ロストアイ

ノベルバユーザー330919

合理的判断によるものですので

 
 綺麗な木目調の表面は暖かみがある明るい茶色。まるで活き活きした大木のような存在感を演出している。

 ――さらに、几帳面に整えられた机の角は職人の優しさが伝わる丸角。

 そして机の下に入るコタツの布は冬になるとプレゼントを無賃金、無休憩、自腹で配り回ってくれる慈愛精神溢れる白いおひげのおじいさんのトレードマークのように立派な赤でした。いかにもな風情を醸し出してくれている。

 ……毎年毎年、都合よくお世話になったものだな。

 ――クリスマス? なんて素敵な行事だろうか!

 あれほど都合よく欲しいものをねだれる行事なぞ、なかなかないものだ。まさに子どもたちの希望である。

 そんな素晴らしい色の下にはON、OFFのスイッチが設置されている。ふわふわの白い絨毯を踏みしめながら早速スイッチONにして足を入れた。


「ほわぁ~」


 いや~たまらん、この感じ。時代が遥か先に移り変わっても変わらない、このホッと感覚。

 はあああぁぁ……病みつきになってやめらんな~い。

 ……このまま溶けちゃいそう――。

 ――ああ、出られない……もう、何もやりたくない……。


『だらけきったオノマトペですね』


 ……無粋ね。このだらだらしたくなる感覚を分かってないな~、ほんと。まあ機械じゃ分かんないだろうけど。


『まるで溶けかけのアイスクリームです』
「溶けかけアイスで悪かったわね……だけど前世も今も平穏無事にだらだら一生を過ごすのが私のモットー。それは変わらないの」


 特に今はだらだらアイテムが目の前にあるんだから。モットーにある通りだらだらしなくちゃ他に何をするっていうの?

 コタツに失礼でしょ。そう思わない?


『なるほど、コタツはそういった用途で使われていたんですね』


 うん、なんか勘違いしてそうだけど……。

 ……誰が困る訳でもないしな。ま、いいか。


『ところで、よろしいのですか』
「……何が?」
『部屋を出た目的のことです』


 ――そうだった……完全に忘れてたよ。

 しかしどうしよう……うーん。でもコタツの誘惑からは逃れられないっ……!


『先延ばしに出来ないことだと存じます』
「だよねー。ほんとどうしよう~困ったな~」
『不思議です。全くお困りに見えません』


 失礼な奴だな。いいけども。

 だら~っとだらしなく机に突っ伏し、へにゃあっとしたアホ面を晒す。幼女であることと近くに誰も居ないからこそのこの顔だ。よそ様には見せられません。

 ……ああでも。変な声、もといAIがいたな。……見える姿も無いし、ノーカンで。

 ――あ、


「そういえば、今更でなんだけど、……なんて呼べばいいの?」
『何のことでしょうか』
「いつまでもAIじゃ味気ないでしょ?」


 というより、私が呼びにくい。名前が被るし。


『――お好きにお呼び下さい。決まった名など存在しませんので』
「そう? ――じゃ、うさね」


 変な間はあったけど、言質――じゃなくて。許可は頂きました。なので思い付きで速攻命名。名前は簡単で覚えやすいほうがいいよね。キラキラネームなんて作るだけで呼ばなくなるし、読めない。


『可愛らしいですね、由来をお伺いしても?』
「うさんくさいから」


 これに限る。だって、さっきからなんか怪しさプンプンなんだよね。妙に馴れ馴れしいし。記憶が戻った私には最初から今までずっと胡散臭さしか感じられない。


『なるほど、勉強になりました』


 しかし反応がたんぱくだ。ちょっとした思いつきと出来心で決めた名前とはいえ、もう少し違う反応が欲しかったかな……。うさんくささ倍増。


『ところで、急激にこちらへ接近する反応が確認されましたが、いかがいたしますか』


 ――ん? 接近……?


「……ちょっと待って。それ、もっと早く言ってくんないかなあ!?」


 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……!!


「ちなみに誰が来てるか分かっちゃったりします……?」
『……そうですね。顔は見たことありますよ』
「ちょっと!? 遠まわしで言わないでよっ、余計怖いでしょうが!!」


 なんで恐怖を煽ってくスタイルなのっ! おかしいでしょうよ!


『いえ、もうお分かりかと判断しましたので』


 なんて性格悪いんだ……!

 プログラム? に人格があるのか現段階では断言できないけどっ!


「うささん、うささん」
『とてもファンシーで可愛い呼び方ですね、何でしょうか』
「…………」


 ……そうね。それは言ってて私も思ったけど……思ったけどもっ!


「……うん。指摘してほしくなかったかな……ちなみにうささん」
『はい』
「もしかしなくても、相手の現在の感情とかも把握できたりします……?」


 ……いや、まさかね。うん。まさかだけどね。念のためにね、一応ね!


『はい、可能です』


 そっか~分かるのかー。へぇーほ~ん?


「……で? どうなの……?」
『どうとは』


 またまた~。はぐらかそうとしても無駄なんだからねっ。


「ね? 分かるでしょ? ね? 教えてよ!」
『急接近中の反応の現時点の状態でしたら……』
「でしたら……?」


 ――ごくり。


『軽い怒り状態? ……のようです』


 ――いやいや。いやいやいやいやいやいやいや……!


「細かいことは……?」
『ワタクシ、元は何の変哲もない只のプログラム、デスノデ』


 ちょっとおおおっ!

 なんで急にカタコトになってんのよ!?

 ――あんたやっぱり胡散臭い! 怪しさ満点じゃないの……!?


「…………?」


 ――……あれ、そういえば。


「……近くに見つかりにくい場所があるからって、食堂に案内したのはうささんよね」
『さようでございます』
「……なんでここに来てから然程時間も経ってないのに、まるで最初から私の居場所が分かってるみたいに誰かが急接近できるの……?」
『ドウシテデショウ、ワタシモワカリマセン』


 犯人こいつだー!!

 絶対にこいつだー!!

 おもいッきし口調が変わってるよ!

 さっきまでペラペラだったでしょっ……!?


「騙したわね……!」
『人聞きが悪いですね。合理的判断によるものです』


 何が合理的よ!

 ……私に都合の良い甘い言葉を散々かけてくれたのにっ。まるで味方であるかのように、まんまと騙してくれちゃって……!

 マジ許せん――!


「絶対許さん……!」
『いずれ同じ結果になりましたので。貴重で有限である時間を無駄に生きさせる必要は無いと、判断いたしました』


 ……コイツ。まさか今、人を実験動物みたいに扱ってるわけ……?


「きぃーーっ! 覚えておきなさいよっ!」
『了解しました。猿の鳴きまねですか。記録します』


 ……いつか。いつかぎゃふんと言わせてあげるんだからああっ……!

 私はギリギリと歯を食いしばり、目の奥に燃え上がる炎の幻影を灯しながら固く心に誓った。

 ――今に見てなさい! きぃーーっ!!

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