彼処に咲く桜のように

足立韋護

道の行方

 身長が更に高くなった太一は、夏を先取りしたような半袖半ズボンに身を包んでいる。短く整った髪型は相変わらずだ。
 葵の見た目は当時とあまり変わった様子はなく、花柄のワンピースにジーンズの上着を羽織り、腕を組んで仁王立ちしていた。
 髪の色を茶色に染めている咲は、顔に不釣り合いなほどのサングラスを外し、適度に化粧気の感じられる目元で誠司を見つめている。服装はシンプルに袖を捲った白のワイシャツに、股下の高い黒のスラックスを履いている。


「相変わらず、やってんのな」


「ふん、悪いか」


「ほれほれ、せっかくのスーツが汚れてるじゃないか」


 葵が誠司のスーツについた汚れを手で払ってやる。咲は誠司に近づくと、肩を軽く叩いた。


「よっ。久しぶりっ!」


「お前も相変わらずだな」


「お互い様、でしょ?」


 誠司は鼻で笑って返した。
 葵の提案によって、六年前、さくらの容体に関する報告会の場所となっていた喫茶店へと入った。六年前と変わらず、誠司はカフェモカ、太一はミルク多めのカフェラテ、葵と咲の二人は抹茶ラテを頼んだ。


「誠司はまだあのスーパー続けてんのか?」


「あのまま社員になって、ようやく現場の指揮を執るまでにはなった。一人のバイトがミスばかりでな。本当に世話が焼ける。そういうお前は戸井高の教師なんだろう? 生徒達はどうなんだ?」


「まあまあ個性派揃いってとこだな。残業ばっかでモンスターペアレントの対応とかあるし、激務だとは思うけど、やり甲斐はある。良い仕事だぜ」


「立派になったものだ。そういえば葵が何をしているか聞いていなかったな」


「ああ、そっか。誠司には話してなかったかな。今は弁護士目指しつつ大学院に通ってるよ。まだまだ学ぶべきことはたくさんあるからね」


「弁護士? ずいぶんと立派だな。スーパーの一店員から見れば、まさに雲の上の存在だ」


 葵は照れたように笑いながら運ばれてきた抹茶ラテに口をつける。


「それで咲、お前は相変わらず────」


「ふっふーん。医大生でっす!」


 咲は大きな胸を張ってさらに強調した。自慢気なその表情を見て、誠司は呆れ返る。


「はぁ……。将来お前の患者になる人々が可哀想でならないな」


「久々の毒舌が身に染みるー!」


 咲は鼻息を荒くしながら自らの体を抱きしめた。それを見て誠司は額に手を当て、再び深々とため息をついた。


「でも立派だぜ。さくらちゃんの一件で何もできなかったことが悔しくて、医者目指したんだろ?」


「は、恥ずかしいじゃん! こんなとこでそんなこと言うな! あくまでキッカケなだけだし!」


「まーた照れちゃってぇー」


 途端に咲イジリを始めた葵に、お前も照れてただろ、と誠司は指差したくなったが、その和やかな雰囲気を見て、水を差すのをやめることにした。


「あっ! 思い出した!」


 手を叩いた葵が鞄から一枚の写真を取り出した。そこには皺だらけの赤ん坊が、安らかに眠っている。
 誠司はまじまじと赤ん坊を眺めてから葵と見比べた。


「まさか……! 葵の子か!?」


「え……。ち、違うわい! ほら名前!」


 よく見ると、赤ん坊の眠っている容器の外には『西京剣一郎』と書かれた名札が下げられている。


「あ、宮下と西京の……! 婿養子か。だろうな」


「うわウケる! 名前強そう!」


「ついでにこれも」


 次に出された写真には、夏目家と西京家が並んで写っていた。先頭に立つのは葵と西京涼子夫妻だった。


「次期当主同士で話し合ったんだよ。そうしたら、向こうも不毛な争いだとわかっていたみたいだ。長い長い土地の争いは、たった一回の腹を割った話し合いで落ち着いた。もちろん、まだ内部には反対派はいるけれどね」


「葵はよ、そういう反対派の奴らに法律で言いくるめられないよう、弁護士になろうとしてんだぜ。ったくどいつもこいつも立派かよ!」


「本当、立派だな」


「そんなことはないさ。さて、そろそろ……行こうか」


 一拍置いてから、四人は立ち上がった。
 訪れたのは戸井駅の近くにある墓地、その一角にある立派な墓石の前だった。『大月家』と書かれたそこには、多くの花が供えてあった。
 命日でも何回忌でもない、平凡な休日。ただ四人の予定が合ったその日に、揃ってここに来ることを約束していた。


 道中で買った花と線香を上げて、皆で合掌した。
 それから四人はその場で昔を懐かしみながら談笑した。さくらは悲しむより、笑い話でもしたほうが喜ぶと四人はわかっていた。




「────じゃあ、また」


 誰ともなく四人は駅前で別れを告げ、太一と葵は駅前を歩いて行き、誠司と咲は駅構内へと入っていった。


 そこで誠司と咲の二人は改札の手前で倒れている乞食風の男を見つけた。呼吸が荒く、胸を押さえている。周囲の人々は関わり合いになりたくないからか、見て見ぬふりをして歩いていく。


「過呼吸かも。誠司、なんか袋ある?」


「ああ、ビニール袋なら」


 誠司は迷うことなく袋を取り出す。咲はそれを受け取って男の口と鼻を覆うように当てた。


「おじさん、ゆっくり、ゆっくり息してみて。大丈夫、大丈夫だからね」


 ……咲、これがお前の選択した道なんだな。

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