彼処に咲く桜のように

足立韋護

二月二十日

 約束通り翌日の朝、誠司は太一、葵、咲を連れて見舞いに病院へ訪れた。病室に入ると、さくらは手帳に何かを綴っていた。誠司達が来たことに気がつくと、そそくさとそれをしまい笑顔を向けてくる。
 ベッドに座っているさくらの様子を見る限り、容体はだいぶ安定してきたようだった。
 咲が目を潤ませながら顔を背けている。太一と葵は自然体のまま、さくらに話しかけた。


「さくらちゃん大丈夫だったかぁ!」


「うん、この通り平気だよ」


「太一も咲も、心配していたからね。ねえ咲?」


 いやらしくニヤつきながら、葵は咲の顔を覗き込む。


「み、見んな!」


「あれ泣いてんのかなー?」


「泣いてないし! さくら、余計な心配させないでよ!」


 わかりやすい照れ隠しに、さくらは楽しそうに笑いながら「ごめんね」と頭を下げた。


────暫しの雑談の後、さくらのもとへ医師と看護師が入ってきたので五人は一旦休憩スペースへと足を運んだ。


「誠司、元気そうで良かったな!」


「ああ。心配かけた」


 誠司と太一が会話している間、葵が何か思案してから真剣な眼差しを誠司へと向けた。


「ねぇ誠司、一つ聞いても良いかな?」


「ん?」


「……誠司は刺された現場にいたんだろう? なら犯人の顔は見たの?」


 その質問をされてから誠司はしばらく静止した。わざわざ思い出そうとせずとも、犯人の顔は鮮明に記憶している。
 御影言成。自分やさくらと同じクラスに属している生真面目で神経質な男子生徒。さくらに惚れ、自分を憎んでいる。誠司が知っていたのはそれくらいだった。
 ふと誠司の頭に、刺された際にさくらが言成へ放った一言が過る。


『ご……めんね……』


 さくらは言成へ辛く当たってしまったことを深く後悔していた。刺されてもなお、その気持ちが揺らぐことはなかった。
 恐らくさくらは警察関係者から何を聞かれようともしらばくれるだろう、と誠司は思った。


「深くフードを被っていたから、よくわからなかった」


 俺はトボけた。もちろん庇ってやる義理はない。最愛の人を刺されたのだ。迷いなく名指しで警察に突き出すべきなのだ。しかし、さくらがあいつを逃がすという方針なら俺はそれに従う。
 ただし、今後他の人に迷惑をかけた場合は適当に言い訳をつけて警察に言いつけてやる。


「……ふーん? それは残念だなぁ」


 葵も納得したように頷いているが、本当は追求したくて仕方がないのだろう。チラチラと俺の顔色を窺ってくる。


「ダチをやられて黙ってらんねぇ。見つけたらボコボコにしてやる!」


「やめておけ。それじゃお前が捕まるだろ」


「そっかぁ」


 しばらくして、またさくらの病室に行くと医師から何か聞かされたさくらがベッドに横たわっていた。


「何か話をされたのか?」


「傷の治りがかなり遅いって言われちゃった。だから、あんまり長い時間の面会は避けてくださいって」


「まだ五日ほどしか経っていないからな。それも仕方ないか」


 そう言われては居残るわけにもいかず、誠司達はさくらに一つ二つ声をかけて病院から出ることにした。
 外はしんしんと冷え込んでいたが、空気が澄み、はるか遠方の青空まで見えているような気がした。


「なぁ誠司。さくらちゃんって、元々体弱かったんだろ? 傷口治らないって……平気なのかよ」


「わからない。早々に回復して学校に復帰できれば良いんだが」


「けど焦らせる必要もないよ。ゆっくり休ませてあげよう」


 四人は遊ぶ気にもなれず、そのまま病院の前で解散した。


 さすがに医者がついているんだ。そんな心配する必要はないだろう。それに俺が毎日短い間でも見舞いに行けば異変には気づけるかもしれない。大丈夫だ。


 そう言い聞かせたものの、誠司は妙な不安に襲われていた。




────大晦日から元日へ日が変わり、世の中は新年を祝っていた。


 それからというもの、毎日さくらの見舞いをしてはバイトへ行き、その後家に帰ってから冬休みの課題に取り組む日々を送った。
 さくらの傷口は本当に治りが遅いらしく、一ヶ月経ってもまだ包帯は取れていないようだった。


 二月に入り、学校が始まった頃、さくらの様子がおかしくなり始めた。


「誠司君、私のお見舞いはいいからちゃんと勉強してね」


「もう来ないでも良いんだよ。疲れちゃうでしょ?」


「私は大丈夫だから、ね?」


 さくらが疲れているところに、俺が毎日見舞いに行ったからいい加減嫌気が差したのだろうか。やんわりと俺の見舞いを拒絶するようになってきた。
 「バカを言うな」と言ってやるとその日は拒絶しなくなる。しかしまた翌日の一言目には「また来たんだ」と若干の悲哀を含んだ顔をしてきた。
 何か隠しているのか? それとも本当に嫌気が差してしまったのか? まったくわからなかったが、毎日そんなことを言われたら、強く言い返してしまいたくもなる。


 二月二十日。さくらの病室に、誠司の声が強く響いていた。


「さくら、毎日毎日そう言ってくるが、どういうことなんだ?」


「…………」


 長い沈黙。さくらは憂いを帯びた表情でひたすらに毛布を見つめている。


「もし俺が見舞いに来ることが嫌ならそう言ってくれ! 回数を減らせないというわけではないんだから!」


「じゃあ、もう、来ないでください……」


 絞り出したかのような言葉に息を飲んだ。さくらからそう言われるとは夢にも思っていなかった。


 迷惑だった、ということか。自己満足のために毎日来られては気も休まらないのは確かだ。俺はさくらの気持ちも汲み取ってやれていなかったのか。
 さくらにそう言われた衝撃と、自分の身勝手さへの後悔とが混ざり合い、やがて俺の口から勝手に言葉が出ていた。


「わかった。もう、来ないことにする」


 さくらはピクッと体を反応させたが、こちらを向くこともなく黙っていた。了解した、という意味に受け取った誠司は荷物を持って「元気で」と言い残し、静かに病室を後にした。

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