ロストアイ

ノベルバユーザー330919

シュコー、シュコー、@その3



 すぐさま植物部屋を飛び出し、燃えカス部屋へ飛び込んだ私たち。しかし、どこにも目立つ色彩の人影は見当たらない。


「まさか! 出歩いてしまったんですの!? ……まずいですわ。ジルニクさん、帰り道は分からないのではなくって……?」
「……シュコー、シュコー、」


 一拍遅れて部屋へ駆け込んだリアたちが、ジルニク君の帰り道について心配しているが、私はそれどころではない。ママや師匠と相対した時とは違った冷汗が全身からぶわっと吹き出る。寒くもないのにカタカタと震えが止まらない。


「? どうしましたの」
「シュコー、シュコー、」


 明らかに私の様子がおかしいことに気付き、リアが声を掛ける。しかし、それどころではない私は、返事を返せない。マズイ。非常にマズイ。ついに。……ついに、怖れていたことが……!

 溢れ出る恐怖を抑え込み、うささんに確認を取る。


「――うささん。小さいころ、私がお勉強を開始する前、覚えてる?」
『……記録は残していますが、それが何か?』


 普段からおしゃべりなうささんにしては落ち着いている。それがさらに私の不安を掻き立てる。それを確かめるべく、両腕を忙しなく摩りながらうささんに目線を合わせる。


「さっき、存在証明がどうとかって話をしたけど、アレって、それに含まれたりする……?」
「シュコー、シュコー、」


 恐る恐る、幼女時代の記憶を思い返す。色々と過酷な場面にしか遭遇していない。幼女にあるまじき鍛錬の日々が思い起こされる。が、それは今はどうでもいい。それよりも恐れるべきものがある。鍛錬に入る前、ママに連行された時だ。あの時に、私は地獄を見た。今でも鮮明に思い起こされる。


『――ああ、アレですか。そうですね、身近である分、解明できないのは歯痒いですが……アレはさらに難題ですね。確たる存在でない分、解明しても曖昧な事柄も多く、将来的にも解明は不可能に近い状態ですね』
「なんのお話しですの?」
「シュコー、シュコー、」


 ワザとらしい、うささんからの嬉しくない回答にさらに身を竦ませていると、リアが怪訝そうに尋ねる。そうだね。私とうささんで分かり合っても伝わらないよね、うん。うささん、私、もう蘇ったトラウマで声でないから、解説ヨロ!


『――仕方がありませんね。何故、そこで震え上がっているのか、私が説明します』
「シュコー、シュコー、」


 一言余計だ。


『昔、マリアとのお勉強を開始する前、恐ろしい場所に連れていかれたのです。そこでは生も死も無く、不死というには表現が違う未知の物が居たのですが、それに直接接触することで、恐怖を植え付けられたとも言います』
「あの、その恐怖の物とは一体、ここで何の関係がありますの……?」
「シュコー、――」


 雰囲気を察してか、ごくりと息を呑む音がした。


『そうですね。結論から申し上げると、ソレに連れ去られたということです』
「なんですって!? それはいったい、どうやって……?」
「――シュコー、シュコー、」


 リアが連れ去られたことに反応し、事の重大性に気付いて、慌てふためる。先輩たちも気配で息を呑んだのが分かった。


「それでは、ジルニクさんは助かりませんの……?」
「シュコー、シュコー、」


 若干涙目で青褪めるリア。いや、助からないことは無いけど、無いというかなんというか、ジルニク君ってより、私が助からないと言いますか……。


『場所は分かっています。ただ、救出は難しいでしょう。相当なトラウマになっていますので、唯一情報が分かっている戦力が使い物にならないかと』
「シュコー、シュコー、」


 そう告げると、うささんが私のほうを見た。失礼な。トラウマになったのは私のせいじゃない。我が家のスパルタ教育のせいだ。図太く順応してしまった今世の身体スペックのせいだ。……あれ? 半分は私だな。……そこはスルーで。


「それでは、今すぐにでも助けに向かいませんと! ......何をそんなに怖がる必要がありますの?」
「シュコー、シュコー、」


 早速とばかりに動き出そうとしたリアの制服の袖を掴み、イヤイヤと首を振る。駄々を捏ねていると思われたのか、さらに怪訝そうな表情でリアが私を見た。


『言っていませんでしたか? ――幽霊ですよ』
「「は?」」
「シュコー、……――」


 呆気にとられたみんなの声が、妙に、響いた気がした。


「ゆ、幽霊? それがどうしてジルニクさんを連れ去ることが出来ますの?」


 思ってたのと違う回答だったからか、リアが何を馬鹿なと、うささんと私を交互に呆れた様子で見る。――違う。違うんだよリア。絶対想像しているヤツとは違う存在だよ……。思い出しただけで、名前を呼んではいけないあの人みたいに身震いと冷汗が止まらない。心臓が止まりそうだ。

 そんなリアたちの反応を予想していたのか、ずいっと宙に浮いたまま前へと出て、うささんが説明を付け加える。


『先程、存在証明について申しましたが、幽霊とはいっても、仮の名で付けられたに過ぎません。適切な呼び名が無いための処置ですね』
「え? それはいったいどういう……」
『言語で表すことは難しいですね。なにぶん、存在証明が出来ませんので』


 そう言って、うささんが私の肩に戻る。なんか、コイツ楽しんでない? 気のせい? 私の恐怖から派生した疑心暗鬼による気のせいかしらっ?


『つまり、会ってみればわかります。連れ去られた人間はおそらく、――』


 ――この世の地獄で会えます。そう続けるうささんに、リアたちは恐怖を感じ取ったのか後ずさる。正直、私もドン引きである。やっぱりコイツ、私たちで遊んでやがる……!


「じ、地獄!? そんな物騒な場所にどうやって助けに向かえば……」


 うささんのやりすぎな煽りにより、恐怖を感じていたようだが、直ぐにジルニク君の心配をするリア。尊い。うさんくさいAIとちぇんじしたい。


『大丈夫ですよ。どうせ、向かう予定でした。それが早まったところで、何の問題もありません。そうですよね?』


 そう言って、私に振るうささん。そうね、いつかは辿り着くことになる試練だもの。間違っちゃいない。ええ、間違ってませんとも。……出来れば後回しにして、回り道しまくって心の準備を整えてから向かいたかったけども。


「向かう予定? それはどこですの?」


 この世の地獄に向かう予定だったと聞かされ、リアが驚愕を露わに私たちへ問い詰める。先程よりはマシになった震えを押さえて告げる。


「――ママの教室」
「ママ? ……マリア様の教室のことですの?」
「そう。この世の地獄こと、ママのおひざ元」
「……何があったかは知りませんが、ジルニクさんは無事、ということですのね?」
「うん、まあ。ジルニク君はね? 今頃、歓迎されて恐怖に恐れ戦いているとは思うけど」
「? どういうことですの。幽霊とやらが関係してますの?」


 鋭いね、リア。そうだよ。きっと囲まれて楽しいことになっているに違いない。容易く想像できる。あ、だめだ、想像したら鳥肌がぶり返した。腕を再びさすさすしだす私をよそに、うささんがリアの疑問をぶった切る。


『それは見てみてからのお楽しみですね。今は急いで逝きましょう。マリアの機嫌が下降の一途を辿っています」
「なんか、今、言ってる言葉と文字が一致してないように聞こえたんだけど」
『気のせいです。マリアにより与えられる恐怖からの妄想です』


 そうかあ? なんか、腑に落ちんぞ。……そういえば、この研究所に入ってから、うささんの言動が変だ。妙に大人しい。かと思えば、急に突っかかる。まるで何か隠し事でもしているような……。

 ……。ん? さっき、ママに報告がどうのって言ってたよね? それに、良く思い返せば、拗ねて明後日の方向を向いていたけど、その方角はジルニク君が居た部屋だった。もしかして、ジルニク君が攫われたことを察知してたとか……。

 ……いやいやいやいや! こじつけが過ぎるかな? でも、なぜかやけに、恐怖による支配、とか。存在証明がどうの、とか。普段は特に反応しない話題に乗ってきたし……。でも、うささんがジルニク君誘拐を知らせないなんておかしい。アレはともかく、ジルニク君の生体反応は感じ取れるはずだ。言い訳できまい。

 ――あれ? もしかしなくとも、全てあなたのせいではなくって?


『――――ようやく気づきましたか。思ったよりは早かったですね』


 コ・イ・ツ……!

 ふんぬー! とばかりにうささんを掴もうとするが、またしてもひらりと躱される。だが、分かった。最初から、コイツに誘導されていたんだ! せこい時間稼ぎをしおってからに……!


『伝言です。「はやく来ないと、お仕置きよ?」です』


 語尾にハートマークが見えた。ただし、器用にも声音は凍える猛吹雪よりも冷たい。誰だ。遠回りしたいとかほざいたやつ。最初に行かないから、もう、お怒りモードじゃん! 何も置いても最優先じゃん! 一番初めにクリアしないと詰む、ラスボスじゃん! アホか!?

 近くでママのリアル絶対零度な声を聴き、リアたちが竦みあがったのが印象的でした。速攻で出頭します。なので、誰かママに効く鎮静剤を分けて下さい!

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