ロストアイ

ノベルバユーザー330919

気まずさを超えて



 色々と気まずい空気間の中、既に当初の謝るという目的を達してしまった私は、次なる行動が出来ず、同時にどうやってこの状況を脱せればいいのかと苦心していた。

 そんな私に対して、ヤマトくんはシュコー、シュコー、と息するだけで無反応。いや、私が同じ立場ならどういう反応をすればいいか分からないから、どうしようもないのは分かるんだけど。分かるんだけどもっ!

 ヤマトくんが野生動物のごとく生け垣から飛び出して、まだそれほど時間は経っていないはずだけど、時間とか関係なく今すぐこの場から去りたい……!


「……あ~、な、なんか、ごめんね! そ、それじゃあ私、用事があるからこれでっ!」


 とうとう沈黙に耐えきれず、この場を去るために適当なことを言う。我ながら上手い話しの切り上げ方だなと自画自賛しておく。

 そうして今度こそこの場を去ろうと向きを変えると、なぜか制服の上着に違和感が生じる。


「……ゔーん。まだなにか御用がおありでしっ?」


 おうふ。テンパりすぎて変なしゃべり方になった。しかし、それも仕方ない。せっかく空気を読んでその場を去ろうとしたのに、上着の後ろの裾を掴まれてしまった。

 ……そういう仕草は女子だから有効なんだぞ! 百歩譲って可愛い系男子なら許されるけど、ゴツいガスマスク装着系男子だと完全に変質者で速攻ムショコースだぞ! 私だから許されるものを……!

 ……ん? おい! よく考えたら私でも許されんぞ! これでも自称か弱い乙女なんだぞ!


『……そこで自称とつけるところに、身の程を分かっているのが感じられます』
「うっさい黙れ」


 だって、今までママとか師匠とか、明らかにザ・強キャラ甚だしい人しか周りに居なかったし。学園に来てみたら、私より女子力が何百倍も高いリアとか、お姫様の恰好が似会ってるに飽き足らず、異性への接触にオロオロする初心な乙女のジル姫とか。特に、誘拐されたという部分に姫要素を強く感じる。

 挙句のはてには、筋力もなさそうなのに無駄に美しいかんばせと色気があるヤマトくんとか、女の子として同じ人類にカウントしたくない……。女装させたらジル姫も吃驚の儚い傾国系守られ美少女姫になるだろうよっ!

 それに、人が近付くと気を失ったり、人見知りだからって目を合わせただけで顔を真っ赤に染め上げたりとか、どんな病弱系深窓の令嬢的設定なの? まるで図太く気絶しない私が乙女じゃないみたいでしょうが! そのか弱い女の子らしい仕草を伝授してほしいくらいだわっ!

 …………きっと、伝授されても未来永劫使う機会がないだろうということまで予想できた私。ちょっと心が荒んだのは許してほしい。

 つまり、以上の悲しい現実により、さすがにか弱いの定義を覆すほどにはなりましたとも。……ほぼほぼ異性のせいだというところに、さらに悲しい現実を思い知らされる。

 まあ、ただし血縁外に限るという但し書きは付いてるけどね。


「シュコー、シュコー」


 うささんとバカなやり取りをして、勝手に私が落ち込んでいる間も、反応はなし。裾を掴んだまま固まってしまった。いや、何がしたいんだ。あのまま去らせてくれれば丸く収まったものを……。

 色々とイライラする私の胡乱な視線に気づいたのか、ヤマトくんがビクゥッッ!! と怯える。そういえば掴まれるまで動く気配に気づかなかったな。ひ弱な外見のくせして意外と出来るのかもしれない。

 それに、完全に私にビビってるくせに裾は離されない。なんでだ。そこは離すところだろうに。いったい、何がそこまでさせているんだ……。


「……ハッ!」


 またしても気付いてはいけないことに気付いてしまった気がする……。まさかとは思うけれど、その口止め、とか? いやいやいや、あきらかに無かったことにしようと、謝ってその場を去ろうとしてたでしょうに。なぜ引き留めた。

 精神的に来るものがあるから言いたくはないけれど、戦闘力で言えばアリと戦闘機以上に差があるんだぞ。私だったら無謀すぎて来世に期待して祈りだすね。

 あ、実際にママとのお勉強で何度か実行しました。そんなヤマトくんにとっては色々な意味で危険な状況であるのに、どうして私を引き留めるのか。

 ――もしかして、逆にいっそ仲間に引き入れてしまおう、とか? ……いやいやいや、無いとは思うけど、もしそうなら全力でお断りするんですけど!


「……そう、思春期とはいえ、まだまだ私たちは健全に生きていかなければならないお年頃なのよ。だから、この場で起きたことは大人の階段を上る過程で、大人の対応を学ぶための機会として起こってしまった事故なのよ。こういうときは何も見なかったことにして、早く何もかも忘れるべきなの。そう――」


 必死になりすぎて、混乱した思考でさらに訳の分からないことを口走る。なんか、さらに状況が悪化しているように感じられなくもない。しかし一度話し出すと口が止まらない。

 ええい、やけくそだとばかりにそのまま自分でも良く分からないことをペラペラと口に出す。そんな中で、私を貶したままだんまりだったうささんが、ぽつりと、囁く声で告げた。


『……どうやら一緒に教室見学に行きたかっただけのようです』
「あ、そうなの?」


 はやとちりである。何がとは言わないけれど、完全にはやとちりである。恥ずかしいっっ!!

 私は両手で顔を覆うと、その場に蹲った。……何が、気付いてはいけないことに気付いてしまった、だ。何が大人の対応、だ。私は今、猛烈に大人の階段を真っ逆さまに転げ落ちたい気分だ。


「ふぉおおおぉぉぉおおおおぉぉぉ……!!」


 乙女にあるまじき奇声を発する私に対して、またしてもビクゥゥッッ!! と怯えるヤマトくんを、手の隙間から伺い見る。既にしゃがんだ時点で裾は離されているが、しかし怯えた反応を見せても、私から離れる様子は無い。

 恥ずかしくて顔を上げられない私を見て、こてん、と可愛らしく首を傾げるヤマトくん。今、確実に私のSAN値的な何かがさらに摩耗した気がする。


「ふぉおおおおぉぉぉ……」


 ――やめて、そんな無垢な仕草で私の心のナニかを削がないで! 私のライフはもう、ゼロに近いのよ……!

 戦闘機がアリの逆襲を受けた。まさにそんな窮鼠猫を噛む的クリティカルヒットを受け、超高空の超スピードにも耐えうるだろう私の心の機体はボロボロに剥がれ落ち、瀕死の状態にされる。

 そんな打ちひしがれる私の様子を見て、首を可愛く傾げていた元凶のヤマトくんが近付く。そしてそのまま、未だ奇声を上げて蹲る私のもとに辿り着いたと思ったら、ぽんぽんっと背中を優しく叩かれた。

 ――チーン

 本人にそんなつもりはなかっただろうに、確かに私はトドメをさされた。そんな悲しい効果音を背景に背負い、しばらく灰になったのだった――。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品