたからである。
ヤマトくんも急いで走ってたように見えたので、そこは偶々私と同じく寝坊して、正規ルートである寮の入口から出てきたと推測される。
そして私の殺気に反応して上を見たら私が落下してきてて認識フリーズ、といったところだ。
本人も受け止めたのはいいものの、無意識に受け止めてしまったようで、今は抱っこしたまま固まってしまっている。
それなりの体重を受け止めてもブレないところが何気に逞しいヤマトくんであった。
「――さあ、走るのよ! ヤマトくん!」
「!」
思考停止している間がチャンス!
とばかりにヤマトくんに指令を下す。実際、身体強化した私より早いんじゃないか疑惑のあるヤマトくんなので、想定より早く会場に着くという打算があった。
そしてヤマトくんも混乱したままで私の声に反応して足を進める。目的地は同じなので、うささんのナビゲーションは必要ない。
一緒に行動してて気づいたんだけど、ヤマトくんは校内マッピングが完璧だ。私が道を踏み外すと、うささんが教えてくれる前に正しい道のりへと進んでいたのだ。とても出来る子であった。
「――速い速い速い……!」
ヤマトくんに抱っこされながら無責任にもはしゃぐ私。心なしか、ヤマトくんのスピードがさらに上がった気がする。私も落っこちないようにヤマトくんの首に回した腕をしっかりと絡める。
またスピードが上がった。これなら十分位で着けそうである。
「いいよいいよ、その調子!」
楽している分際で応援を送る私。心なしかうささんの視線が痛い。しかし、応援するたびにスピードがどんどん上がるので、絶叫系がひそかに好きな私は大絶賛であった。
そうしてどんどん周りの景色を置き去りにして、風を切るような加速スピードを出しながら、私たちは集合場所へと向かうのであった。
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