彼処に咲く桜のように

足立韋護

三月九日(二)

 その日の昼間、太一と葵、咲にさくらが集中治療室へ移動したと電話すると、三人は別々に電話したにもかかわらず、とりあえず戸井駅に来いと指定してきた。春休みのため、皆は時間があったようだ。


────誠司は家から戸井駅への電車に乗った。ふと、クリスマスのあの日を思い出す。


 もし、俺が御影と対峙したとき対処できていれば、さくらがこんな状態にまでなることはなかった。
 罪悪感と責任が背中に重くのしかかる。さくらの両親は許してくれたものの、どうしても自分が許しきれない。心のどこかで俺が犠牲になれば良かったのでは、とさえ思っている。


 戸井駅に着き、改札を抜けた。ふとクリスマスの日の景色が重なる。さくらの病状が悪化していくたびに、あの日の景色が鮮明にフラッシュバックする。
 頭を駆け抜ける映像と現実が交互に現れ、誠司は思わずふらついた。


「おっと……!」


 背中と両肩に誰かに支えられている感触がある。我に返って振り返ると、背中を葵、右肩を咲、左肩を太一が支えていた。


「驚いたなー。葵達を無視して行くわ、突然倒れそうになるわ。平気なのかい誠司」


「少し見ない間にマヌケになっちったかぁ? はは」


 太一と葵は呑気に笑っていた。現状は説明してある。頭の良い二人だから、決して笑いながら話せる状況ではないこともわかっているはずだ。それでも笑っていた。
 咲は深刻そうな表情で、近くの喫茶店を指差した。


「続きはあそこで話さない?」


「……ああ」


 誠司は甘く香るカフェモカ、太一はミルクをやたら過剰に含んだカフェラテ、咲と葵は鮮やかな緑色の抹茶ラテを頼んだ。
 それぞれ頼んだものが来るまで太一と葵は、春休み何をしていたのか、進路はどうしようか、とさくらとは無縁の話題を持ちかけてきた。誠司も咲も無難な返事しかできなかったが、聞いてきた二人は満足げに頷いた。


 しかし、飲み物が置かれ、一口飲んだ辺りから太一と葵の表情は一変して真剣なものとなった。


「さくらちゃん、集中治療室に移動ってどういうことなんだよ」


「そんなに、病状が改善していないの?」


「詳しい説明は受けてない。ただ、偶然耳にしたことなんだが、刺された傷口から入った菌が全身に回ってる、といったようなことを担当医は話していた」


 数秒、全員が黙り込む。誠司はこの雰囲気が続かないよう、思い当たることから話していく。


「もう聞いたかもしれないが、さくらは過去に臓器の移植手術をしていたらしいんだ。少し調べたら臓器の移植手術後は、免疫力を低下させる免疫抑制剤というのを定期的に服用するようだ」


「まさか……それが原因なのかよ」


「わからない。元々体が弱いことも関係しているのかもしれない。医者じゃない俺たちには、想像もつかないことが起きている可能性だってある」


 咲は弱々しい口調で反論した。


「ぜ、全身に菌が回ったって、医者がなんとかしてくれんじゃん?」


「病院にかかった人間が全員救われているわけじゃない。医者は全力を尽くしてくれているとは思うが、今のところなんとも言えない状態なんだ」


「……犯人は俺らと同学年ってニュースでやってたぜ。一体、誰がこんなこと……! まだ逃げてんだろ、警察は何やってんだよ!」


 太一は拳を作ってテーブルを激しく叩いた。周囲にいた客や店員が一斉にこちらを向く。誠司と葵が周りに向かって頭を下げて、席に戻る。


「太一、一番犯人に憤りを感じているのは誠司やさくらちゃんのご両親なんだよ。葵達が怒ったって仕方がないんだ」


「そんなん関係ねぇよ。俺は、幸せだった二人を引き裂いた奴を許せねぇ。それだけだ」


「今怒っても意味ないってことくらい理解してほしいものだね、まったく」


 険悪な雰囲気だった。周囲の客や店員も気を遣ってしまうほど、四人の雰囲気は張り詰めていた。


「今朝、見舞いに行ってきた。集中治療室だったために面会時間は五分程度だったが、意識はしっかりしていて日常会話もできていた。俺達が今できることは、これから快方に向かうことを祈るしかないだろう」


「ちくしょう……」


「ウチらは面会に行かないのが良いよね、やっぱ」


「大人数で押しかけるのは、さくらだけじゃなく他の患者にも迷惑がかかる。俺一人で見舞いをして、こうやって定期的に報告することにしよう。さくらに伝えたいことはないか? 明日伝えておく」


 三人はさくらの身を案じながらも、できるだけ面白おかしいメッセージや茶化したようなメッセージを誠司に伝えた。誠司は店員にペンと紙を借りて、それらのメッセージを一つずつ丁寧にメモしていく。
 結局報告会となったその集まりは、それで解散となった。こんな状況下で楽しい話題を見つけ、居続けるほうが難しい。


 明日、さくらの顔色が良くなるように祈ろう。もし神がいるのなら、俺を犠牲にしても良い……さくらだけは救ってやってくれないか。救われるべきは俺じゃなく、さくらなんだ。


 誠司は夕暮れの澄んだ冬空を見上げて、駅の中へと歩いて行った。

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