ロストアイ

ノベルバユーザー330919

カワイイ子には旅をさせよう



 ヤバいやつに遭遇してから早三時間。

 今、私が逃げたはずのそいつが目の前で茶菓子を貪っていた。

 ――いいご身分である。私の秘蔵のお菓子を食べおってからに……!


「ん~?」
「ひっ……」


 やめて! 目が細い人が目を開くとガチで怖いんだから!

 なんか、雰囲気も相まって狂気じみた気配を感じるよ!

 閉じて! 速攻閉じて……!


「もう~兄様ったら、あいちゃんをイジメないの、めっ! よ?」


 いや、ママ。可愛いけど、ママ。私、まだ状況が掴めないんですけど。

 ……これ、どういうこと? ていうか、さりげなく兄様とか言ってますけど。

 え?

 ……もしかして伯父さんとかなの?

 このヤバそうな人、私の伯父さんなの!?


「あはは、それでぇ? ボクを呼んだのは、なんでかなぁ?」


 にっこり細目に戻った伯父さんらしき方がママに話しかける。

 ……確かに見えた目の色はママと同じ色だったし、ターバン巻いてて今まで気づかなかったけどはみ出た髪も私やママと同じだった。

 今の状況を確認するとここは玄関を入ってすぐの応接室だ。ママを探しに行った私はなぜか先にママに見つかりここへ連行された。そしてそのままママは少し部屋を出て同じく暫くして伯父を連行してきた。

 ――そして今。

 応接室のソファに向かい合わせで座ってるけど、ちょうど真ん前に伯父さん? が居るから怖いんだよね……。

 特に話し方が独特過ぎて只者じゃ無い感が凄い。さすが血縁。


「うふふ、何故でしょう~?」


 えぇぇぇ?

 そこは答えようよ!

 ……ほら。また開眼しちゃったよ!

 にこにこしてないで答えてあげて?

 この人色々ヤバいんだよ……!?


「――それでぇ? ボクを呼んだのは、なんでかなぁ?」


 やり直したよ!

 何事も無かったかのように仕切り直したよ!


「うふふ」


 えええっ!!

 笑うだけ? 笑うだけなの!?

 意味深に笑っても何も伝わらないよ……!

 ……え? もしかして実は二人で通じ合ってるとか……?

 伯父さんがにこっとした。通じ合う何かがあったのかな。凄い。

 そして伯父はそのまま両手を上げた。

 なんだか分かんないけど強者になると意思疎通も容易いのね、きっと――


「……あはは」


 ――ってあんたもか!?

 諦めて笑いでお茶を濁し始めたよ!?

 そのポーズはアレか。お手上げって意思表示か。凄いよ。私でも意図が伝わったよ。

 ――そして。

 暫くしても二人ともうふふ、あははって笑っていた。これ傍から見ているとめちゃくちゃ怖いんですけどっ……!!


「――そろそろいいかなぁ? ボク、そんなに暇じゃないんだよねぇ」


 さすがに付き合いきれなかったのか、疲れたように伯父が先に降参した。そしてそれを見てママがにやりとした。

 ……伯父には見えない角度だ。私にはバッチリだけど。

 しかし悪そうな顔もすぐに鳴りを潜め先程までのにこっとした顔に戻る。


「可愛い妹の頼み、聞いてくれる?」


 それはそれは綺麗な笑みでママが告げた。そしてママの言葉を聞いて伯父の雰囲気が鋭いものに変わった。

 ……おうぅ。

 やめて。いきなりのシリアスやめて。

 妙な緊張感と声のトーンの落差でドキドキするから!


「何かな? カワイイ妹の頼みなら内容次第で請け負うよ」


 今度こそ話が進みそうだ。さっきの笑いのやり取りは何だったんだ……。


「あいちゃんを、しばらく預かってくれないかしら?」
「「は?」」


 私関係ないだろうになと油断して二人を観察していたらママから爆弾発言が飛び出てきました。

 ――は?

 ちょっとママン。私良く聞こえなかったから、ワンモアぷりーず。


「二人して何を呆気にとられた顔をしているのかしら~?」


 伯父の様子からして寝耳に水のようだ。私も寝耳に放水ぐらいの衝撃は受けているところだ。……なんか変なところで血のつながりを感じてしまった。


「ママ、良く聞こえなかったんだけど、……聞いたことが間違ってなかったら私をこのヤバめの伯父さんに預けるとかなんとか聞こえたんだけど……?」


 冗談じゃない。いきなり登場して猟奇殺人起こした人に預けられたくない。


「そうよ? 何か問題あるかしら。兄様はこれでも女の子が好きで扱いもお手の物なのよ~?」


 なんじゃそりゃ。そんな理由で娘を預けるやつがあるか。しかも女好きって。確かに黙ってるとちょっと軽薄な感じに見えるしな……。


「ハッ! ……女の子が好き……つまり、ただのナンパ師か!」


 軽薄な見た目+女の子好き+扱いがお手の物+間延びした変な口調=ナンパ師……これで決まりね。完全なる独断と偏見である。というかもう、そうとしか見えなくなった。


「そうねぇ」


 ママが否定しない。つまりやっぱりそうなんだ。しかも猟奇殺人を起こすヤバいお方……。しかしそれなら先ほどの出会い頭の行動で女の子だったから私を軽くからかっていたと考えるなら辻褄が合う。

 ……からかうにしては怖すぎだったけど。何よりうささんに性別は無いしヨドさんはオスだもの。

 それによくよく思い返せば対応に差がありすぎた。

 だって思い返せばあの程度の私の攻撃とか余裕で躱せたんだと思うし――。

 ――なるほど。いじわるが好きなタイプと見た。それなら、


「もしや、か弱き乙女を遊び半分でポイ捨てしまくった過去が合ったりして……」
「……そうねぇ」


 否定しないんかい。

 私とママの会話をニコニコと見守って口出ししなかった伯父が動いた。心外だとばかりに割って入る。


「ひどいなぁ、ボクは普通の女の子には紳士的だよぉ?」


 黙れ伯父さん。今はあんたの女癖とか聞いてないんだよ。

 しかもなんだ。私が普通の女の子じゃないとでも言いたいのか。しばくぞ、ママが。


「聞こえてるよぉ~」
「ねぇ、ママ。仮に私を預けたとして、私は何をすればいいの?」
「そうねぇ」
「無視しないでねぇ~」


 スルーだ、スルー。

 先に女同士で話をつけておかないとね。ママが何を考えてるか……は分かんないけど。ママの話が何よりも優先。もはやこれは家訓。


「兄様について行って世界一周旅行、なんてどうかしら?」


 なんだかとっても嫌な予感がする。


「……いつから?」
「今から」
「いつまで……?」
「うふふ、学園に通う直前までよ~」


 ナ、ナンダッテーー。

 学園に通うまでって、確か十二~十三歳から入学出来るから最低四、五年はこのヤバそうな伯父と旅しろ、と?


「ママ。ちぇんじで」


 誰がこの女好きの狂人についていけるか。確実に変な進化を遂げるよ!


「失礼しちゃうなぁ、ボクはマリアや他の兄弟姉妹より優しいからマシだと思うよぉ~?」
「やっぱりキープで」
「手のひら返しが速いねぇ~」


 馬鹿言うんじゃないよ。この伯父がマシな部類で他の伯父や叔母がママレベルに匹敵するならもう一択だろうよ! 断固一択だよ!


「ふふ、これで話はまとまったわね」


 何も纏ってませんけど?

 この女好きでヤバめな伯父が一番マシらしいことしか判明してませんけど?


「それでは兄様。頼みましたよ? くれぐれも――」
「――ボクは気楽に生きたいんだけどなぁ~。まぁ、どのみちマリアの頼みなら受けざるを得ないからねぇ~」


 なんか、雰囲気的に纏ったっぽいんですけど。

 ――え? 冗談でもなく、本当に今から旅に出るの?

 何の準備も完了していないよ?

 それについさっきまで殺されそうになったんですけど!

 なんか空気に流されたけどうささんとヨドさんの犠牲は忘れてないからね!?


「ママ! さっきこの人、うささんとヨドさんをイジメてたよ! 二人の遺体が、外に……!」


 ――ピシッ

 空間が一瞬にして凍り付いた。


「――兄様?」
「あれぇ? ボク大ピンチじゃな~い?」


 ――うぅ、想い出して悲しくなってきた。……涙があふれそうだ。今も無残に切り刻まれたうささんとヨドさんの亡骸が外に……。

 空間が凍り付き、今にも涙が決壊しそうな時だった。


『――亡き者にして頂きたくないのですが』
「あのお蛇ちゃんもお寝んねして貰っただけだよぉ~、殺したなんて人聞き悪いなぁ~、だからマリアも落ち着こうねぇ~?」


 なにやら伯父が言い訳を述べている。しかし視界もぐにゃぐにゃと悪く、耳もバカになったようで上手く聞き取れない。

 ――うぅぅぅ……なんだか幻聴も聞こえる。


「そうなの~? もう、あいちゃんが紛らわしいこと言うから早とちりしてしまったわ~」


 ママが伯父の言い訳に何やら納得したのか「ヨドちゃんはお気に入りのペットなのよ~」と微笑みながら出しかけの日本刀をゆっくりとソファの裏に戻した……。


「…………」


 …………って、日本刀――!?

 ソファの裏って、そんなものありましたっけ!?

 あれ?

 最初この部屋に入ったとき、ソファ裏には何も無かったよね!?

 どこから出したのその凶器! ママ怖すぎる……!

 ――ハッ……!

 ママのあまりの衝撃に正気に戻った。それで視界も聴覚もクリアになった。戻った視界の端に、気付くと宙を浮くピンク色のウサギさんが見えた。

 ……幻聴としてスルーしちゃったけど、うささん生きてたの!?


『ですから、殺さないで頂きたいのですが』


 変な膜に包み込まれたうささんがボロボロなのに呆れているのが分かった。

 ……おお。なんか地味に治っていってるよ!


「まあまあ、うさちゃんも元気なら問題ないじゃない。早速あいちゃんのことうさちゃんにもお願いするわね~」
『問題ありません。ただし修復が完了するまでは待って頂ければと』


 先ほどの殺伐とした雰囲気はどこへやら。ママが上機嫌になる。しかし確かに見る限りうささんのあの修復ペースじゃまだ時間掛かりそうかも。


「あはは、ごめんねぇ。癖でぬいぐるみは無残に切り刻みたくなっちゃうんだよねぇ……特に桃色のぬいぐるみは」


 ……やっぱ危ない人だったよ! 絶対、うささんにはもう手出しさせないよっ!?


『これは、別の問題がありそうですね』


 なんてのんきなんだ。もっと危機感持ってよ! 切り刻まれた仲でしょ!?


「うさちゃんが頼りよ~」
『……善処いたします』


 ――結局。

 私はその後すぐに旅支度を行い、たんこぶ作っただけだったヨドさんやママに見送られながら幼女(世間知らず)、伯父ヤバい、ぬいぐるみ(AI)という謎パーティーを組んで旅立って行った。

 ――でもなんか忘れている気がするんだよね……なんだっけか。

 ま、いいか。


「――あいちゃん! あいちゃん! パパ忘れてるよ! 帰ってきたら居ないってどういうこと!?」
「うふふ、女の子は気付いたら旅立っているものよ」
「聞いたことないよ!?」
「未練がましいわね。諦めてお仕事しましょうね~」
「あいちゃああああああ、ぐふっ!?」
「ふふ、静かになったわね。さあ行くわよ~」


 こうして我が家は白目を剥いたパパを引きずるママという日常に戻っていったとさ……。

 ――――一方その頃。


『……前途多難ですね』
「知っとるわ!」
「あはは~」


 私の苦難の旅は始まったばかりだった――。




~第一部完~

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