ロストアイ
閑話・続 問題児たちがやってきたようです
――シグナール学園。
いくつもの巨大な専用施設を持ち、莫大な資産をもって運用されており、魔獣への対抗やその他の特殊な専門技術など、幅広い分野での学問を修められる。
入学者は幅広く、国籍、性別、年齢、貧富、素性さえも問われない。本人の意志さえあれば受け入れる。それがこの、絶海の孤島に浮かぶ学園の理念である。
そんな学園の学生寮。クラス分けテストで分けられた生徒たちは、同じクラスの生徒と同じ寮へ入ることになる。要はお互いに拮抗している集団をそれぞれでまとめただけである。一つの圧倒的な力があるだけで息苦しいものだ。そのため、ほとんどが気付かずに同じレベルの実力者同士で仲間になるというわけである。
その中で、近頃引っ越してきた生徒会専用寮にて、フリードリヒは嬉しくない朝を迎えていた。本来であれば、大きな仕事も終わり、しばらく休めると思っていただけに裏切られた気分であった。
――それもこれもあの人がしゃしゃり出てくるから!
就任早々に次々と想定外の仕事が発生したのだ。恨み言も言いたくなっていた。そして先程、さらに寝起きに嬉しくない報告がもたらされた。交代で寮を監視していた特殊委員からである。
「注目している問題の生徒にスカウトの書? 冗談じゃない。一体何を考えているんだあの人は……」
今までまったくもってそんな話を聞いた覚えがない。あの人が個人的にスカウトの書を送るなんて、初めてではないだろうか?
「まさか、早速監視が役に立つとは思いたくなかったんだがな……」
自分の采配に感激すべきか、それとも早速問題が押し寄せそうな予感に震え上がればいいのか。どちらにしても心臓に悪い。昨晩は遅くまで仕事に掛かりきりで、遅くに就寝した。まだ太陽の明かりがひっそりと空を淡く照らす時間帯。早朝にしても早すぎる。もう一度寝る気もおきないため、身支度を整い、学園内の監視要員に繋がるモニターを起動する。
「こちら33522。応答せよ」
『――はっ! こちら225、C地区、噴水広場外になります』
――噴水広場? ……まてまてまて。早速、嫌な予感しかしないぞ。
「状況を説明せよ」
『――はっ! それが、――』
話を聞き終えて思ったことはただ一つである。――前途ある若者に変態マッドが絡みやがった!
話を聞く限りでは女子生徒たちのほうから一先ず撃退をしていたようだから、とりあえずは問題なさそうである。経過観察は必要だが。
それにしてもマッドの生息域は真反対の区画にあるはず。一体どんなピンポイントな確率で、早朝に、監視していた新入生、それも女子生徒に遭遇することがあるだろうか。故意でないと言うならば、一体どんな神がかり的な偶然なのか。
「引き続き監視せよ」
『はっ!』
一旦接続を解除し、朝食を摂ることにする。多くの生徒は今日から学園に登校するが、生徒会の役員たちはそれぞれ休みである。そう、休みのはずである。なぜ、休日になってまで仕事をしなければならないのか。立候補したのは部下も多く、それほど仕事に負担が無いからではなかったのだろうか。先達に騙されたとでもいうのか。いくら特典が多いとはいえ、ほとんど心労ばかりではないか。
考えれば考えるだけ頭痛が増すため、目の前に自動的に運ばれる朝食に集中することにする。昨日はあまり味わえなかったが、やはり素晴らしいコーヒーの味わいである。
朝の穏やかなひと時を過ごし、少し時間が経ったため、問題が無いかどうか、再接続する。お決まりの暗号を告げて、早速本題を切り出す。
「――あれから問題はないか?」
香りを気に入ったコーヒー片手に状況を問う。やはり、素晴らしいブレンドだ。後で予備を確認したほうが良さそうだ。今後の優雅なプランを組み立てながらもおそらく問題ないだろう報告を待ち、コーヒーに口をつける。
『そ、それが、エリック先生の教える攻撃魔法教室が、ふ、吹っ飛ばされまして……』
「ブフゥゥゥッッ!? ゴホッゴッ!」
思考を別に飛ばして気を抜いていたせいか、昨日よりも大量のコーヒーを吹き出し、盛大にむせてしまった。
「――最初から! 細かく! そこに至るまで! どういう状況か説明せよ!」
『はっ! 最初は――』
すべて聞き終えると、沈黙する。思わず、同じ内容を何度も問いかけてさえも嘘の報告ではないかと疑わずにはいられない。まだ、何故かあの後変態マッドと仲良くなっていた様子があった件については気になるが、あれでも臨時の教師、大丈夫だろうと聞き流せる。
しかし、その後。新入生、特に特待生が道に迷うこと、建物の入り口が地下からであることに思い至らないのは、まあ、寮監の責任のため分かる。特に、特待生の寮監はあの、ぽやけたプリシラ先生のため、ありえないことではないとも思い至る。
それなのに、数人で合流して入口を素直に探していたかと思えば、いきなり監視対象筆頭の女子生徒が、あの、何発もの核さえ寄せ付けない分厚い特殊金属で出来た壁に、風穴を、空けただと……?
「いったい何の冗談だ……」
『じょ、冗談ではありません!』
「そんなことは分かっている!」
『はいぃぃ!!』
そう、わざわざ嘘の報告をする必要が無い。彼らはそういう組織なのだから。しかし、まだ寝ぼけて夢でも見ているのだろうか。いや、コーヒーがさっぱりと脳に冴えわたる。頭は起きているはずだ。……いっそ夢のほうが良かったな。
「……それで。今はどうなっている」
『は、はい。壁に風穴を空けると、砂埃が収まるのを待ち、中へと入っていきました。ですが、しばらくするとエリック先生の怒声が響き渡ると三人揃って風穴から追い出されました』
「まあ、当然だろうな。あの色々と規則に厳しいと有名な先生だからな。そこは想像が付く」
まあ、さすがに本来なら核ミサイルですら寄せ付けない頑丈な建物に風穴が空けられるとは誰も思うまい。むしろよくすぐに怒れたなと、先生本人に感心するばかりである。自分であれば怒るどころか呆気に取られて再起動に時間が掛かる。
「……そういえば、壁の修繕はどうすればいいんだろうか。今までこんなことは無かったよな」
『はっ! それにつきましては既に修繕費が寄付されまして、』
「……は?」
独り言の愚痴のつもりが、聞きとがめられたのか、即座に返事が返る。しかし、内容がおかしい。どういうことだ。
『ここへ既に専門の職人も向かっているとのことです!』
「……はあ!? この短時間でか!」
『は、はい! 別地区担当より風穴が空いてすぐに、壁の修繕に職人が必要かどうかの困惑した連絡がありました!』
思わず、深く天を仰ぐ。何か良く分からない何かが裏で動いている。状況からみて問題の三人の誰かの影響とは思われるが、こんな短時間でここまで対応できるなど、限られた存在になる。そうなると、三人ともか、それともいずれかの誰かが超重要危険人物ということになる。考えたくもない。誰だ、会長職が気楽だなんて宣ったやつは。あとで締め上げてやる。
「はあ、それで、いまそいつらはどこにいる。というよりどこに向かっている。なるべくでいいので、危険がないように近づいて探ってくれ」
『はっ!』
気が気でないため、そのままつないだ状態で報告を待つ。コーヒーどころではなくなった。昨日に引き続きとんだ厄日である。遥か過去に存在したという異国の習慣にあやかり、オハライとやらを実行したほうがいいのではないのだろうか。少なくとも気持ちは軽くなりそうだ。
そうして両手を固く握ったままで報告を静かに待つ。しばらくすると、接触に成功したのか、声が届く。
『お待たせしました!』
「いや、待っていない。だが早く言え。どうだった」
感じは悪いが、残念ながら他に気を回せるほどの余裕は皆無である。画面越しとはいえ威圧感が伝わったのか、直ぐに結果報告がされる。
『それが、登校中の生徒を装い近くを通ったのですが、「あなたも迷子ですか」と声を掛けられまして……』
「まあ、妥当だな。それで、道案内を申し出なかったのか?」
『そ、それが、その、』
「なんだ?」
妙に歯切れ悪くなった。それほど言いにくい会話でもあったのだろうか。道案内なら上級生に頼るはずではないのか。何をそんなに口ごもる必要があるのか。そんな風に感じながらも優しく先を促す。
『……違います、と答えたら、「寮を出て暫くからずっと、声もかけず近くをウロウロされていたので、もしかしたら貴方も迷子だったのかと思ったんですけど。それなら向かう方角が一緒だったんですかね」と、笑っていない目で言われてしまいまして……』
「……」
『きょ、恐怖を感じて逃げてしまいました!』
「……」
言い切った! という空気、もとい雰囲気が伝わってくる。実際に自分も同じ状況に陥ったら逃げるので、まあ、それについては今は良い。特殊な厳しい訓練を乗り越えてきているだろう猛者に恐怖を感じさせる何かがあるということも分かったので、まあ、良しとしよう。しかし、だ。問題は――監視がバレバレであるということだ。
「……それ以降の接触は?」
『はっ! 単独での監視は厳しいと判断し、新たに要員を手配したうえでかなりの距離を取っています!』
「そうか。それならいい」
状況判断に優れているためか、こういった手配は早いものである。先程から情けない報告ばかりであるが、本来であれば選りすぐりである精鋭中の精鋭のため、この程度は即対応される。少し状況は変わるが、続けての監視に問題は無さそうで何よりである。
『……一つ気になることが』
「……なんだ」
少し安心したところでこれである。他になにがあるというのか。むしろ、監視を続けて何も起こらないでほしいのだが。しかし、聞かぬわけにもいかないため、しっかり先を促す。
『その、気配に敏いのか、距離を取っても全員目が合うのもそうなのですが、どうやらクレイ助教師の研究室に入っていったようでして……』
「……」
――ツッコミどころが多すぎる……! まず、距離を取っても目が合うというのもそうだが、全員? 全員と言ったか! 全く監視の意味がないではないか! 本当にお前たちは精鋭なんだよな? 選りすぐりである精鋭中の精鋭だって信じていいよな!?
それと、今朝会ったばかりの変態マッドの巣窟に自ら踏み込むとは何事か!
「……ええい! 緊急事態だ! 変な改造されて手に負えなくなる前に三人の生徒を救出せよ!」
『はっ! ……し、しかし問題が』
「今度はなんだ!?」
報告を受けてから数分も経っていないのに、何の問題が発生しているというのか。考えたくもない。
『そ、それが、先程入っていた特待新入生のうちの一人、男子生徒が、――』
「男子生徒がどうしたっていうんだ!」
『――だ、男子生徒が、そ、空を、生身のまま高速で飛び去って行きました!』
「はぁぁああっ!? 正気か!?」
『目を剥いて、気を失っておりました!』
――違う! そうじゃない! 言ったのは報告内容に対してだ!
「――っそういう報告は今はいい! なんとか救出しろ!」
何がどうなってそんな状況なのか。数分の間に思わぬ大惨事である。ひそかに慌てふためく、選りすぐりであっただろう精鋭中の精鋭たちの声が聞こえる。向こうではいったいなにがおきているんだ……。
数人が、そのどこかへ飛び去った気絶した男子生徒を追いかけていった指示が聞こえる。何がどうなってそんなことになっているのかは不明だが、最悪、風魔法の使い手がクッションを敷いて受け止めるだろうから、男子生徒の安否は問題ないだろう。
問題は、――
「後の二人はどうしているんだ? 救出には向かったのか」
『――はっ! 多少部隊が乱れましたが、既に慎重に別動隊がことに当たっています!』
「そうか、それならいい――」
『『『ああああっ!?』』』
「どうした!?」
なんだなんだ、いったいそっちでなにがおこっていると言うんだ。勘弁してほしい。選りすぐりである精鋭中の精鋭がここまで狼狽えるなんて前代未聞だぞ!
「……」
――いやまさかな。
昨日も同じことを思った気がする。先程思い浮かべた可能性が頭を反響する。頼む、誰か違うと否定してくれ。
「……何があった」
『……第一監視対象の女子生徒が両脇に変な頭の男子生徒と、騒ぐ女子生徒を抱えて出てきまして、』
「……それで?」
『救出部隊が保護しようとしたところ、予想外の抵抗に合い、』
「……」
『ぜ、全滅しました! 作戦は失敗です!』
だから、そっちでいったい何がどうなってそんなことになっているのか。精鋭が全滅? やはりこれは夢ではないのか。頬を抓っても痛みを感じたため、大人しく話を続ける。
「……手荒な真似をして反撃されたのではないか?」
『いえ! とんでもないことでございます! 簡単に保護の旨を伝えて近づいたところ、「どいて! まだ死にたくないの!」と錯乱して暴れたようでして……』
「……」
『その流れのまま、足技なのか、華麗なさばきでバッタバッタと部隊を払い飛ばし、』
「……」
『そのまま、男子生徒が空を高速で飛んで行った方角へ風の如く走り去っていきました!』
「……そうか」
『はい! 目にもとまらぬ速さとはあれのことを言うのですね。反応する間もなく横を通り抜けられてしまいました!』
清々しいまでにスッキリとした雰囲気で報告がされる。気持ち的にはお手上げ、というところか。
一気に疲労の波が押し寄せてくる。この数分で確実に十数年は老け込んだ気がする。今なら疲れでぐっすりとあの世へと逝けそうだ。
とりあえず、引き続き三人といつの間にか増えたもう一人の後を追うように指示を出して、再度接続を切る。内容が濃すぎて頭が考えることを疲れた。しばらく休憩である。
そう思い、備え付けのリビングで寛ごうと移動を開始する。自動的に開く扉を後目にソファを探す。ちょっと横になろうと、リビングにある四人テーブルを横切る。
…………。
……。見えてはいけないものが見えた気がするので、改めて数歩後退りする。
四人テーブル。そこには何故か、身に覚えのない手紙が一通置かれていた。先程朝食を摂った時点ではこんなものは無かったはずである。
カタカタと震える手を伸ばし、恐る恐る手紙を開封する。メールではいけないのか。何故わざわざ貴重な紙媒体なのか。どうしてオートロックで高セキュリティーの部屋の中にこんなものがあるのか。いつからあるのか。
恐怖で震える指先を、なんとか気力で持ちこたえて持ち直す。手紙の内容に目を通すと、――
『私が見てるから、あんまり追いかけまわさないでね?』
――と、簡潔に書かれていた。差出人も、何も、それしか書いていない文章ではあったが、直ぐに、誰の仕業か思い至った。思い至ったらゆっくりくつろぐ気分にもなれず、今しがた出てきた部屋へ取って返す。確証もないが確信している。だが、万が一の確認のため、即、通信をつなぎ直す。
「――おい! 今いいか!」
『は、はい! 今追いかけているところです!』
「確認だが、向かう方角はどっちだ!」
『は? A地区であります!』
「空を飛んだという男子生徒はどこに着地した!」
『は! 確認します!』
ごそごそとやり取りを行う雑音が聞こえ、しばらくすると、かなり動揺したのか、震える声で返事があった。
『か、確認したところ、ま、ままま、マリア様の教室に低空飛行で飛び込んでいったとのことです!』
「やはりか」
『ええ!? やはりって何でですかっ!』
「本人から釘を刺された。全部隊に告げろ、――これ以上深追いするな、とな」
『ほ、本人!? りょ、了解しました! すぐに伝令します!』
「監視も解除だ。いいな!」
『は、はい!』
必要なことだけ告げると、直ぐに通信が切れる。よほど慌てたとみえる。無理もない。昨日に引き続き、その場で深々と溜息をつくと、アマンダに連絡を取るため、電話を起動する。
『――はい。こんな朝早くにどうしたんですか』
「なあ、お前、俺と役職変わらない?」
『はあ? 絶対嫌です。……いったい何があったんですか。そんなことを言うだなんて。一昨日までの自信はどこへ消えたのですか――』
アマンダの長い説教が始まってしまった。仕方がない。立て続けにこんな疲労困憊になれば辞めたいと思うのは必然である。せめて生徒会自体を辞めないことが残った良心だ。
アマンダの話を聞き流しながらリビングに戻ると、また、見えてはいけないものが見えた。そっとそれを手に取り確認すると、アマンダの話を遮り、告げる。
「――なあ、悪い。さっきのは冗談だ。悪い冗談。忘れてくれ」
『はあ!? 朝っぱらから何かと思えば、冗談? 喧嘩売ってるのですか? 大体――』
激化するアマンダの声に耳を傾けながら、今しがた確認したブツを四人テーブルに放り投げる。
「……やってられるかっての」
『はあ!?』
そう思うとバカバカしくなり、ソファに寝転んでアマンダのお小言を聞き流すのであった。
――P.S.
『会長のお仕事は最後まで頑張ってね。いつも見てます』
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