ロストアイ

ノベルバユーザー330919

お久しぶりです



「まあ、予想より早くてびっくりだわ~」
「……お久しぶりです」
「嫌だわ、久々だからって恥ずかしがってるの~?」
「ごめんなさい!」


 強制召喚命令より約一時間。ほとんど真逆に位置するママの教室まで死ぬ気で疾走しました。お陰で短時間、といってもいいのか、ママの教室には辿り着いた。

 途中、うささんの嫌味な道案内が無ければ辿り着けないような複雑な回路をぴょんぴょんしながらやって参りましたよ、とほほ。

 ……そういえば、クレイ先輩の研究所から出たら、変な先輩たちに保護しますとかなんとか言われて襲い掛かられたっけ。朝から周りをウロチョロしてて気になってたんだけど、結局アレ、何だったんだろうか。


「――考え事?」
「ごごごごめんなさい!」


 ママの声が頭上から聞こえると、ピシッと正座に座り直す。そう、今久々に例の伝統技能、土下座を披露しています。御無沙汰です。


「余裕ね~?」
「ごごごごめんなひゃい!」


 頬を抓られ、変な声が出る。なんか、ママ拗ねてる? 怖くて顔を上げられないけど、目が笑ってないのが雰囲気で伝わってくるよ。


「いいのよ~、別に。ココに来るのがやけに遅いな~、とか。気になって視たら、どんどん離れて行くのね~とは思っていたけれど、ちゃんと、最後はココに来る予定だったんでしょう?」


 全部バレてやがる……!! そしてやっぱり拗ねてたのね……。やっぱり後回しにしたのは良くなかったな、うん。ここまで本気で召喚するとは。


「ママとっても寂しかったのよぉ~?」
「うぐぇっ」


 女の子にあるまじき声が出てしまった。しかし許してほしい。ママの怪力で抱き着かれると、仕方がないのよ。あ、パパはいつも白目剥いて魂が抜けてました。


「……ワタクシたちは何のために連れて来られて、何を見せられているのでしょうか」
「シュコー、シュコー」


 あ、忘れてた。

 ママにギュウギュウされながら後ろに佇む二人の気配が、というか視線が痛い。咄嗟のことで、クレイ先輩のところに置いていくのは良くない気がしてリアを抱えたら、なぜか先輩が飛び出す寸前の私に、もう片方の腕にヤマトくんを抱えさせて、時間も惜しくてそのまま来たんだっけ。

 リアは道中悲鳴上げて暴れてたけど、ヤマトくんは静かなもんだったな。……大丈夫? 抵抗しないひ弱さは問題だと思うよ。トラウマになる位なのに、今までどうしてたんだろうか。不思議。


「もう! あいちゃん聞いてるの~?」
「ぐうぇ!」


 やめて。身体強化してないと内臓が口から零れ落ちそう。相変わらずの怪力ですね。逃げ回ってた幼女の記憶が懐かしい。まあ、身体強化覚えてから遠慮が無くなって簡単に捕まったけど。


「ねえママ、もういい?」
「あら、照屋さんね」


 それだけ言うと、やっとのことで解放される。解放されると気になるのはやっぱりアレのことで……。キョロキョロと挙動不審に辺りの様子を伺う。ひとまず近くには居ないようだが、油断は出来ない。

 満足したのか、解放してくれたママが私の挙動不審に合点がいったのか、笑顔で所在を告げる。


「もう用済みだからお帰り頂いたわよ」
「う、うん」


 バレバレである。ママも昔、私がトラウマになってるのを分かってるから、こういうときには遠慮なく利用するけど、私に嫌われたくないとかで、ちゃんと配慮はしてくれるようだ。出来れば最初から最後まで配慮してほしいけど。


「そういえばママ。なんかスカウトの書みたいなのが来てたんだけど、手違い――」
「まあ! ちゃんと読んでくれたのね?」
「読んだというか、強制的に目に入ったというか……」
「ず~っとお勉強が出来ていなかったから、ママ気がかりで。兄様に任せておけば、ある程度は大丈夫だとは思っていたのだけれど……ほら、あの人、いい加減なところもあるじゃない?」


 娘を問答無用で渡した母の言うセリフですか。いや、確かに生活にだらしがない人ではあったけれども。少なくともママのお勉強よりは遥かにマシだったと思います。

 そんな私のジトーっとした視線に気づいたのか、察しのいいママの目線が珍しく宙を彷徨う。出来ればそのままちょっと反省して下さい。


「そ、そういえば、これからはここに毎日通わなくてもいいから、私の出す宿題が出来たら提出に来なさいね?」
「……あれ? 毎日来なくてもいいの?」


 ちょっと拍子抜けである。また地獄のスパルタ生活が始まると悲観していたのに。それはそれで物足りないと思わないでもなくもない……ハッ! よく考えたら物足りないとか考えてることすら洗脳されているのでは……!?


「他にも教室を選んでるんでしょう? さすがに無理はさせられないわ~」


 どの口が言う……。さっきまでの一連の流れがすっぽり省かれてますぜ。あれは無理が無いとでも言いたかったのだろうか。一人攫われてるんですが。


「それに、ママ考え直したの」


 お? 何があったかは知らないけど、穏便な方向に向かうのならばそれはそれで結構ですね。真剣な顔でこちらを見つめるママの顔は笑顔が消えてとても深刻だ。いや、だから何があったんだ。


「お友達は出来たようで安心していたのだけれど、公共の建物に風穴を空けてはダメでしょう?」


 普通に普通のことで怒られたああああ!!!! というよりやっぱりバレテーラ。知ってたのね。分かってたけど。


「気持ちは分かるけれど、協調性が足りないわ。公共物を壊すと後から面倒なのよ、色々と」


 協調性? ……いや、それより完全に後半が本音でしょう。屋敷では色々ぶっ壊してしたでしょうに。私の微妙な顔に気付いてか、気まずそうに目を逸らされる。珍しい。


「とにかく、社会生活を営む上で、協調性が足りないの。色んな教室に出て学ぶといいわ。残念ながら私では適任ではなさそうだもの」


 おお。なんか、凄くまともなことをまともじゃない人に諭されてる。どういう状況なの、コレ。さらに微妙な表情になるのが分かる。なんだなんだ、ここ数年でどういう心境の変化ですか。


「……それに、私には――」


 私がママの心境の変化について考察していると、何かを言いかけて、いつもの笑顔に戻る。今日はなんだか、ママの様子がおかしい気がする。うーん。言動がおかしいのはいつもだけど、今日はまともでおかしいというか……。

 ――待って。まともでおかしいってなんだろう? 自分でも何言ってんのか分かんなくなってきた。


「――私はしばらく忙しいから、残念ながらあいちゃんに構えないのよ~」


 はい、また抱き着かれました。ぐりぐりと頬擦りもされる。特に今日は愛情表現が過剰ですね。この後に恐怖のお勉強リバウンドがあるんじゃないかと内心恐々なのですが。


「――そろそろいいかしら……?」
「「あ」」


 また忘れてました。ごめんねリア。ずっと黙って私とママの再会を見守っていたリアたちの視線が、そろそろいいですかと突き刺さる。いやほんとスンマセン。


「まあまあ、あいちゃんのお友達ね。お構いも出来ず申し訳ないわ~」
「いえ、お会いできて光栄です、マリア様。ワタクシ、『芳泉』が孫娘の一人、アメリア・トウジョウと申します」
「まあまあ、ご丁寧にありがとうね」


 リアが何やらママに挨拶を行う。ホウセン? ってなんだろう。ママがにっこりと対応する。私には分からないけど、ママはきっと全部分かってるんだろうなあ。


「そちらは……まあ。珍しいわね。このマスクは、う~ん。あいちゃんね。もう、確かに合ってはいるけれど、ちょっと乱暴よ」


 ママはリアからその後ろにひっそり佇むヤマトくんに目を移し、何やら珍しがると納得したようで、最後は私に視線を移す。ぷくっと頬を膨らませて「だめでしょう?」と、ぷんぷん怒った仕草をするママの視線から私は目を逸らした。

 そんな私の態度に軽く吐息をつくと、ママはヤマトくんに向き直る。不思議とヤマトくんはママが近付いても逃げない。そんな一連の動作を見送っていると、あろうことか、えいっとばかりにヤマトくんのガスマスクを外してしまう。


「「あ」」


 私とヤマトくんの呆気にとられた声が虚しく木霊する。色んな意味で狼狽えるそんな私たちを無視してママはマジマジとヤマトくんの顔をガン見する。


「やっぱりね。あなた、――を持っ――う? ――が――よね、――でしょう?」


 途中、良く聞こえなかったけれど、何やらヤマトくんにだけ囁くと、すっぽりとガスマスクを被りなおさせる。あ、それは戻すんですね。

 気になってリアの方を確認すると、ママが陰になって見えなかったのか、特に変化はない。見たことはないけど、多分、ヤマトくんの顔を見たらリアも魅了みたいなのに掛かりそうだよね。


「――あいちゃん」
「はい!」


 油断していたら、ママから声が掛かる。完全に不意打ちであったので、びくっと肩が上がってしまった。笑顔でママが凄む。


「――皆と、仲良くするのよ」
「へ? う、うん?」


 またしても拍子抜けである。やっぱりなんだか、ママの様子がおかしい気がする。何かあったのかな。なんか、届かないところが痒くなるような、そんな違和感がある。でも、やってることに、別におかしいところはないん、だよな。おかしいことしかしてないけど。それがママの普通だし。

 それだけ言うと満足したのか、ママは踵を返す。ここはママの教室がある建物。その中の一つの部屋に集まっていたわけだけど、ママが壁に手を触れると何かの仕掛けが発動したのか、回転扉のように壁が開く。


「ああ、もう一人の子は向かいの部屋よ――」
「ちょ、」


 それだけ言うと、ママは振り返ることなく壁の向こう側へと消えた。一応、遅れて私も触れてみるけど、仕掛けも何もさっぱり分からない。相変わらずどうなってんの? というかどこの忍者ですか? 去り方がカッコよすぎるんですが。


「――行ってしまいましたわね」
「うーん、ナゾいわ~」


 リアが何やら感心しているけれど、私は違う意味で感心している。全く原理も仕掛けも分からないとか、ほんと、まだまだだなあ、私も。


「まあ、いっか。とりあえず、ジルニク君拾って今日のところは帰りますか」
「何が何だか分かりませんが、そうしたほうが良さそうですわね」


 リアの同意を得たので、早速出口を目指す。色々と急展開過ぎてめちゃくちゃ疲れたな。何だったんだ、今日って。厄日か。


「――どうしたの? ヤマトくん」


 ママがガスマスクを外してから、様子がおかしかったけど、何を言われたのかな。まあ、成り行きとはいえ連れて来てしまったものは仕方がない。家に帰るまでが、ペットのお散歩だもの。そう思って聞いたんだけど、ヤマトくんは反応が薄い。


「あちらにジルニクさんがいらっしゃましたわ」
「あ、そうなの?」
「ただ、意識がまだ無いようでして……」
「いいよ、私が運ぶから」
「大丈夫、ではありますわね。呆れたこと。それではお願いしますわ」


 来るときのことを思い出したのか、リアが大げさに肩を竦ませる。期待に応えようと向かいの部屋へと向かう。向かいの部屋には天井から差し込む日の光に当てられ、ジルニク君が横たわる台を照らす。台には蔓や蔦が絡み、なぜか小鳥の囀りがあちこちから控えめに聞こえる。


「――お前はどこの眠り姫か」


 きっと私は目がピクピク痙攣していることだろう。完全にアレに遊ばれてる。なんなら、ご丁寧に淡いブルーのお姫様ドレスに着替えさせられている上に、ツンツン頭が萎びたウェーブ、もとい、女の子みたいにセットされている。

 しかも似合っているという……。幸いなのは本人が目を覚ましていないということか。

 仕方がない。気は進まないけど、ジル姫を持っていきますか。そんなわけで、未だに深い眠りから帰らないジル姫を肩に担ぐ。手荒なのは許してほしい。元は男の子だもの。

 私がジル姫を右に担ぐと、様子を見ていたリアがギョッとしたのが見えた。どうしたのかと声を出そうとして、失敗した。

 ――フゥ……

 ジル姫がいる反対の耳のすぐ横、空気の振動を感じた。と同時に目の前にいるリアもひょいっと抱える。今回は目を見開いたままで固まっていたので、楽に抱えられた。

 そして、置き忘れてきたヤマトくんを返事も聞かずに速攻回収してママの教室を飛び出す。

 右肩にジル姫、左にリアを抱え、さらに左手でヤマトくんを正面で抱っこの状態である。なかなかにキツイ態勢ではあったけれど、そんなことより、一刻も早くその場を去るため、元来た道を走り抜ける。


『久々に遭遇しても未知ですね。さっぱり解析できません』


 ひやあああああ!! やっぱりそうなの!? アレなの!? ママが帰したって言うから、完全に油断してたわッ!


『それにしても、そこまで怯えずとも。見て下さい。後ろに迫っていますよ』
「いいぃぃやぁぁぁぁあああああ!!」


 その後、うささんの余計な報告を悲鳴で流しながらも、なんとか寮まで帰還と相成りました。

 ――あ、ジル姫起きなかったので、部屋も知らないのでプリシラさんにそのまま預けました。ヤマトくんとセットで。

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