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ロストアイ

ノベルバユーザー330919

蠢く



 ぴと、ぴと、と狭い空間にしずくの落ちる音がこだまする。外から閉ざされた空間。動くものの気配が感じられない深い闇。ひっそりと閉鎖的なそこに、二人の人物が訪れた。


「――まだ行けないの~?」


 閉鎖的な静寂を破るように、退屈そうに一人の青年が質問する。その問いに対してもう一人は深々と溜息を吐いて答えた。


「まだでござる。何度言えば分かるでござるか」
「え~?」


 お互いに独特な口調ながらも、ここにおいては違和感なく会話が成立する。求めていた答えを得られなかったせいか、質問した青年がぶすくれた顔を示す。

 その不満そうな表情に、答えをくれてやったもう一人の人物。隻眼せきがんの男は眉間にシワを寄せ、またしても深いため息を吐く。


「理由は分かっておろう?」
「え~」


 またしても不満そうに挙がる声に、隻眼の男はさらにシワを寄せた。いい年して子供っぽい目の前の青年に呆れていたのである。特に、その童顔のおかげで子どもだと言っても通じそうなあざとい仕草が気に食わなかった。


「――言うまでもないが、先走りは許さん」
「…………」


 射殺さんという眼力で青年を見据えて告げる。万が一この青年が先走って行動してしまえば、長年の全ての下準備は泡沫と帰す。そうなれば、この青年の不始末でまた面倒なことをやり直さなければならなくなる。もし、そんな素振りを見せようものなら通常は切って捨てる。それが確実だからだ。

 しかし、腹立たしいことにこの新参者の青年が計画の要なので、実際に先走られて失敗しても殺せない。せいぜい謹慎程度だ。

 一緒に行動するのはお互いにサポートが出来る様にという意味もあるが、ことこの青年に関しては監視の意味が強い。目を離せばその狂気に身を任せて面倒ごとを起こすに違いないからだ。

 そうした強い睨みを受けて、一般人であれば軽く失神しているだろうに、なんてこともなく、ニッコリとした微笑を返される。


「――分かってるよ。これでも好きなものは最後に食べる派なんだ」
「……そうでござったか?」


 浮かべられた微笑にゾッとしたものを感じながらも、目の前の青年の様子を観察する。どうやら嘘ではないようだった。その深い紅色の目は静かな狂気と妖しげな妖気に満ち満ちていた。


「それよりさー。今度はどこに仕掛けるの?」


 垣間見せた狂気を一瞬で引っ込め、青年が尋ねる。計画の要ではあるが、全ての内容が知らされている訳ではない。単純に信用していないとも言う。

 理由は単純。目を離した隙に面白いと感じるものに目移りしてしまうからだ。興味のあるものにふらふらと付いて行ってしまうのは困りものだが、最後には後片付けもしているため、文句も言えない。

 しかしどのみち面倒ごとの処理が増えるため、基本ギリギリまで内容は伝えていない。


「……現場に着いたら教えるでござる」
「えー」


 またしてもぶすくれた顔を示される。毎回毎回不満そうな顔をしているが、実のところ、どんな状況になったとしてもそれを楽しみにしている節がある。

 なので毎回適当に流している訳だが……


「そういえばさ、あの人、動いてるみたいなんだよねー」
「それは誠か?」


 不満そうにしていた顔は唐突に真顔へ変わる。そしてそのままつまらなそうな顔に変わって明後日の方向を見ると、何のことも無く青年が告げた。

 どの人物の事を示しているのかは語らずとも分かることだった。

 通常の間諜では手も足も出ず、直ぐに見破られて始末されてしまう。計画の最大の障害の為、居場所の把握に多くの犠牲者を費やしてきた人物。

 何故かここ十数年動いていないので、大体の居場所は把握出来ている。されど、常に具体的で確実な居場所も把握できないため、どうしても後手に回ってしまう。

 それを感覚的とはいえ、この青年は追跡できたのだった。この計画でも重用されていた。

 そして、この青年が、動いていると言った。この場合、今まで静観していた人物が本格的に障害になり始めたというわけだ。


首魁しゅかいには伝えたでござるか」
「まだかなー」


 どうでもいいとでも言うように返される。呆れてため息も出なくなっていた。興味のないことにはとことん無関心なのであった。


「分かったでござる。それなら一度報告が必要。引き返すでござる」
「えー!」


 隻眼の男の発言に、今度は青年が驚きの声を上げる。青年にとってはどうでもいいことであろうが、組織にとっては最重要警戒対象である。

 不満そうにする青年を宥め、予定していた計画に一部変更を加えた。


「拙者らにとっては大事なことでござる。文句は聞かぬ」
「えー」
「分かったらさっさと引き返すでござる」
「えー」


 未だにぶーたれて不満を表す青年をそのままに、さっさと道を引き返しにかかる。報告が遅れるだけで云百人がこの世から消え去るのだ。他に優先することも無い。


「――僕がサクッとッてこようか」
「――――」


 得体のしれない狂気を感じ、隻眼の男の身が竦む。今振り返れば、自分でさえ気まぐれで食い散らかれそうだと、本能で感じ取ったのであった。


「――冗談は止すでござる。順番を守らねば計画に綻びが出来る。それではお主も困るであろう」


 振り返ることなく、狂気に満ちた獣との対話を試みる。男の答えに青年は数瞬後、ひょっこりと物騒な気配をしまう。どうやらまだ理性は残っているらしかった。


「――それもそうかー。残念。あの人の絶望に満ちた顔を見てみたかったんだけどなー」
「娯楽ではないというのに。お主、本当に分かっておるのか」


 今向かうのは諦めたのか、若干残念そうな声音が後ろから聞こえた。今行くと勝手に暴走されては困るので、男にとっては是非も無かったが。

 そうして計画の為、この狂気に満ちた青年が面白がっているという部分は多少、見逃した。


「大丈夫大丈夫」


 軽い忠告を告げると青年が軽く言葉を返す。全く重みを感じられないが、仕事に関しては確実にこなすため、その部分は信頼している。

 この青年が今は行かないと納得できたのなら、行くはずもない。気持ちのこもっていない声音だが、自分の言葉に対しては責任を持つ。意外にもそういう性格だった。


「――実際。その気になれば数秒と掛からずレるしさー」


 大した自信があるように聞こえるが、こと、例の人物に関しては適用される。限定的とはいえ、化け物に対する切り札。それがこの青年の重要な役割の一つでもあった。


「……化け物には狂気の獣、でござるか」
「あ、ひっどーい」


 すぐさま非難されるが、事実を言っただけなので、訂正はしない。本人も自分自身をよく分かっているのか、口では嘆いても顔が笑っていた。

 話をしていないと暇なのか、しばらく面白がって文句を言い続けられた。無論、全て男に聞き流されたいた。なので、途中ひっそりと舌舐めずりせんばかりに呟かれた言の葉が届くことは無かった。


「――化け物ねー、…………――」
「何か言ったでござるか?」
「別に」
「……また変なことを企んでないでござるか?」
「別に?」


 一瞬変わった獰猛な気配に勘付いたのか、隻眼の男が振り返って尋ねてくる。青年には実力が劣るが、それでも青年を少しの間抑え込める程度の実力者ではある。敵を欺くにはまず、味方から。

 青年は読めない笑顔で男に答えた。


「……誠でござるか?」
「しつこいなー、大丈夫だよ。少なくとも、――目的を果たすまでは」
「……それならいいでござる」


 何か勘に触ることでもあったのか、しつこく尋ねられたため、青年は少しウザく感じていた。目的を果たすまでは敵対しない。それを示すかのような薄っぺらい笑顔に、男はひとまず納得したようだ。

 ――そう。それでいい。

 今は味方として協力し合えたほうが何もかも効率的だった。相手もそれを分かっているため、詳しい計画はその場その場でしか話されない。

 今は敵でもないが、完全に味方でもない。

 ……僕が全員、まとめて殺してあげるよ……ルーラー――

 相手に勘付かれないように狂気と言われる微笑を浮かべると、青年はこれから始まる、愉快な未来予想図を思い描いて、興奮で妖しく瞳が輝き、同時に胸が高鳴った。


「……この世界は全部、その後で僕がぶっ壊してあげるよ――」


 ――ぴと、ぴと、と狭い空間にしずくの落ちる音がこだまする。外から閉ざされた空間。動くものの気配が感じられない深い闇。ひっそりと閉鎖的なそこから、狂気と静寂を残して、二人の気配が去っていった――

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