ロストアイ
幼女に慈悲を
とある少年は、夢を抱き、身一つで大海原へと飛び出した。
またとある少年は、池の主を釣って、父の背中を追いかけ海を渡った。
――いずれも、大きな夢があって何よりである。
つまり、何が言いたいかというと……。
……子どもにとって最初の冒険っていうのは外に広がる未知の世界なんだよね。それが広大であればなお、よし。
「――つまり?」
「ごめんなさい。ゆるしてください。ごかんべんをっ……!」
冒険とは終わりがあるものだ。目的が達成されればその冒険は終わる。そして、新たな冒険が生まれる。物語とはそれの繰り返しだ。かくいう私の短かった冒険も今、終わりを告げようとしている。新たな冒険の始まりだ。
……私はそれを阻止しようと必死に懇願してる最中ではあるが。
――私は今、数々の先人が助けられたという、あの伝説の伝統奥義を実践中だ。
これを幼女の身で披露することがあろうとは……。
『これがあの、土下座ですか。データには残っていましたが、現在では見られることがない動作ですね。興味深い。公的なものとして記録しましょう』
やめてぇぇええ!!!
幼女のマジ土下座を、公的スタンダードにしないでええっ……!
事案だから!
これ、記録として撮って、残しちゃダメなやつなの!
のっと一般公開っ!
「へぇ~? これが、あの」
――あ……そうだった。まだ謝罪中だったんだ……!
後世に渡る公開処刑の恐怖を予感してしまい、思わず顔を上げて虚空を睨んでいた。
――まさか……コイツ、ワザとかっ!
内心でうささんを疑っていたら、こちらを興味深そうな目で見下ろす人物が狭い視界に入った。
――むむむっ……じっくり観察されてる。……よし。出来ればこのままうやむやに……!!
別のことに興味が割かれている今の状況なら、うやむやに出来るかもしれない。そんな思惑と共にひたすらじっと待機。
『マリア。ここへ来た目的があるのでは?』
コ・イ・ツ……!
私の考えを分かった上で聞きやがったに違いない。反論しようとだめだ、思考が筒抜けな相手に勝てる気がしない。
「あら。そうだったわね。変なことしてるから意識を逸らされてしまったわ。さすが、私のあいちゃんね。ママ感激!」
そういえばそうだった。私は今、実の母親に向かって、幼女の身で土下座中だった。
……世が世であれば、施設の方がやってきて強制連行されるほどの児童虐待ですね。判ります。
――だがしかし。
まさか幼女が自分の意思で土下座をしているとは誰も思うまいよ……。むしろやらせてるとしか取れない、この状況……!
……ただし。
お察しの方がいる通り、土下座という伝統動作はこの時代では絶滅の危機に瀕している。
つまり幼女がへばっているのか、変な格好で遊んでいるとしか思われないのだ。……切ない。
『マリア。アイは先程、転生者となりました』
「まあまあまあ! それは好都合だわ!」
ん……?
……好都合?
なんか、実の母から聞いてはいけない言葉を聞いた気がする……。
……あ。そういえばアレが嫌だから、自分の安全区域を出る決心して未知なる外へと旅立ったんだっけか……。
……そっか。確かに精神的には好都合でしたね。
――のおおおぉぉ、終わった……。
「さあさあ、あいちゃん。ママと行きましょうね~。怖くないですよ~。ちょおっと気持ち悪くなるだけですからね~、すぐ終わりますからね~」
のおぉぉ……!
――やめて。その、不安をとことん煽っていくスタイル。
い・や・だー!!
若干痺れてしまった足で抵抗を試みるも、幼女の基本スペックである非力さにより虚しい結果で終わる。今後を予見してか顔から血の気も引く。
「ふふふ、照れちゃって」
違います。
『顔が青いですが』
そうだそうだ! もっと言ったれ!
「そう……? 照れるとちょっと青褪めるものよ?」
『なるほど。新たな発見です。データに記録します』
――違う!
うささん負けないでー!!
ママ、分かってて青褪めてるって、バッチリ言ってるよね!?
意味分かって言ってるよね!?
騙されないでっ……!
――理由は分からないけど直感的に、絶対、照れるの意味が限定的過ぎる気がするよっ……!
お願い、気付いて――!?
そんな私のハラハラした思いとは裏腹に。がっしりと掴まれた腕によって、無情にも身体ごと引きずられていく。
……入るときはあんなにも重厚だった扉が、手をかざしたわけでもないのに独りでに開いた。
――なんてことだっ! 私の時は開くまでかなりのタイムラグがあったというのに……!
そのままズルズルと引きずられながら、この世の儚さを想う。
――前世含めて、短い生だったなぁ……。
そうして幼女にあるまじき達観した遠い目になりながらも、視界にちらちらと私を連行する今世の母親が見えた。
……それにしても、だ。
今世のママは美人さんだな。完全な白なのに艶々とストレートな髪。少し鋭くキリっとした黒眼。褐色の肌はシミしわが一つもなくぷるぷると潤っている。全体的にまだ少女のような印象が強い。色合いや外見だけならエルフっぽい。エルフだったとしてもありえない外見の若さだけど。
――本当に年若い少女にしか見えない。むしろ私の姉だと言われたほうが十人中十人がしっくり来るほど。間近でマジマジ見ても一児の母とは思えない若々しさである。
……まぁ、私がまだ五歳児なのであまり説得力は無いと思うけど。
――ああ、だめだ。
違うことに思考を逸らしてみたけれど、刻々と近づくアレに気絶してしまいそうだ。むしろ気絶したい。てかして下さい、お願いします。マジで。
しかし無情にも私の神経が図太いのか、一向に気絶できる様子が見受けられない……。自分の意外なタフさが憎い……!
『おおげさですね。死ぬわけではないというのに』
死ぬの!
精神的にガリガリとっ!
――それはもう、例えるなら高速道路を窓ガラス開けたまま車運転しているようなもんよ。
『分かりにくいですね。どういうことでしょうか』
知らないの?
跳ねた石ころが弾丸みたいに飛んでくるんだよ?
……あそこはもはや、戦場真っ只中のような危険地帯なんだよ。一度目の前をひゅん、って弾丸が通り過ぎていったらトラウマものだ……。
経験無いの? 結構頻繁に起こるよ……?
『それはただ、経験から学習していないだけでは? それでよく、無事で済みましたね』
いや。死んだからここに転生したんですけど?
『つまり。もともと何事に関しても学習能力が低かったのか。もしくは、自己管理が疎かであったかと予想が出来ます』
うっ……先に精神力を削ってくるとは……。
――ひどいっ。
そこまではっきり言わなくたっていいのに……!!
私だって、頑張って生きてたんだよ!?
「さっきから、何を話しているの? ママ寂しいから混ぜて? ね?」
『自己管理の重要性について、考察しておりました。マリアはどう考えますか』
口に出さずにうささんとやり取りしていたらママが食いついた。うささんの声は私にしか届いていないはずなのに、よく会話してるって分かったよね。不思議。
ただ今度はママにもうささんの声が届いたのか、一度足を止めたママがそれはそれは不思議そうに首を傾げた。
そして結論が出たのか、にっこりとこちらを見て私に言い聞かせた。
「自己管理? ……そうねぇ。極めれば軟体生物になれるわよ。これが、実戦でも役に立つのよ~」
普通に聞いてたら途中でまさかの武闘派な意見……!
自然に言うから思わず、そうなのかーってスルーしかけたよ!
……軟体生物ってナにソレコワい。
――うわあ……。
想像したら気持ち悪くなった……かなりキモイよ、それ。うっぷ。
「どうしたの……? 心配せずとも、あいちゃんも頑張れば出来るようになるわよ……?」
そんな心配は毛ほどもしてませんっ!
この吐きそうな顔見てどんな認識したんだ!
さっきから、方向性が色々と違うよ!
――というより。
さっきから、何?
皆して私の精神をガリガリ削りに来よってからに……。
ワザとか……ワザとなのかっ……!
『心外です。緊張を和らげるための小粋なジョークではないですか。自分からドツボにはまっているのでは?』
その場でもっとも状況把握が速いうささんが何か言ってる。これが小粋なジョーク、だって……?
――いやいやいや。かなり、誘導してましたよね?
ママのことを把握した上での、誘導ですよねっ!?
心外なんて言ったって、もう騙されないよ……!
ママにもうささんの声が届いたのか、にっこりしていた顔からムスッとした顔へ変わる。違和感ないな。
「――ジョーク? 私はいつも真面目に答えているわよ。失礼しちゃう」
それだけ言うと気分を害したのか、ぷんすかと、私の連行が再開された。さっきより連行速度があがっている。
……神様お願い。
幼女に慈悲をっ……慈悲を授けて下さい……!
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