ロストアイ
うささん革命@その2
「――ただし、ちゃんと残りの宿題を終わらせてからね」
――ですよねー。そう言うと思ってました。
……そんなわけで。
そのまま粛々と自室に帰りましたとさ。
もちろん、修了出来たらうささん実体化計画を実行する許可をいただきましたけどね。
速攻で許可貰ったけど、実際は怪しい実験してて忙しいから許可が貰えたんだと思う。
……ママ。調合とか得意らしいし。
私も再来年からお勉強予定だって聞いてたよ。……きっとサバイバル術の一環とかそんなもんだよ。うん。そういうことにしておいて。
『確かに、サバイバルに役立ちますね。いつになるかは知りませんが。ですがそれ以外に必要となる場面もあるでしょう。優先的に覚えて損はないと思われます。
今年の課題が残りたった一つのみとなるほどに優秀だったのですから、マリアも予想外のことではしゃいでしまい、来年以降の予定を大幅に前倒ししたのでしょう。貴重な学びの為に。
過程などを教えるだけとはいえ調合知識は理解を深めるのに時間を要します。本来は秘匿されることも多く、一般的に秘薬は作ることに時間が掛かるものも多いですから。貴重な学びですので無駄なことにあまり時間は使いたくありません。あと一つ片付けたら依代移行が可能ですが、どうでしょうかね』
幼児のスポンジ脳による吸収力の凄さは身に染みてるし、そんな時期の貴重な時間を無駄にしたくないっていうのは分かるんだけど。
……残りって、アレだよね。
――魔法。
これだけはイマイチ感覚を掴めなくて……これだけ今年分のノルマを達成できてないんだよね。他については生まれついた身体が凄いのかこれがこの時代の普通なのか、すんなりサクサクと修了しました。
『どうやら実行に移すにはまだ、かなりの無駄な時間が掛かりそうですね』
失礼な。
確かにいきなりこれだけ感覚的指導で開始されたから困惑の極みな上あまりに意味不明で何も進展してないけど……。
だってさ?
心の声に耳を傾けるんだ、とか。
大気や自然を感じろ、とか。
とにかく感覚を見つけろ、とか。
どこの戦闘種族だ、いったい。
内なる声とかまったく聞こえないよ。どんなに集中しても聞こえてくるのは余計な一言が多い人工知能の悪口だけだし。
え、何?
もしかしてお前が私の内なる私ってか。冗談。
こんなの無茶ぶりにもほどがあると思わない……?
魔法とかそんなの空想や想像上でしか知らない時代から来たというのに……。
――しかも聞けば初級魔法レベルは子どもでも使えるとか……。
本当か疑わしいんですけど。
絶対ホラだよ。
むしろママとした他のお勉強のほうがレベルが段違いなんですけども。何度命の危機に瀕したか分からない。
あれ?
おかしいのはどっちなの……?
まさか私の方じゃないよね……!?
『おかしいですね。転生者がここまで魔法を使えないといった記録が見当たりません。何故でしょう』
私が聞きたいわ!
こんちきしょう……。
――なんで。なんでなの?
なんで皆この訳分かんない脳筋教育で魔法使えるの?
もしかしてみんな感覚派なの?
こ~んな近未来的世界なのに。実は感覚派しかいないのっ……!?
近未来に相応しい超高次元的な理論や理屈はどこ行ったの?
誰か、説明プリーズ――!
『始まりは第一発見者が感覚で魔力の存在を知覚し、魔の法則を編み出しました。その後続いた者たちも同じ手順で感覚的に魔法を取得。こうして魔の法則を知覚した、という歴史があります。
その後も理論的な原因を調べる科学者が居なかったことも無いのですが……。結局建設的なことが解明出来ることも無く。
最終的には「魔法は誰でも感覚的になんとなく使えるようになるのだから、そんな研究は何の役にも立たない。研究するだけ税金からなる費用と時間の無駄」、という社会からの批判で時代の波に揉まれ、次々とどうやって魔力や魔法を知覚できるかという解明から日常で役立つ魔法の活用方法についての研究へ変わっていきました。
ですので現在に至るまで魔法の発現は個人差があるものの感覚的に掴むものが常識として一般的に広く知られています』
――そっかあ……。
……ダメだったか。世間体には逆らえないものね。納得。
……てそれじゃあ私の悲しき現状にはなんの解決にもならないよっ!
魔法誕生の、科学者たちの悲しき時代背景が分かっただけじゃん!
そんな背景を詳しく知って私、今とても悲しい。私限定で今、頗る役に立ったはずなのに……。
ちくしょおおおおぉぉ……!!
それじゃあもしかしてアレか。ひたすらそれっぽいことして自分で何とかしろってこと!?
……冗談キツイよ。私だけどんだけハードモードなのっ?
『それっぽいとは、あの変な儀式たちのことでしょうか。あれはそういった意味があったのですか。あまりのストレスで非行に走ってしまったのではないかと記録してしまいました。記録を上書きします』
ストレスって……。
やっぱりうささんも数々のお勉強が幼女には不適切なものだと思ってたのね。ストレスで反抗期に入って非行に走ってしまいそうなほどには……。
……この、裏切り者っ!
黙って見てて面白がってたのね……!
この悪魔!
鬼!
最っ低っ!
『いえ。嫌がるそぶりを見せても実際にはかなり楽しんでおられたようですので口出しは無用かと思いまして。
それに楽しいといったようなことを自らマリアの前で呟き火に油を注いでいたことについては特に言及していません』
今した。今したよ?
バッチリ言及しちゃってるよ!?
……確かにあの時の私は迂闊だったさ。おかげさまで先の課程をどんどん前倒しし、既に今年の課程が魔法を感じることのみになってしまったからね……ほんと。
何やってんだ私。今すぐ過去に戻って迂闊な発言を取り消したい……!
だって本当に迂闊すぎる。何回、「あ、私死んだ」ってなったことやら……。
遠いお勉強の日々を追憶しながら死線と隣り合わせの日々を想う。
あれ?
やっぱりおかしくない?
私、五歳。ぴちぴちの幼女。
将来の結婚相手はパパが良いと言ってしまう、微笑ましい第一黒歴史が発生しやすいお年頃なのよ。私は一切言ってないけど。
ごめんねパパ。ヘタレはちょっと無いなぁって思います。いくら顔がカッコよくても許容範囲ってものがあるよね。シャキッとしたらカッコいいのに……。残念。
でもね?
これでも色々と試してみたんだよ。うささんには非行に走ったと思われてたみたいだけども。
例えば、
修行僧を参考に座禅を組んでみたり……。
足が痺れただけだったな。静かにしてると逆に思考が超加速するんだよね。それに合わせて脳内でうささんが邪魔してくるし。
――煩悩だらけで失敗。
それで煩悩を捨てきれずの失敗なら煩悩を失くす修行がまず必要と思いつく。他に修行っぽいのはと定番の滝修行を思い出し、それならばと滝に打たれようとしてみたり……。
滝が無いから代わりにした自室のウォータースライダーで普通に遊んだだけだった。スリリングでとても楽しかったです。
――煩悩が増えただけだった。
実際、生きてて何も考えていない人間なんて存在しない。必ず何か考えてるから身体が動かせるのよ。だから所詮、漫画にあるようなご都合主義は現実には起こらない。
しかーし!
大変貌を遂げている地球の未来とはいえ、漫画やラノベのような世界に転生したも同じ環境だ。ならば漫画のキャラを参考にしたらどうかと。その場の思い付きでひたすら正拳突きしてみたり……。
――数回やって飽きた。
だって楽しくないし。ただただ辛い。幼女の非力を舐めてた。しかも動いたせいかお腹も減る。つまらないことに幼女の体力は素直だった。
そこではたと思い当たったのが、人間の欲求の一つである食欲をストップさせれば身体が反応して何か変わるのではないか、と。
――悪魔の思い付きだ。
そうして幼児の邪念を捨てるべく、思い付きでプチ断食してみた……。
結局、「ダイエットするのもいいけど、今は成長期なのよ。しっかりと食べなさい」とママに叱られただけだった。
……ママも普通に怒ることがあるのね。初めて知りました。
そしてママの言う通り幼児の身体にはキツかったのか、直ぐに土座衛門になった。主に幼児の精神が大幅に摩耗したのみだった。後から聞いたけど、麻薬患者みたいにおやつを求めてたっぽい。
……全く覚えてないけど。こわっ。
――これまでの思い付きは尽く失敗した。
私の意思が幼児の身体の欲求に負けたのだ。おそるべし、本能の赴くまま生きる子どもの純粋な短絡思考――。
それで精神的に弱いのならばと、今度はヨガのポーズをした……。
ポーズなんて知らないから仰向けになってこの世界の広さについて考察しただけだったけど。
……ある意味幼女にあるまじき精神の成長だった。
手詰まりになった私は何か、どこかにヒントは無いかと記憶を巡らせてみた。そして想い出した。前世のくだらん記憶を。
それは前世の理系友達がある日突然廊下の壁に向かって変な態勢を取った記憶だ。普段理系が揃うと訳の分からない数字と記号の羅列で会話をしているのは知っていた。
けれど私はいよいよ末期かと、それしか思わなかった。だが思い返せばあれは脳の記憶力を手助けする行為だとあの子は言っていなかっただろうか。
とりあえず何も思いつかないので前世の理系友達の真似をしてみた。さらに言えば頭がいい人のマネをすると自分の頭もよくなるらしいと誰かから聞いた気もする。
理系と文系じゃ見てる世界が違うというのだ。きっと私の見えてる世界にも変化が……!
という期待を胸に当時のあの子の説明を想い出し、壁に頭つけて一人でサイン、コサイン、タンジェント……。
前世の悲惨な数学の悲劇を想い出して気が滅入っただけだった。
……ああ確かに世界は変わって見えた。チカチカと。
――培われた精神力が一気に減少した。
八方塞がりで万策尽きたと思った。まさに万事休す。魔法なんて使えないんだ。そんなものはやっぱり幻想か妄想なんだと、疲れた私は安息のベッドで寝転がる。そして思った。
――無になりたい。
今までの苦行でダメージを食らった頭で思ったことがそれだ。末期なのは私だった。人のことは言えない。なので貝になろうと思った。
貝と言えば海。
海と言えば水。
水と言えば、――
――プールが目の前にあるじゃないか……!
よし、潜るか。
――私は貝になる。
そしてその一心で水深が深めの屋内プールにて潜水……。
結局おぼれて用意周到なうささんに水揚げされたっけか。
……そのうちまな板の上で捌かれそう。
ここまでくるともはや一周回った。もう、何も失うものは無い。なので最後に私は血迷った。新世界の住人になろうと。不治の病ならば効果がありそうだと。
そう決意し、しかしそれでも少し残った冷静な私が恥を忍んで「右手が疼く……!」とか小声でやってみたり……。
――だめだった。
無駄に声が反響して頭がズキズキした虚しい記憶しか蘇らない……。何が新世界だ。虚しさしか残ってないよ。
……とまあ。他にも色々と真面目にくだらないことまでやったけど、特に効果があるものは無かった。感覚って言っても難しいよね。こう、
もわもわ、とか。
ばりばり、とか。
ぞくぞく、とか。
……私には前衛的過ぎて全く理解出来なかった。どうすればいいんだ、これ。一体何がトリガーなの。私の魔法のやる気スイッチはどこなのよっ……。
『感覚自体、文字としての記録しか知りませんが……それほど難しいのでしょうか』
想像以上に難しかった。
……ちょっと舐めてたよ。まだ私以外会ったことないけど世の五歳児はどうしてるんだ。
ほんと、何がダメなの?
幼女、つらい。
誰かなんでもいいんでヒント下さい。
あ、擬音語じゃない、理屈が分かりやすい具体的なヒントでお願いします。切実に。
コメント