ロストアイ

ノベルバユーザー330919

お姫様とは



 寮に帰ってすぐにジル姫に遭遇した私。反応が可愛いのでしばらく真顔で観察してたら、いいかげんにしろって涙目で可愛く凄まれたので、今幸せです。あ、間違えた。かわいいは正義。あ、また間違えた。

 さすがにずっと黙ってたらジル姫が可哀想だと思い、ひとまず誤解を解く。冗談じゃない。大目に見積もっても半分しか私のせいじゃない。ただそれについては省いて誤解を解く。

 昨日も思ったが単純なのか、素直に納得してくれた。いや、私はそっちのほうがありがたいけど。大丈夫なの、それで。

 そして微妙な面持ちのまま誤解が解けたついでに先程思ったことを尋ねる。


「それで、なんで着替えてないの。まさか、」
「違う! 何故かこの服脱げないし、髪も直らねぇんだ!」


 趣味なの。って続けようとして私の次の言葉を察したのか青い顔で否定される。なんだ。趣味とかなら面白いのに。似合ってるよ、うん。……私が悲しくなってきた。

 しかし脱げないイタズラとか本腰入ってんなあ。ご愁傷さまです。


「どうしたら脱げる!」
「いや知らんし」
「はああああああ!?」


 私の回答にジル姫がこの世の終わりのような顔をする。いやそんな悲観せんでも。可愛いよ? 違和感ないよ? ……また私の悲しみが増した。

 唖然とこの世の終わりのように絶望するジル姫。はあ、と割と大きいため息をつく。さすがに可哀想なので、地べたに崩れ落ちたジル姫の近くにしゃがみ、その肩に手を置く。


「――まあ、なんとかしてあげる」
「ほ、ほんとか……?」


 ジル姫の目に光が戻る。あと少し遅れてたらダークサイドに落ちそうな目をしてたな。そんなおおげさな。女子が男装してもあんま皆気にしないのに。むしろ自分から男っぽい服装してる人がいても違和感は少ないのに。

 なんで男子って女装をそんな必要以上に嫌がるんだろう。別にスカート履いたからってオネエ扱いしないのに。不思議。あ、前世で誰かにその価値観はあんただけとも言われたことあったな。なつかしい。


「まぁ。私は何も知らないから何も出来ないけど」
「はああ!? 言ってることがめちゃくちゃだぞ……!」


 どおすんだよぉ~とかわ……よわよわしく落ち込むジル姫がほんとにそろそろ可哀想なので、からかうのは押さえる。普段イジられる側だから、こういう時Sっ気がムクムク出てくるんだよね。血筋かしら。


「私は知らないけど、うささん」
『……呪いの類のようです』
「へぇ~」
「の、のろい……?」


 初めて聞いたな。この世界呪いとかあったんだ。そんなオカルトな面があるとは思わなかったな。それってどうやるんだろうか……。あ、ヤバい。好奇心が疼きだした。魔法とは違うものなのかな。ジル姫も首を傾げている。


『魔法とは異なる法則――いえ、特別にコレといった決まった法則はなく、呪いごとに独自の法則を其の場で造りだしている厄介な代物です。さらに、AIが生まれる以前の太古の昔より存在している未知のモノのため、詳細は不明です』
「そ、それって、つまり、俺は一生このまま、なのか……?」


 うささんなら何か知ってるだろうと投げたまでは良かったんだけど、良さげな答えは得られなかった。面白い情報は得られたけど。うささんの説明を聞いてジル姫がまたダークサイドに落ちようとする。目が、目が白いのに暗い! ……何言ってるんだろう、私。


『手が無いわけではありません』
「ほ、ほんとか? 可能性はあるのか?」


 さっきから上げて落としてばっかりでジル姫も情緒不安定だ。心労はいかほどばかりだろうか。完全に他人事である。なのでうささんの手とやらを余裕もって拝聴する。


『はい。詳しい法則は知り得ませんので同じ現象は出来ません。通常魔法において、法則があればこそ、それを逆手に逆から解析を行い、魔法キャンセルといった芸当が出来るのですが』
「え、そうなの? ディスペルてきな?」
『しかし、呪いの場合はそもそも決まった法則も無いため、逆から解析も能わず、同じような呪いを魔法として実現することも出来ません』
「あ、いったん無視するパターンのやつね、了解」
『そうした理由により直接の解呪ということが出来ないのです。ですが、過去の事例によりますと呪いには必ず解くための段階、カギ、そういったものがあるようです』
「あ~、なるほど」
『過去、呪いを解くことに成功した事例を確認しますと、バラバラではありますが、多くが特殊な能力を持っている人間に解いてもらうか、特別な力の宿る聖域と言われる場所で解いた、といったデータが残っています。……いずれにしても今の状態では難しいでしょう』


 うささんの言葉にジル姫を見やる。この世界、一般魔法とは違う法則の、何かしらの特殊な力を持って産まれる人たちがいる。今世で有名なのはこの近くだと『聖女』だ。どんな傷も綺麗さっぱり直してしまい、慈愛あふれる精神により、凶悪犯罪者も一瞬で更生させてしまったとか、まあ色んな噂がある。

 治癒力を向上させることは一般的な魔法でも出来るし、軽い傷なら文明の進歩で容易く治る。ただ、そういった物理法則的なものを丸っと無視して治せるって言う部分が特殊らしかった。もしかしたらその『聖女』様ならこの呪いも解けるのかもしれないけど、さすがにジル姫が可哀想すぎる。

 私だったら服が脱げない呪いを解いてもらうためだけにそんな雲の上の存在を尋ねられない。死に至る呪いとかならまだしも、呪われている理由が恥ずかしすぎるもの。

 ジル姫も同じ考えに至ったのか、表情が微妙だ。かといってその姿で聖地を巡るのは色々と辛そうだから、どっちもどっちなんだろうけど。


『それ以外ですと、呪い自体には必ずモチーフになる話や出来事、物体などがあるため、それを突き止めるしか方法がありません』
「……」


 モチーフ。モチーフか……。ジル姫の呪いのモチーフとはいったいなんぞや。ちょっと思い返してみよう。そもそもの始まりはジル姫が気絶して、知らぬ間に攫われていたことで。それに気付いて急いで助けに向かったのがママの教室。そこにいたジル姫はぐっすり眠っていたわけだけど、さっぱり目が覚めなくて……ん?


「ねえジルひ、ん、んんっ。……ジルニク君。寮に帰って来てからいつ目を覚ましたの?」
「はあ? 知らねえよ。起きたらプリシラにひ、膝枕されてて、慌てて部屋に帰ったから時間なんて見てねえし!」
「へえ」
「それだけか!?」


 いやマジほんと興味ないけど、初心なのよね。恥ずかしかったから私の部屋に突撃してきたのかしらね、きっと。……それはそれで私的に複雑ではあるけれど、それはひとまず置いておこう。

 私は部屋にすぐ戻って、お風呂に入る余裕があったからな。ジル姫が突撃してくるまでは結構時間があったわけだけど。その間に何かしら呪いが解けかける要素があったに違いない。中途半端に服だけ外れないのは呪いを解く条件が不十分だったから、としたら?


「それ以外は何もしてないの?」
「し、してねぇよ」


 プルプルと真っ赤に震えるジル姫。そういう反応されると他に何かあるのではないかと、おばちゃん勘ぐっちゃいます。でも本人が気づかぬうちにそういった要素が起こったとも考えられるのよね。早い話、プリシラさんに何かなかったか聞いたほうが良さそうだ。

 思い立ったら即行動。ずっと寮の玄関で騒いでいたので、寮監室は近いのだ。ジル姫の制止を華麗にスルーして寮監室に入室する。奥に人の気配があったので近づくと、目的の人物がいたので、早速とばかりに質問を実行。


「あ、プリシラさん。昨日、ジルニク君を預けた後って、目を覚ますまでの間に何かしました?」
「昨日? ……どうかしら。可愛い女の子だから抱えて頬擦りしたのは覚えているわ」


 あれ。それアウトじゃね。なんかおっとりと発言してますけど、内容がアウトなんですが。ここの学園って変わった趣味の人しか存在しないのかしら。


「しばらく会っていない妹を思い出してしまって、思わず重ねてしまったの。嫌がっていたのなら悪いことをしてしまったわ……」


 ごめんなさい。なんかごめんなさい。郷愁に駆られたとかそういう類でしたね。ごめんなさい。最近自分の心が穢れているように感じられる出来事ばかりだ。末期だな。疲れてるのかな。


「……それ以外に何かしませんでした?」
「え? 頬擦りした以外と言われても、髪に当たってしまって、妹にするように軽くキスしてしまったことくらいね」
「それだああーーーー!!」
「え?」


 ぴこーんと頭の中で全てが繋がる。前世的に言えば、お姫様は悪い魔女や悪役に攫われて、毒や魔法で深い眠りに落ちてしまうけど、最終的には助けに来た王子様の愛のキスで目覚めてハッピーエンド、ってよくあったじゃないか。

 愛云々はともかく、きっとキスが引き金に違いない。不慮の事故で当たった程度だったから未完全に呪いが解けなかったのね。なるほど。納得。……さて。


「あの、プリシラさん。お願いがあるんですけど……」
「なにかしら?」


 私はジル姫の現状を洗いざらい話し、協力を仰ぐ。解呪方法が分かったところで、私には難易度が高すぎる。ここは理解ある大人に助けてもらうとしましょう。そうして快諾してくれたプリシラさんを連れて、未だに玄関に小さく蹲るジル姫のところに戻る。

 ……そこにいちゃあ逆に目立ってるんじゃない? と思わないでもなかったけど、言うまでもないと思い直し、ジル姫に向き直る。


「あー。ひとまず、目覚めた原因は分かった。後解呪方法も」
「そ、それはほんとか!?」
「うん。ただし、ジルニク君は何をされてもじっとして動かないこと。これが約束できるならすぐにでも解呪出来るよ」
「する! 約束する!」


 即答である。余程その恰好が嫌なのね。可愛いのに。言っててもしょうがないか。本人も嫌がってることだし、ちゃっちゃと解呪しますか。


「はい、じゃあ目を瞑ってじっとしててね。絶対動いちゃだめだからね?」
「ああ」


 素直に目を閉じてジル姫が待機状態になる。それを確認して、私はプリシラさんに向き直って目で合図する。私の視線に頷くと、プリシラさんがジル姫の前に膝をついた。


「それでは行きます」
「え?」


 私が何かすると思っていたのか、プリシラさんの声が聞こえたジル姫が疑問の声を上げる。しかしすでに正面からプリシラさんが迫っているので、なんのことはない、と思っていたのだけど……。


「あちゃー」


 ジル姫が目を見開く、と同時に予想通りドレスの姿は不思議な音とともに消え去った。元の制服姿で、髪型も戻っている。予想通りで解呪出来たのは何よりだったのでそこはいいのだけど……。

 ちょっとジル姫が動いてしまったのか、プリシラさんとジルニク君がもろにチューしてしまった。本当は頬にちょっとキスするくらいだったのに。これにはプリシラさんも予想外だったのか、ちょっと動揺――


「あら? 頬にしたと思ったのだけど、なんだかごめんなさいね」


 ――してなかった。さすが大人の女性です。私には前世含めて無理な反応です。でも呪いは解けたわねって嬉しそうにおっとり笑うプリシラさん。ちょっと色々と大丈夫なんだろうかと思わないでもない。しかし喜びも一転。あっと何かを思い出したのか、呪いは解けたのでと、用済みだとばかりにこの場を去ってしまった。人として、この状況を放置でさっさと去ってしまうのはいかがなものでしょうか。と思わないでもない。

 さっきも忙しそうだったから用が済んだらさっさと仕事に戻るのは分からんでもないけど、え、これが大人の余裕の対応ってやつなの? これが普通なの? キスってそんな軽いものでしたっけ? それとも子どもだからノーカンとか?

 未だに唖然としているジルニク君。動くなって言ったのに動いたので自業自得とも言えるけど。なんとも微妙な心境なので、同情しなくもない私であった。

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