ロストアイ
テスト前は一夜漬けが常識
――シグナール学園。
いくつもの巨大な専用施設を持ち、莫大な資産をもって運用されており、魔獣への対抗やその他の特殊な専門技術など、幅広い分野での学問を修められる。
巨大な学園の巨大な門。
そこには新たに始まる学生生活を前に胸を躍らせる新入生が揃っていた。
――そしてその中を颯爽と歩く一人の美しい少女が居た。
ざわざわと騒めいていた新入生たちも、その少女が横を通るたびに呆けた顔で静まり返っていった。白いシンプルなワンピースに身を包み、真っすぐと前を見つめるその赤い目は妖しげな雰囲気があり、たなびく長髪で癖のある綺麗な白髪は神秘的な輝きを自ら放っていた。
道行く人が振り返る美少女。……そう。何を隠そう、――私だ。
『……ここまで来ると言いたいことも浮かびませんね』
残念。私は今、絶賛調子に乗って気分がいいので何を言われても全くこれっぽっちも響かないよ。それにしたって何も試験を受けずに制服だけ貰ってココに来たわけだけど、本当に大丈夫なの?
『――知らないのですか? 入学試験はありませんが、クラス分けの試験はありますよ』
「なにそれ。師匠何も言ってなかったけど?」
『……知っていると思っていたのでは? 有名ですし』
そうなの? 全然知らなかったんだけど。私どんだけ世間知らずなの?
……それで、私は何をどうやって試験するの?
『まずは通常の学力テストですね』
あーマズイ。難聴かもしれない。
「……もう一度お願いします」
耳垢が詰まっているかもしれないので、気を取り直してうささんを耳元に引き寄せ再度回答を促す。私の意思を読み取ってうささんも自ら耳元に近付いて言い直す。
『まずは一般的な常識に基づく、通常の学力テストですね』
「誰が詳しくと言った、誰が」
このワザとらしいやり取りにも大分慣れた。ちょっとやそっとのことじゃ、もう慌てません。小憎たらしいうささんを小脇に抱え、先程までのキラキラした態度とは打って変わってオラオラした態度で突き進む。
先程まではぽけっとしたアホ面で私の美少女っぷりに見惚れていた連中が、まるで海を割ったかの伝説のようにサッと素早く道を開けてくれた。……ちょっと傷ついた。
『問題ありません。すぐに終わります。それに、たとえ非常識であっても不合格にされることはありませんので』
「――――」
――違う。そういう答えを求めたわけじゃない。
……でも、今分かった。
つまり私が常識だと信じている常識は、ここでは非常識の範囲になるということね。
『次に総合体力テストですね』
私の思考を無視してさっさと流れを説明してくれるようだ。たとえちょっぴり私の乙女心が傷心キャンペーンを繰り広げていようと、いつも通りで何よりである。……けっ。
『…………』
このままでは話が進められないという無言の圧力を小脇のウサギから感じたので、ひとまずキャンペーンはまた今度の機会に開催することにした。
「……総合? ……私の考える体力テストと違いがありそうね」
『戦闘能力はしかり、反射神経や五感などの感覚も測定されます』
「お~、偏ってるね~。ま、護身が必須の世界らしいけど』
魔獣が潜むこの世界ではいざという時の為に護身術を学ぶのは必須である。私も旅をしている間に魔獣を相手したことあるけど、ありゃダメね。ほとんど知能の欠片もない猛獣ばっかり。理性とは無縁。人を見れば狂ったように息絶えるまで追いかけ回してくる。不気味を通り越していっそ憐れとも思えた。
――ああ、思えば。
ヨドさんとか不思議生物だよね。一応本人も魔獣と自己申告してたし、しかもヨドさんは我が家に生息する魔獣の中でも新参者のカースト下位という情報は後から知った事実だ。
我が家に生息してる魔獣はほぼ遠目にしか確認してないけど……やっぱウチおかしくね?
『受付はあちらのようです。試験は間もなく開始されるようですので急ぎましょう』
改めて我が家が異常であることをシミジミと認識し直していると、うささんが思考にストップをかけるように声を掛けてきた。流れるようにうささんが丸い手で指し示す方向を見ると、スタイリッシュな曲線を描く机の前で並ぶ長蛇の列が見えた。
同じ服装を纏った新入生らしき生徒たちが次々と案内され奥に入っていくので、どうやらあそこから先に進めるみたいだ。最後尾に並んで再度うささんに試験内容を確認する。
「学力テストって、内容は一般常識だけ?」
『そのようですね。それほど時間は掛かりませんので、気楽に行きましょう』
まあ今更無駄に足掻いたところで、むしろ必死で覚えた単語が零れ落ちるだけ。これ、一夜漬けの鉄則。……そもそも勉強した記憶ないけど。
理由として、新たな単語は海馬が上手く吸収できないから、一夜で叩き込んだものを繰り返し見直すことのほうが建設的だからなのだ。範囲を絞ることが出来れば使える手法である。
――しかし冒険はしない。
危険は冒さず、着実に赤点を免れるだろうラインをキープすべきなのだ……。諸刃の剣ではあるけれど、局地的に絶大な威力を及ぼすのである。……そもそも勉強した記憶ないけど。
『何をおかしなことを。毎日コツコツと分けて覚えれば済む話でしょうに。ろくでもない』
「分かってないなー、うささん。短期的には一夜のほうが刹那的に多くを覚えられるもんよ。その後はハイになって燃え尽きるけど」
『やはりろくでもない。薬物のように癖、いえ、中毒みたいな禁断症状を患いますのでお勧めはしません』
……あっ!
……そう言われれば、一度一夜漬けで乗り切るとその後もどうにかなるだろうとテスト前日に家族の冷たい視線に耐えて慌てて教科書を開いていたこともあったな――。時すでに遅し。
うんうん。よくコツコツとやらなかった自分を呪いながら必死に頭に単語を詰め込んでたなぁ。……それで結局、テスト後にめちゃくちゃ出来た気になって、まるで問題ないと思って満足して帰ってきた結果に絶望して……。
だけどやっぱりテスト前となるとどうしてもやる気ゲージが下がって、グダグダと一夜漬けにかけるループに陥って……。あれ、これが禁断症状……?
『ろくでもない記憶ですね。しかし今世は私が隣で毎日教鞭を取らせて頂きましたので、そんな手は通用しません』
「え、毎日嫌味っぽく皮肉ってただけじゃなかったの……!?」
『嫌な出来事ほど記憶に残るようですので』
「やっぱ嫌がらせじゃん!」
『効率的な手段を用いたまでです。何の捻りもなく教えても耳を通り抜けていくようでしたので、仕方がありませんでした』
う……。
……そう言われると確かに最初の頃は普通に教えてくれていた気がする……完全に記憶に無いけど。
小声でぎゃいぎゃいうささんと言い争ってるうちに、並んでいた列が素早く捌かれていき、いつの間にか私の番が回ってきていた。無駄な時間を無駄な時間の為に無駄に過ごした気がする。
「――ようこそシグナールへ。必要事項の入力をお願いします。完了しましたら、あちらの案内係りの指示に従い学力テストの会場へ移動をお願いします」
愛想のいいお姉さんの指示に従い、近代的な端末を貰う。アンケート形式で名前などの簡単な内容を入力するようだ。入学書類とか出してないからその代わりとか? 適当過ぎじゃない? これ。
何はともあれ必要事項の欄を埋め、案内係のお兄さんに手渡す。そのまま笑顔で受け取ると奥の通路へ案内された。
そして何かのカプセルのような装置がある部屋に入り、カプセルへと入るように促される。恐る恐る言われるがまま中に入ると何やらスキャンみたいなことをされ、体感的に5分後、カプセルが開いた。
「はい、終わりました」
は?
「案内係の指示に従い、続いて、総合体力テストへ移って下さい」
は?
『ですから、直ぐに終わると申しましたでしょうに』
ハイテク過ぎて理解が追い付かないんですけど……!
『思考を読み取れるんですから、何故先に回答を予測して導き出せないと思うのですか』
……私は今世での一夜漬けの無意味さを思い知った。勉強はコツコツに限るということを突き付けられたのだ。
――なるほど。これでは一時のズルや騙しが効かないねっ!
……ああ、無常――。
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