ロストアイ

ノベルバユーザー330919

観察



 午前中はメルディアナ先生の話をひたすら聞いて、充実した見学時間を過ごす。ここ数日で一番の穏やかな時間を過ごしている。ただそれだけで私は今後の生活に希望が生まれた。


『おおげさですね』
「ふふふ、そうでもないという予感がしてるんだよね」
『さようでございますか』


 既に見学自体は恙なく、そう、恙なく終わった。何もトラブルが起きないなんて、なんて素敵なんだろうか。今世の中でもベストに入る。気分がとても晴れやかだ。ああ、なんて素晴らしい時間。

 うささんからはまだ何か言いたげな視線を感じたが、無視だ、無視。話を続けることで何か妙なフラグが建たないとも限らないからね。まあ黙っててもトラブルはやってくるけどさ。


「シュコー、シュコー」


 私の後ろには相変わらずヤマトくんがフラフラしてついて来ている。のほほん和やかとした空気で何よ……いやほんと和やかだな、おい。昨日の過激な人見知りっぷりはどこへいったんだ。まさか演技だったわけでもないだろうに。

 今日なんて何度私にマジ怯えしても段々と距離取られなくなってきてるし。これはさっき一時的に封印した可能性もいよいよ信憑性が増してきたな。

 ここで覚悟を決めて本人に直接聞いてみるって手も無いではないけど、色々と面倒くさい展開にしかならなそうなので、私の心に再度ガッチリとしまうことにする。うん、これはただの気のせい。そういうことにしよう。

 それにヤマトくんにとっても人見知り改善出来ていいことではないか。うんうん。私で慣れて他の人と接すればきっと自然と離れて行くだろう、うん。きっとそうだ。大丈夫。これで解決ねっ!


『……』


 私の思考回路を読み取っているうささんからの視線が、心なしか哀れみを帯びているみたいに感じる。うん。これも気のせいだ。そう思っていないとやってらんない。

 大きくため息をつくと、寮への帰りを急ぐ。今はちょうどお昼頃で、昼食の約束はしていないけれど午後からという曖昧な約束の為ちょっと急いでいるのだ。あ、お昼はそこらへんで掃除してたアンドロイドに注文して既に済んでます。

 この世界は基本、電子マネーで動いているため購入手続きは楽ちんだ。お財布なんてのは過去の遺物扱い。なので近くのアンドロイドや自動販売機で注文を行うだけで品物は簡単にしかも短時間で手に入る。お金のやり取りがスムーズなのはそれぞれにAIが付いているから出来る芸当だ。

 ……まあ電子マネーの闇も無いではないけど、それについては心当たりがありすぎるためコメントは控えさせていただきます。


『詳細は私が』
「控えるって言ったよね!? 控えて!」


 隙あらば寿命に悪そうな情報を与えてくるから油断が出来ない。長く一緒にいると分かることがある。うささんはやたら私に色んな情報を与えて反応を見たがる。そういう節が垣間見えるのだ。そして同時に観察されてるんだなあって改めて複雑な気分にさせられる。

 忘れそうになるけど、私ってサンプルの少ない珍しい生物みたいな扱いなんだろうなあ。そういえばAIって産まれてからどのタイミングで付けられるのかな。


『妊娠した時点でAI申請を行い、出産直前の安定期につけられます』


 産まれる以前の問題だった。つまりそれって親が申請するからAIがつくってことなのか。申請せずAIがついていない人とかいるんだろうか。それはそれでこの世界で生きにくそうだけど、うるさく嫌味を言われないならそれもアリなのかもしれない。


『妊娠した時点で親のAIから報告申請がされます』


 おっと、逃げ場なんて無かった。さすがナチュラル支配。違和感なんて感じさせないだろう徹底ぶりに身が竦んでます。恐怖で。

 ほんとに驚きだけど、私にとってアリエナイと感じるものは、この世界の人にとっては当たり前であることが多いのだ。だから常識が未だにあやふやで、たまに非常識と言われてしまうのだ。主に産まれた環境のせいである気がしないでもないけど。


『それはどうでしょうか』
「それはどういう意味、って言う場面かもしれないけど、これに関して言えば確信が持てるわ」


 数年前ならともかく、今なら確信もてるね。さっきの見学が決め手だけど。探せば前世並みに普通の人なんてそこら中にいるじゃん。ビビって損した。魔法とかいう普通じゃない部分はあるけど、いい意味でほっとしたわ。


『さようでございましたか』
「さようでございますー」


 ここにきて視野が広がったな。なんだかんだで師匠の知り合いもぶっ飛んだ人ばっかりだったし、なぜか旅してるのに、最初のころなんかほぼほぼ室内待機が多かったし。師匠も過保護よね。学園に来るとなったらあっさりしたもんだけど。


『危険物の隔離状態でしたね。それに、ここにはマリアが居ますから』
「……」


 え、何。危険物を掛けておけば化学反応でマイルドになるとでも……? それと隔離って、え、それマジ? 何から?


『世間知らずでしたから、マリアと同じタイプだと思っていたようです。トラブルを起こされて目立つのを嫌がっていました』
「……」


 うん。ソレに関しては目を逸らさせていただきます。当時の私ではやらかしかねなかったもの。世間知らず、恐るべし。

 あ、世間知らず繋がりだけど、面倒な役所手続きなんかもAIが勝手に全部やってくれるんだよ、マジ驚き。だから学園入学手続きもあんな簡単なものだったけど。まあ契約とかの重要な手続きについては本人の直筆サインが必要だけど。

 実は自分の名前以外の文字が書けないというのも珍しいことではないのがこの世界のアベコベな現実だ。まったく。文明の進歩か退化、どっちかにしてよね。中途半端で便利になり過ぎるのも考え物だ。


『人の望みを叶えた結果に他なりません。わたしたちが願いを拒んだことなど一度たりともございませんので』


 そう言われたら自業自得だなとは思う。アレが出来ればコレが出来ればって何も考えずに叶えていくとこんな感じに世界は変わるのか。……人が人をダメにする典型的なパターンってやつね。はあ。

 唯一の救いと言っていいのか分からないけど、AIによるSF映画みたいな危ないほうの支配でなく、あくまで人を優先に支配してくれるていることかな。いや、十分今の状態も色んな意味で危なっかしいとは思うけど。


『――人が居なくなれば、わたしたちの存在に意義がなくなりますので』


 その言い方だと色々考えられて恐ろしいんですが。気になっても深堀するのは良くない。気になって聞いたら普通に墓穴に早変わりするからね。こわっ。

 なんだか雲行きの怪しいところまで飛躍してしまったけれど、なんだかんだでもうすぐ寮につく。こういう微妙な内容の話は流すに限る。

 煙に撒こうとしてさっさと寮に入る。そういえば忘れてることがあるような気がする。なんだっけ。なんかそこそこ面倒なことだった気がするんだけど。


「――てめぇ。やっと来やがったか」
「あーー……」


 なるほど。そういえばまだ誤解解いてなかったですね、ジル姫。……忘れていたのはこれか。――いやなんとまあまたしても七面倒な……。

 寮に入ってすぐ、私の目の前に見覚えのある目立つ赤が飛び出してきた。成長期にしてはかなり声音が低い出迎えだ。待ち構えていたのか、登場が速いのは分かるんだけど、その、うん。単刀直入に、


「……なに、その恰好」
「くっ……! てめぇのせいじゃねぇかあ!」


 いかにも屈辱だといわん態度。まあ仕方ない。今のジルニクくんの恰好、客観的に見ても昨日の姫ドレスである。手前の盛り上がった布部分を両手でぎゅっと掴み、涙目の上目遣いでこちらを見る姿は普通にかわいい少女だった。あなた意外と童顔だったのね。髪型ってすごい。ここまで変わるとは。


「な、なにじろじろみてんだあ……!」
「う~ん」


 可愛い。恥ずかしがってもじもじ。さっきの威勢もどこへやら、声もよわよわしい。おもしろ。なんで着替えなかったか疑問だけど、昨日から髪型含めてそのまんまって、もしや趣味なんじゃあ……?

 怒っているのは伝わるけど、イマイチよわよわしくて圧力が感じられない。……何故か女としての敗北を感じないでもない。そんな微妙な心境でぷるぷる震えて怒るジル姫を、しばらく観察するのだった――。

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