ロストアイ

ノベルバユーザー330919

怪しい勧誘には気をつけましょう



 有意義な朝の時間を過ごし、うささんから教えられた常識的な時間帯かどうか確認する。――七時。

 今度こそ大丈夫だろう。もう一度リアの部屋にアタックした。


「……仕方ありませわね。一緒に登校してあげますわ」


 先程のこともあり身構えていたけれど、今度は普通にドアが開く。すると中からは、バッチリに戦闘準備が整ったリアが出てきた。今度はしっかりと目が覚めているようで何よりである。

 しかし隙が無く、キリッとしてるのを見ていると、むくむくと、いたずら心が湧き上がった。


「あれ? 私、一緒に登校しようとは一言も言ってないけど?」
「…………」


 私の言葉により、リアの耳がみるみる淡い赤に染まっていく。可愛い。

 制服の上着の裾を掴み、ふるふると、うつむき加減で震えている。可愛いので、ずっとからかっていたい衝動が湧き上がるが、そろそろリアの堪忍袋が沸騰しそうなので、今の内に謝っときます。


「うそうそ。一緒に登校しようと思ってきたんだよ。一緒に行こう?」
「……ふ、ふん! そんなこと、判っていましたわ。ですから、ご一緒に登校ぐらい、ワタクシはかまわなくってよ?」


 キッ! と一瞬、涙目で睨まれた。が、その後はこちらを伺う不安げな視線に変わった。どうやら、まだセーフのようだ。

 私は返事の代わりに笑顔でリアの手を取り、連れ出した。見た目は子どもとはいえ、精神年齢的に、手を繋ぐのは恥ずかしい。だけど、なんだかんだでリアが嬉しそうなので、しばらくは続行決定。

 可愛いは正義。これ絶対。

 そのまま、リアを伴ってエスカレーターを使って階下へ降りる。外見オンボロ寮とは思えない設備の豪華さだ。

 外観は確かにオンボロだったけど、中身については常に、修復修繕、改装を行っている。プリシラさんが言っていた。

 まあ、他の寮に比べると修理する回数が多いらしいから、逆に、最新の状態を常に最速で取り入れてるってことみたいだけど。


「あら? 早いのね」


 だらだらと階下へ降りると、箒で掃除中のプリシラさんが居た。

 昨日はあの後、気を失った生徒も含めて大変だったな。なんとか誤解は解けたから良かったものの。


「プリシラさん。昨日は助かりましたわ」
「いえいえ、皆さん、私の大事な生徒ですから」


 リアがお礼を言うと、プリシラさんが笑顔でそう答えた。

 気を失った生徒も含めて、皆をそれぞれの部屋に案内したことが思い返される。プリシラさんなんて、おっとり笑顔のまま片手で担いで運んでいた。絵面が衝撃的過ぎて二度見しましたとも。見た目じゃ分かりません。私もやってみたけど、ダメだった。修行が足りんな。

 ……重かったな。特に、男子。女子ならともかく、あの程度で男が気絶とか、軟弱すぎる。そんなんじゃ、ママのお説教にも耐えられない。……パパを思い出してしまった。

 そういえば、パパってヘタレで、とことん精神が脆弱だったな。毎日のように気絶してたし。主にママのせいだけど。

 ……なんで、ママと結婚出来たんだろ? ママヘタレ嫌いなのに。不思議。


「気を付けていってらっしゃい」


 特に他に話すことも無いため、早々にその場を離れようとすると、後ろからプリシラさんの声が聞こえる。

 ――久々に、誰かから見送られた気がするな。


「そういえば、共通の教室ってどこに行けばいいんだっけ?」


 リアが、可哀想なものをみた、みたいな顔で静かに首を振る。


「処置なしですわ」
『同意します。今後記憶に残るようにもう一度、デッドorデッドでもプレイしたほうがいいのではないですか』
「ちょっと? そんなタイトルじゃなかったと思うけどっ? またあの状況をプレイとか、軽く数回は死ねるんだけど!? しかも生存出来ないタイトルッ!」


 即抗議すると、『では、デスorデッドでどうでしょう』と返された。私は悟った。言葉では通じ合えない。なので、実力行使に移行します。


「っ降りろ! 私が本当のデスマッチというものを、そのふかふかボディーに教えてやる……!」
『間に合ってますので、お断りします』


 ムッカーーーッッ!!

 悠々と宙に浮くうささんを引きずり下ろすべく、すばやく、高くジャンプするが、さらりと避けられた。くっ、さらに上がるとは卑怯な!

 そのまま、「降りろ!」『嫌です』とぎゃいぎゃい言い合う。その隣で、リアが私たちの攻防を呆れた様子で見守っている。

 しかしなんだ、いつものことだけど、人が増えるだけで、なんか、楽しいぞ。うささんはムカつくけど。


「全く、仕方ありませんわね。説明会の時に、さんざん説明がされましたでしょう? ワタクシが教室までの道のりを知っていますから、付いてきなさい」


 呆れたリアが先導し、付き合いきれないとばかりに、ぐんぐんと並木道を進んでいく。まだ早い時間帯だからか、他に人影は見えない。かなり張り切っているようだ。

 置いていかれても困るので、一時休戦し、リアを追いかける。


「はぐれないよう付いて、きゃっ」


 あ、こけた。

 可愛い声出して、盛大にこけたよ。置いていってないか、私のほうを振り返って足元疎かにするからだな。

 ちょっと距離もあったので、特に急がず近づく。しかし、しばらく待ってもリアが一向に立つ様子が無い。足でも捻ったのかと、仕方なく、回り込まずに、ひょいっと、生け垣を超えようとする。手を貸すために前へ出ると、


「――ううぅぅぅ」


 全身ねっとりとした緑色に彩られた、人型らしき生物が居た。体臭なのか、腐った臭いが辺りに漂う。なんでこんなに臭いのに気づかなかったんだ……風の向きか。

 風上に居たから気付かなかったようだと、結論付ける。それにしても、呻き声しか聞こえないけど、見た目が完全にアレだアレ。

 気持ち悪いとしか、表現のしようがない。まさか学園内で、朝から腐った死体を見ることになるとは思わなかったな。

 ――そう。リアが引っかかり、私の目の間に転がるのはアレだった。ホラー映画の準主役ともいえる、アレだ。


「ひぇっ!? き、き、き、気持ち悪いですわ……!!」
「うううう、うぅぅ」


 リアが尻もちついた態勢のまま、ソレから離れる。ソレに動きは無いが、油断は出来ない。奴らの多くは動きが鈍い。しかも、今は早朝。遭遇することすらありえないのだ。腐臭を纏う、この死体と。

 B級映画でも、こんなことは無い。普通は夜だろ。特に、墓場とかの雰囲気があるところとか。なんで、この朝の時間帯で、この清らかな公園通りという場所なんだ。ツッコミどころ満載である。

 そう、お約束の設定的にも、現実的にも、ありえない。けど、私達の目の前にはあの、ゾンビが転がっていたのだった。


「ぐあぅ!?」


 とりあえず、きしょいので、速攻蹴り飛ばしました。

 私の鍛えられた蹴りにより、ゾンビらしき人型生物は近くにあった生け垣へと埋まった。不気味なゾンビを始末した私は、すぐにリアの元へ近寄った。蹴り飛ばすまで、時間にすればほんの数秒だ。


「大丈夫? 噛まれたりとか、変なことされてない? 感染してない? バイオ取り込んでない?」
「……普通はもう少し近くに寄るのではありませんこと?」


 そして、近寄ったはいいけど、未知の細菌ウィルスに感染する可能性を捨てきれず、2m間を開けている。

 様子を見るに、受け答えははっきりしている。肌が変色したり、牙が生えたり、理性を失ったり、苦しんだりしている訳でもなさそう。……どうやら、本当に私が近づいても、感染とかは問題なさそうだ。

 じっくりと、リアに異常や異変が無いことの確認を終え、今度こそ、立ち上がるためにリアへ手を貸す。


「良かった、無事で。てっきりもう、ダメかと思ったよ」
「……でしたら、その手はなんですの?」


 リアにまた、じとんとした目を向けられる。その視線は、私が差し出した救いの手へと向けられている。

 リアとその手を交互に見るがおかしなことはない。しかし、リアのじとんとした目も変わらない。

 ――心外だ。

 万が一のことを考えて、布越しに手を差し伸べただけではないか。遅効性かもしれないんだ、備えあれば憂いなしと、ママも言ってたよ。あれ、備えたくば慈悲なし、だったかもしれない……。


『私を犠牲にするとは、いい度胸ですね。今後の手助けも考えたほうが良さそうです』
「ごめん。近くにあったから何も考えずに、つい」
「あなたたち! 先程からワタクシに対して失礼ですわ! そこに直りなさい!」


 私とうささんの態度に、リアが怒ってしまった。

 仕方ない。どうやら、精密機器であるうささんに感染はしてないっぽいし、問題は無いみたい。リアも本当に問題なさそうだ。


「ぐぅぅあああ」
「ひぃっ……!!」
「あっ……」


 そうだった、蹴り飛ばしただけだった。始末した気になってたけど、ゾンビは不死身だったな。失敗。もう一度身動きできないようにして、今度こそ燃やさないと倒せないや。

 私の蹴りが全く効いてなかったのか、生け垣から、呻き声を上げながらゾンビが起き上がる。先程は倒れていたのでよく見えなかったが、改めて見ると、めちゃくちゃきしょい。……燃やすにしても、もう一度蹴らないとダメなのか……。

 先程の決心はどこへやら、もう、このまま放置したい気持ちでいっぱいになる。しかし、リアがあまりの気持ち悪さに、青褪めて動けないでいるため、離脱は難しそうだ。

 ……しょうがない。触るのは気持ち悪いけど、もう一蹴りしておくか。


「うぅぅぅうう、ここ、は、いったい……?」


 今度こそ、その魂ごと鎮めてやろうと近づくと、ゾンビの声が聞こえた。予想がのことに、歩みが止まる。

 え、ゾンビがしゃべったよ?

 よく見ると、先程よりは人型に近くなっている。しかし緑だ。

 もしかして、ゾンビじゃなくて、地球外生命体とか、未知の生物とか、そんなんだったりする? リアル宇宙人? え、ここにきて?

 私がちょっとした衝撃を受けていると、未だ混乱している様子の仮・ゾンビと目が合ってしまった。


「「…………」」


 そのまま暫し、見つめ合う。誰も声を発さない緊張に満ちた空間。仮・ゾンビの目は理性が宿っていた。こちらを観察するように見ているのが、何よりの証拠だ。居心地が頗る悪い。

 いよいよ宇宙人説が有力となり、未知との遭遇とばかりに、固唾を呑んで相手の出方を伺う。

 しばらくして、こちらを観察していた仮・ゾンビは、何かを思いついたような表情をした。私は、何が起こっても対処できるようにと、相手から目を逸らさない。

 そうして、私たちに対する結論が出たのか、仮・ゾンビは、こちらを見据えた。何をする気だろうか。雰囲気的に、何か話そうとしてるっぽいけど、油断はできない。

 こちらを油断なく見据える目により、私たちに緊張が走った。もし本物の宇宙人だとして、定番は、誘拐とか、解剖とかだろうか。

 ……それ以外の未知の攻撃でもされたら、ひとたまりもない。

 そうして、いつでも対処できるように身構えていたら、仮・ゾンビがやっと、口を開いた。私もキツく身構える。どんどん緊迫感が増す中、ソレに一言、告げられた。


「…………君たち、脱いでくれないか?」
「「…………」」


 キリッと、決めてるらしき顔で、ゾンビが告げた。

 私は暫し黙すと、返事として数瞬後、無言でズカズカと仮・ゾンビに近づき、今世紀渾身の踏ん張りで、ゾンビの急所を蹴り飛ばした。


「あぐうぇっ!?」
「沈んどけえええっ!!」


 情けない声をあげながら、生け垣へ埋め込まれるようにリターンする仮・ゾンビ。……これで、仮・ゾンビの穢れ切った魂は浄化されたことだろう。

 ピクピクと痙攣し、口から泡を吹く仮・ゾンビへ、私は静かに黙祷を捧げるのであった――

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