ロストアイ

ノベルバユーザー330919

デッドorアライブはいかがですか?@裏話



 ――最悪ですわ。

 少女は先程まで講堂で説明会に参加していたはずであった。しかし突然拘束され、咄嗟に混乱してしまい気付いたら見知らぬ場所に立っていたのだ。危険が無いか周囲を見渡す限り脅威は無いようだが、代わりに混乱状態の一般生徒がそこら中に転がっている。

 ……赤服の生徒は数人も居ない。さらに周囲を注意深く観察してみるが、どうやらどこかの遺跡の中のようで、蔓や蔦が遺跡の壁を覆い尽くしている。古代遺跡なのかもしれない。ひとまず近場の生徒から声を掛けることにした。


「――そこのあなた、ケガはありませんの?」


 少女は蹲って俯いたまま動かない男子生徒へ声をかけた。しかし反応が薄く、何も返答が返っては来なかった。もう少し近付いてみて分かったが、周囲が見えていないようだった。たしかに突然のことだったので青褪め涙目になるのも仕方ない。

 特にこんな不確かな状況下に陥れば尚更仕方のないこととは思うけれど、もうしばらく声を掛け続ければある程度は落ち着いてくるだろう。そう思い再三声を掛け、


「う、うぅぅぅ、こわいよぉぉ……」
「――――」


 ――泣くばかりで受け答えもはっきりとしない。只々、突然のことに恐怖しか湧いていないようで何度声を掛けようと少女の声もまったく届かない。

 見捨てるわけにもいかないので暫くひたすらに生徒の背中をさすり落ち着かせながら、もう一度周囲を見渡してみる。態勢は違えど同じ状態の生徒も多い。

 これでは何か起こった時にすぐに動くことも出来ない。護身程度でも戦闘能力が必須だというのに、情けない同級生ばかりである。しかしだからと言ってこの人数をやはり見捨てることなど出来ない。どうしたものかと困り果てたそんな時だった、頭に声が直接響いてきたのは。


『皆さ~ん、楽しんでる~?』
「――これは、マリア様の声……?」


 途端に、先程強硬に話を聞かなくてはならないと主張していた友人の助言を思い出し、すぐさま話に集中する。何故だか異様に空気が冷たい感覚がある。……屋内だからだろうか。身体の機能の異常なのか、冷汗が止まらないようだ。

 ――この声はつい先程まで聞いていた声だ。聞き違えることも無い。

 初めて出来た友人が尊敬する方の娘であったことには驚いたが、それ以上に意識が落ちる直前に母娘とは思えない触れ合いを聞いていたためか、尊敬する方へ対し段々うすら寒いものを感じ認識を改め始めていた。


『そろそろ気付いた子もいるとは思うけれど、今、ゲームの世界にログインしているのよ~』


 そんな少女や周囲の様子が伝わらないのか、あまりにも明るくその方は告げてきた。


『ここは【デッドorアライブ】。追うものと追われるものしかいない世界。皆にはこれから、選択して頂きます。選択肢は――魔獣を倒すか、逃げ切るか、それしかありません』
「魔獣……?」


 ――一体何の話をしているのだろうか……?

 ここにはとても応戦できるような戦力などは無い。この状況から考えても怯えて逃げることが出来ないだろう戦闘未経験者しかいないと思われる。しかし幸いなのかここは遺跡の内部のようで、比較的周囲を広く見渡せるほどの広間に生徒が集まっている。

 ――ゲームの世界と言っていた。

 感覚があることからも、ここは殆ど現実世界とは変わらないと思われる。万が一の時は固まって防御に徹すれば何とかなるやもしれない。そしてまずは早急に周りで未だ散らばって動かない一般生徒らを一か所にまとめなければならない。


「――俺は行くぜ。ストーリーってのは敵を倒さないと進まないからな」
「待ちなさい! どこに脅威が潜んでいるのかも分からないというのに、迂闊に動くことは賛成できませんわ」


 印象に残る、鮮烈に紅い髪をオールバックにした男子生徒が広間を出ていこうとする。すかさず止めに入るが、まったく話を聞きそうにない態度。

 ――最悪ですわ。

 戦力として期待できる赤服の生徒が一人居なくなるだけでもかなりの戦力低下に繋がる。そんな内心の焦りを読まれたわけでもないだろうが、絶妙なタイミングでまた声が頭に響く。


『――頑張ってね~? 誰かが倒し切らないと、皆帰れませんからね~?』


 その声を最後に、僅かなノイズ音を残し良く聞こえない。屋内だからだろうか。所々でノイズ交じりに聞こえた声を繋げると、生徒の実力以上の凶悪な魔獣が存在していないとも取れる内容だが、直接この目で確認したわけではないので頭の片隅に記憶しておくに留める。

 しばらく何か続報があるかと待ってはみたもののそれ以降、頭に声が響くことは無かった。肝要な説明は終わったと判断しても良いということだろう。


「……ほら見ろ。んじゃまあ、俺は行くぜ。こんなところで役立たずどもの世話なんざしてても面白くねぇからよ」


 頭に響く声が途切れたことを確認し、赤服の男子生徒が動き出す。貴重な戦力だから離れないでほしいが、どうやら集団での活動が苦手な様子を見せている。


「っ待ちなさい!」


 再度呼び止めたが赤服の男子生徒は制止の声をものともせずに広間を出て行ってしまった。

 ――最悪ですわ。

 周りでは今のマリア様の声で少し落ち着いたのか、泣いている者は少なくなった。だが不安な表情をした者が代わりとでもいうように増えている。……今ならなんとか話も出来るだろう。

 深呼吸をし、出来るだけ動じていない落ち着いた様子で周囲へ語り掛ける。


「――皆様。安心して下さいませ。先程、先生は最終テストと申しておりましたわ」


 聞いたことが嘘でないのなら、試験はまだ終わっていなかったのだ。何をテストしているのかまでは不明だが、取り乱して泣き喚いても現状は変わらない。

 ならば次にできることといえば集団で纏り挑むことである。個人の戦闘能力は低くても多数で団結し集まれば戦略は練られるはずだ。


「――ここで協力して事に当たりましょう。不安かとは存じますが、……ワタクシを信じて、ご助力お願いいたします」


 頭を下げて注目を一手に集める。これで何も反応を得られないと話が進まない。近い未来魔獣に襲われ、全滅してしまう。たとえここが空想の中の世界であったとしてもご丁寧に鋭敏な感覚があるのだ。――魔獣に負けた場合の結末は現実とそう大差はないだろう。

 そう思いながらも中々周囲から反応が返ってこない。時間だけが過ぎていき、いつ襲われるのか分からない状況ではさらに焦りが増すばかり。表面にその焦りを出さないように注意して頭を下げ続けていると、長いようで短い時間の後に直ぐ近くで衣ずれの音がした。


「……僕、手伝うよ」


 顔を上げると、ここにきて最初に声をかけた男子生徒であった。怯えて泣いていたせいか目元が腫れている。今は落ち着いたようでぎこちないながらも前へ進み出てくれた。


「――私も手伝うよ。皆で固まってたほうが危険も少ないしね」


 声がしたほうへ顔を向けると、残っていた同じ赤服の茶髪でおさげの女子生徒だった。他に特待生が残っているとは気付かなかった。自分も相当視野が狭くなっていたと反省する。

 そして二人が手伝うと申し出たからか、次々と協力すると宣言する者が増え、先ほどまで不安そうにしていた大半の者が気付いたら若干の怯えは残っているものの、大多数が恐慌状態から抜け出せていた。


「……感謝いたします」


 暖かくなる胸に手を添えて素直なお礼を告げる。するとそこら中から明るい声でお互いを励まし合う声が響き始めた。……こんなときではあるが仲間というものを感じられた気がしてとても嬉しかった。戦友にもなれるかもしれない。そんな空気が出来上がっていた。

 先程までの不安も和らぎ改めてあたりを見渡すと、しかして友人の姿が見当たらない。目立つ白髪のため直ぐに見つかりそうなものだが、再三周りを探してみても見当たらない。なんだか心細い。


「――隊長。これからどうしましょう」
「……なんですの、その呼び方は」


 周囲に探し人が居ないかときょろきょろ気を取られていたら、体格の大きい男子生徒が前へ進み出て変な呼び方をし始めた。それに呼応したのか周りでは一気に隊長、隊長、と親しげに声を上げ始める。

 どうにか訂正を試みたが、集団をまとめるためのリーダーが必要であること、頭を下げ、周りの生徒を落ち着かせたことが評価され、隊長に相応しいということで説き伏せられてしまった。腑に落ちないものの拘って無駄な時間を過ごせる状況でもないため訂正をひとまず諦める。

 後で訂正すれば問題ないだろうと後回しにし、優先事項の魔獣対策について話し合いをすることにした。基本的には討伐経験者や接触経験者、種ごとの魔獣の特徴が分かる者を中心に簡易的な会議が開かれる。無防備な間は索敵能力の高い数名が周囲へ気を配っていた。


「――良いですか、皆様。ここからは役割分担が必要となります。それぞれが得意なこと、出来ることを含めて役割を決めていきましょう」


 いつ魔獣に襲われるか警戒しながらも話し合いによって決めた即興の編成を行い、襲撃に備える。周囲の地形も分からず魔獣分布がどこかも分からないこの状況下で一番良くないのが時間を掛け過ぎて突然魔獣に遭遇してしまうことだ。

 ――重要なのは速さ。

 巧遅は拙速に如かず、と教えられた記憶が蘇る。過去の偉人の言葉は大事にするべきである。極限の状態でそれぞれの得意なことを把握し、活用できれば尚上出来である。

 ――まずは主に守備を中心にまとめる。

 これで万が一襲撃されても、ある程度再編成と情報収集のために時間を稼いで対処が可能だ。まだ日常で使えるような簡単な魔法しか使えない生徒ばかりなので、簡単な低位でも防御魔法が使える生徒を中心に魔法譲渡を行える生徒を含め編成を固める。

 学ぶ前だから当たり前と言えばそれまでだが、ほとんどの白服の一般生徒は攻撃魔法も防御魔法も何種も頻繁に使えない。そのため魔力が豊富で技量の高い赤服生徒を中心に編成がなされる。

 ――ただでさえ少ない赤服の生徒をどこに配置するかで勝敗は決する。

 慎重にそれぞれの得意分野を確認し、編成を進めていく。きっちり数えたわけではないが、ここに居る生徒だけでも約200人未満。新入生は約1000人に昇ると聞いていたため、全体の数割も占めないが少ないわけでもなく、話を聞くだけでも時間が浪費されるのは変わらない。

 基本的には赤服の生徒から聞き出しあとの生徒はおおまかに分けていく。全てを瞬時に記憶し最適な配置へ転換出来るほどの経験は無いため、関係者から見れば稚拙な配置になるのは目を瞑るしかない。今はとにかく速さが優先だ。

 ――それでも時間はどうしても掛かる。

 いつ何時魔獣に襲われるか分からない状態では気も抜けず、動いていないのに指示を四方八方に出しているだけでも体力が減っていき、かなり精神的にキツイ。しかし今更他の者が仕切ろうとすれば混乱が生じるのは目に見えていたため弱音を吐くことは出来なかった。


「……僕、『領域エリア』のスキル持ちだから、……未熟で範囲は狭いけど、魔獣が近くに居ないかどうか、分かるよ……?」


 指示を出しながら偵察をしてくれた生徒たちの話を同時に聞いていると、最初に声を掛け、最初に協力を申し出てくれた男子生徒が頼りなさそうだが重要なことを申し出てくれた。

 ――『領域エリア』。

 確か、使用者の熟達度によって広範囲を索敵出来るスキルだったか。それが本当ならかなりの助けになる能力である。出来れば先に言ってほしかったが周囲には指示待ちの生徒たちが多く控えているため、最初のひ弱な印象もあって声を掛けずらかったのだろうと結論付けた。


「分かりましたわ。あなたはこちらへ移動し協力をお願いいたします。何か異変がございましたら、すぐに教えて下さいませ」


 すぐに考え得る限り最も最適な位置への移動をお願いする。心得たように了解してくれると、そのまますぐに移動をしてくれた。そしてその後も次々上がる報告を各自から聞きながらも全体的な状況を地面にサッと記録しながら把握していく。

 スキル持ちの生徒のおかげで少し余裕が出来ており、周囲の雰囲気も最初とは比べるべくもなく陽気で穏やかなものだ。気が抜け始めている者が居るのは問題だが、殺伐としているよりはいいので今は様子見とする。

 ――大分、気が楽になった。そしてやっと大体の編成も完了した。

 後はこのまま隙を見て確実に魔獣を一匹ずつ仕留めていくしか道は無い。でなければこのゲーム世界からは帰還できない。あまり広く知られていないが、感覚までも再現しているタイプの高次元なソフトへ長時間ログインし続けるのは身体によろしくない。かなりの精神的負担が掛かるのだ。


「――皆様。お待たせ致しました。これからこの場所を起点に近くの魔獣から倒していきたいと存じます。基本的には防衛を中心に編成しましたので、守備を中心にご協力をお願いいたします。土魔法が使える生徒が少ないため遅れていますが、拠点ももう間もなく完成いたします。気を抜かずに備えて下さい」


 即席で土魔法を駆使し造った土台に乗り、演説を行う。話を聞きながらも作業の手を止めないようにと先に告げていたためか、皆が止まることは無い。


「拠点が完成しましたら、こちらの彼に引き続き索敵をお願いしていますので、随時魔獣を仕留めていきましょう。もうひと踏ん張りですわ。皆様、一緒に頑張りましょう」


 ――――おおおおおおお!!!

 主に男子生徒を中心に、威勢の良い声があげられる。ほとんどの生徒が気を持ち直したようで、やる気に溢れていた。焦っている内心を表に出さないように気を付けて主力と打ち合わせを行っていく。

 ――こうして士気が高いままのうちにゲームを終わらせなければ。

 それから士気が高かったこともあり、演説から本当に間もなく拠点が完成し、時間をおいて一匹ずつ魔獣を倒すこととなった。現状選考偵察で確認した魔獣の種を見るに、警戒Eレベルが最高のようで、戦闘に慣れていない白服の生徒でも協力すれば、なんとか倒すことは出来るレベルであった。

 随時気を抜かず、着実に魔獣を倒していき、拠点に戻り次の遠征場所へ出向こうと準備を始めようとした時だった。突然、周囲に笛の音が鳴り響き、直後に頭の中へ久々とも思えた声が響いた。


『は~い、お疲れさま~。よく頑張ったわね。全ての魔獣が現時刻をもって、全滅となったわ。しばらくしたらログアウトしちゃうから、よろしくね~?』


 周囲で遠征準備をしていた生徒たちが即席の武器を地面へ投げ捨て、喜びの声を上げる。緊張で長時間張り詰めていた神経の糸が切れる。今ならぐっすりと眠れそうだ。

 ――終わった。長かった戦いも。

 体感時間で約七時間。この高次元なゲーム世界ならおそらく現実の時間間隔とそれほど差はないと思われる。周囲で続々と帰還していく生徒を確認すると、やっと終わったのかと一気に気が抜けた。そのまま地べたへ座り込んでしまう。

 疲れを無視し動き回っていたせいか、現実世界と身体能力に大差ないせいか、重く感じ手も上がらない。そんな状態でぼーっとしていると、突如目の前に誰かの手が差し出された。反射で顔を上げると、『領域エリア』で活躍した男子生徒だった。


「隊長。ありがとうございました。また今度よろしければ何かお礼をさせて下さい」


 最初とは打って変わってどこか逞しい顔つきに変わったようで、少しだけ認識を改めた。彼のおかげでかなり助かったのは事実である。むしろお礼をすべきなのはこちらなのでは? とも考え自分には過ぎた申し出を断ることにした。


「――特別なお礼は必要ありませんわ。手をかして頂けるだけで十分ですわ……」


 そう言い、彼の手を取る。力なく乗せた手に、わずかに遺跡の隙間から夕焼けが差し込んだ。手を借り立ち上がりながらその光の先へ目を向けると、遺跡の崩れた壁から差し込んでいた。目を凝らすと向こう側の景色は達成感からか、ひどく美しいものに感じられた。


「寂しいですわ……」


 立ち上がって美しい景色を眺めていると、そんな感情が湧き上がってくる。ここで僅か半日とはいえ、会って間もない仲で共に戦ったひとたち。振り返れば疲れもあったが、大勢で協力した魔獣との戦闘にこれほど楽しいと思えた記憶は無い。


「大丈夫ですよ。ここから帰っても、僕たちは隊長を忘れません」
「皆様……」


 周りを見渡すと最初の頃の不安げな顔はどこへやら、短時間でここまでたくましくなるのかと思うような顔、表情に成長している。

 ――ふと、握ったままの手をさらに固く握りしめられたことに気付き、手を握っている男子生徒を見つめる。遺跡の中は暗いためあまり見えなかったが、光が差し込んだことで今気づいた。黄緑色の髪で目が赤茶色だ。

 ――そういえば、何か忘れている気がする。

 一度気になり出すと先程までの感動の場面も吹っ飛んでしまった。相手を凝視したままに記憶を掘り返す。何を忘れたのだろうか。男子生徒を見つめたまま思考していたせいか、夕日の角度が変わり、だんだんと見つめる相手の顔が赤くなっていくのが見えた。日が沈むのは速いものだと思ったと同時に気付いた。

 ――赤……?


「……あっ」


 ――最初に出来た白髪の友人。彼女の目はたしか吸い込まれるように綺麗な赤の発色だった。

 ことここに至ってすっかり友人のことを忘れていたことに気付き、一気に気落ちしてしまう。相手を見るのはやめ、いつまでも手を乗せているのもおかしいので手を引く。そしてそのまま情けない自分を反省させるように首を横に振った――。

 ――その後、元の世界に戻るまでの間ため息ばかり吐いて、大切な友人を忘れていたことをどう謝ろうかと、少女は落ち込んだのだった。

 そして手を握ったまま見つめられ最後には散々ため息吐かれた男子生徒といえば、その後しばらく自分の殻に閉じこもってしまったと現場の関係者は後に語ったという――。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く