ロストアイ
デッドorアライブはいかがですか?@その2
意識が暗転してすぐに鳥や獣の声が聞こえ、泥土や木の匂いも感じた。目を開けてみると周りはどこかの樹海のようだった。
――はて?
私はついさっきまで講堂の中で説明会とやらを受けていたはずなのだけど、これはどういうことでしょうか。
『――どうやらゲームの中のようですね。それも高度なセキュリティーシステムが複雑に私の干渉を制限してる高次元のソフトのようです』
おお、うささん。ありがとう。
思わず無人島にでも放り出されていきなりサバイバル生活が始まってしまうのではないかと……。まずは無人島生活において最優先事項である食料確保をどうにかしなくちゃって悩むところだったよ。
『……本当に無人島に放り出されても問題なさそうですね。では、私はこれで』
ま、ままままって待って待って!!
じょ、じょうだん、まいけるじょーだんでしょ!?
『…………』
ごめんごめんごめんなさいっ!
謝るからマジで置いてかないで下さいほんとごめんなさいお願いしますマジでッ!!
『…………』
――こんなところで一人にしないでっ!
『――皆さ~ん、楽しんでる~?』
独りだと寂しいからうささんに割と真面目に必死で懇願していると突然、ママの声が頭に響いた。……そういえば久々にうささんの声が頭に響いてたな。て、違う違う。絶対今はママの声に集中しないと。
『そろそろ気付いた子もいるとは思うけれど今、ゲームの世界にログインしているのよ~』
……そうか。うささんが教えてくれたからいち早く知ったけど、他の人は突然こんな未開の地みたいなとこに放り出されたら何も分かんないよね。
ふむふむと一人で納得したところでうささんの返事が無いので解説中であるママの声に再度集中する。……マジでうささんどっか行っちゃったのかな……?
『ここは【デッドorアライブ】。追うものと追われるものしかいない世界。皆にはこれから選択して頂きます。選択肢は――』
さっき言ってた鬼ごっこみたいなもんかな? ……私、逃げる側がいいな。だって今世の逃げ足にはかなりの自信あるもん。誰のおかげとか周知の事実過ぎてあえて何も言わないけど。
決して、心の声を出した途端に聞こえてるよなんて言われる恐怖に慄いている訳ではない。言わなくともバレテるもの。今更である。
それにしたって問題は事前説明が少なすぎて内容が全く分からないところだ。鬼ごっこなら最初から言えばいいのに。よし、先に逃げる側として隠れたほうが良いかな。
『……大変申し上げにくいのですがそれは難しいようです。システムに接続しはっきりと確認出来ました。ここは――』
あ、うささん居たのね。と思う間もなくうささんが残念なお知らせをお届けしてくれる。色々と理解する前にママとうささんの声が被って答えをくれた。
『『――魔獣を倒すか、逃げ切るか。それしかありません』』
――え、鬼ごっこじゃないの?
ふわっと最初に浮かんだ疑問に誰も答えてくれることは無く、ママがついでとばかりに聞きたくない説明を付け加えてくれた。
『頑張ってね~? 誰かが倒し切らないと皆、帰れませんからね~?』
「…………」
色々と気になるところではある。私が想像していた鬼ごっこは人間同士の追いかけっこであって、魔獣との命がけの追いかけっこではない。そして聞く限りだと鬼が魔獣になるけど、私たちは逃げると言うより立ち向かっていく絵面になるんだが。……結局逃げられないじゃん。
しかしママの適当な説明は今に始まったことではないので渋々納得できた。――だがしかーし。そんなことより何より引っかかることが私にはあった。確かめたくないという気持ちと確かめねばという気持ちが鬩ぎあい、最終的に諦めて心の中でうささんに語り掛けることにした。
……ねぇうささん。これ、皆に向けて発信してるんだよね……?
『そのようです。しかし分かりにくいですが、個人に向けられた意図を察します』
――ですよね~。
流れから察するにそんな気はしてました、はい。だってなんか露骨だもの。もう少しオブラートに包んでくれたら私も暫くは気付かず幸せだったかもしれないのに……。
――で? 答えは分かってるけど確認すると、結局のところ私は逃げる側で問題ないんでしょうか……?
うささんに聞くのは遠回しにママからの指令を受けたと変わらない。ここで時間を置くことなく少しだけ間を開けるとうささんが理由と共に丁寧な最後通告をくれた。
『……無理ですね。現在調べましたところ全体的に魔獣レベルが避難を必要とする警戒級の高レベルしかいません。突然この世界に放り込まれてすぐさま魔獣を倒す判断が出来る子どもは少ないと存じます』
「…………」
……言外に私を貶してますね、分かります。
盛大にため息を吐きたい心境を整え、ツッコむ気力も無い死んだ目でうささんと最終確認することにした。時間は有限である。ママの決定は必須事項。覆すにはかなりの労力が必要になるし、それをしたところで新たな心労が増すばかりである。諦めって肝心だよね。
……とりあえず状況は分かったけど分布マップ的に魔獣はどこにいるの? もうツッコまないけどさ、どうせ私がヤルしかないんでしょ?
ここ完全に未開の密林奥地みたいな風景なんだけど……。インディアンとか出そうね。
『どうやらここは他とは色々と違うようです』
他って? どこと比べてるの?
真剣に聞く態勢になった私を感じて、うささんがこの世界のデータにアクセスして情報を抜き取ってきてくれる。便利だから何も言わないけど割とマジな犯罪よね。うささんはアクセス権限が~って言って大丈夫みたいなこと言ってるけど、それならわざわざ解除コードとかでロック解除に勤しむのも訳が分からない。
マジでやってることが私の知識だと凄腕ハッカーにしか見えない。うささんはそれでも違うって主張してるけどさ、正直ハッキングと何が違うのか分からんのだけど私の認識がおかしいのかな……?
『他の生徒が居る場所とは掛け離れています。どうやら生徒の耐えられる状態に合わせているようです』
そうなの?
……でも確かに言われてみれば、急にこんなところへ事前準備無しに放り出されたら普通の人は怖いよね。遺言書でも残しておけば良かったとか後ろ向きなことばっかり考え始めちゃうんだろうね~。知らんけど。
私が思ってないのでなんとも言えないけど実際はどうなんだろうか。むしろ死にかける修羅場に慣れ過ぎて感覚がマヒしてるのかもしれない……ああ、でもでも私以外に期待してさ、せめてほとぼりが冷めるまで隠れていてもいいですかね……?
『――あ、忘れていたわ~。一部の強い生徒については簡単すぎてつまらないだろうから特別に、魔獣レベルが高く、数も多い地域に行ってもらっているので一般生徒は気負わず安心して下さいね~。きっと一匹残らず代わりに始末してくれるわよ~。――頼むわね~AIちゃん!』
ぷちっと、今度こそママからの通信が切れた。見計らったかのようなタイミングだったな、相変わらず。こりゃもうアレですわ、うん。
ゲームのくせにやたらリアルな空を見上げてみるも密林の大樹が重なり合って上まで見通せなかった。光の具合からして今はお昼かな。先は長そうだな……。
「…………」
……そうかそうかそうですか、了解しましたよ。
ほんと、そこまで念押ししなくとも分かってますとも……ほんと、世の中甘くないよね。それに名前、隠しきれてないよママ。声音はきゃぴきゃぴの女子高生だったけど、やってることがはしゃいでるってレベルじゃないエグさだよ。マジで。
『――気を付けて下さい。複数の反応がココへ近づいています』
マジかー。早速お出ましですか。隠れる暇も無かったな……。しばらくすると相手の気配が私の感知に引っかかる距離まで近づいているのが分かった。武器も何もないけど、ひとまずママに習った自己流の構えをとってバラバラに急接近してくる魔獣の群れを静かに迎え撃つことにした。
「……――」
静かに構えて敵を待つだけなのもあれなので、色々くだらないことや真面目なことも思考を巡らせていたらあることに気付いた。……気付いてしまった。
――あれ? そういえばさっきレベルが高くて数の多い地域がどうとか言ってたけど。――もしかして私って……?
余裕がある場合を除いて戦闘中は出来るだけ静かに黙っているだけのうささんが、私の疑問を察知し、敵とまだ接触していないので簡単に答えてくれた。
『……どうやら他の方たちは比較的周囲が見えやすく危険も少ない安全地域にいるようですね』
「…………」
……私の近くには? 他に誰かこの密林の奥地みたいなところに来てる人はいないの?
『……居ないわけではないのですが、距離を詰めるにはかなりの時間が掛かります。その上道筋には群れが跋扈しています』
「…………」
うささんがかなりと言うからにはかなりの距離が開いてしまっているのだろう。私の最高スピードで計算しているはずだから非常識な数値が出ているに違いない。特に今世のゲームは地球より世界の面積が広い場合もあって法則がめちゃくちゃなので、このゲーム世界もかなりの大きさなのかもしれない。
うささんが計算した私の鍛えられた俊足をもってしてかなりの時間が掛かるのなら相当よね。普通に遊ぶだけなら楽しいんだろうけど、こういう状況下では笑えない。下手したら一番近い人でも地球半球の距離があってもおかしくない。さらに途中で強力な魔獣という障害物が群れ単位で邪魔として立ちはだかる訳だから……ハハハ、笑えない。
……もうここまでくれば意地でも合流してやるんだからーーっっ!!!
『マリアの思うつぼですね』
 それは言わないお約束ね。私、まだうささんとママが裏で手を組んでるんじゃないかって疑ってるんだからっ……!
いつもいつもタッグを組んでるのかと思うほど息ぴったりに私を罠に嵌めるくせに。終わった後に事後報告するんじゃなくて先に言ってよね!
今度からでもいいから改めてよ! じゃないと私が疑心暗鬼でどこにも行けなくなっちゃう……!
『ご苦労様です』
何に対して!?
日頃の気苦労とかかな!?
もっと気遣って褒めて褒めて褒めまくって最終的には崇め奉ってくれてもいいのよ……?
私、今なら大サービスで直筆サインとウィンクもつけるよ!
『不要の産物ですね』
何言ってるの! ……後で後悔しても直筆サインはあげないんだからねっ!
後悔する様を嘲笑ってやるんだから……!
『棚から落ちた達磨にならないと良いのですが』
ふんっだ!
そんな難しいこと言っちゃって、後でサインが高値で取引されるかもしれないよ?
棚から牡丹餅になるかもよ? ここは熟慮してやっぱり貰っておかない?
『思慮に思慮を重ねた結果、棚から牡丹餅は落ちてこないと判断しました』
なんだって……!
――おのれ……そんなことを言ってられるのは今の内だけなんだぞ……!
せっかく静かに構えて傍目からはカッコよく見えているはずなのに、心の中ではうささんと子どもっぽくぎゃいぎゃい言い合いをする。緊張を解そうとしてくれてるのは有り難いし分かるけど、精神的に疲れたしむしろ怒りによる興奮のせいで血糖値が上がった気がする。
『――敵の接近です。ここからは集中しませんと本格的に絵に描いた餅となりますよ』
何? 私が集中してないとでも言ってるの!?
『はい』
コイツ――!!
唐突に話はここまでだ、と言わんばかりにうささんが空気を変える。しかし若干名残で嫌味を入れるのは忘れない。デフォルトなのでそれは仕方ない。だけど今はうささんの姿が見れないので可愛さで許せそうにもない。
改めて興奮した気持ちを内側に治めるよう呼吸を整え、表面上は冷静に構えをとる。しかし心の内側は未だ絶賛怒りの興奮状態大フィーバーだ。表には出してないけど。私は緩やかに煮えたぎる思いをそのままに前方を強く見据えた――。
絶対絶対、ぜーっったいっ!!
後悔させてやるんだからねっ!?
これも覚えとけよ……ッ!
周囲をいつのまにか急接近していた魔獣に囲まれたまま、私はいつかうささんをぎゃふんと言わせるリストに新たな項目を多数追加した。
果たしてこのリストが昇華されるのがいつになるのか、それは未来のリストのみぞ知る――。
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