彼処に咲く桜のように

足立韋護

十月二十一日

 しばらくしてから部屋に戻り、神田らにひとつ謝罪すると、向こうからも謝られた。そして仲直りの印に、神田と後藤の好きな女子を教えてもらったが、正直なところそれが誰だかわからなかった。眠気で頭をぼんやりとさせながら、ベッドに横たわる。


 きっと咲は、あの日のさくらのように、噛み砕いて噛み砕いて、ようやく無理矢理に自分を納得させたのだ。
 過去を教えてもらえなかったその苦しみは計り知れない。それにもかかわらず、無理に笑い、口づけで誤魔化してまで、それを隠そうとしていた。
 俺はどこまでいっても、最低だ。




 翌日。日光の差し込む中、朝食を済ませた生徒達は早々にホテルの前に留まっているタクシーへと、班ごとに乗り込んだ。
 このタクシーを使い、以前、実行委員達が作成したいくつかのルートのうち一つに沿って、観光していくという計画だ。誠司、咲ペアの作成した海岸線に沿って進む『海岸線ルート』は、一番人気のルートとなっていた。


 この四人の班はクラス関係なく作れるため、誠司、さくら、太一、葵が班となった。咲は青山と藍田に説得され、そちらと行動するようだ。昨日のこともあり、誠司は咲の顔を見ずに済むと、胸を撫で下ろした。


 タクシーに乗り込むと、こんがり日焼けした気の良さそうな運転手が話しかけてきた。


「男女の班なんて珍しいねぇ。もしかして、二組ともカップル?」


 太一と葵は気まずそうに苦笑いしているため、助手席の誠司がいち早く答えた。


「俺と後ろの純粋そうな方がカップルで、あとの二人は友達以上恋人未満な関係です」


「失礼だなー! 葵も純粋だよ!」


「はははっ、仲が良いな! こりゃ楽しい観光になりそうだ」


「今日は、よろしくお願いします」


 それから、タクシーはルート通り真っ先に海岸線沿いへと走った。ほんのりと潮の香りがしてくる。やがて見えてくる海岸からは、エメラルドグリーンに透き通る海が望め、太陽に反射して煌めく水平線が誠司の目に焼き付いた。後部座席のさくらも感嘆している。


「わぁぁあ! すごいねすごいね!」


「ああ、本当に。綺麗だ」


 こんなに素晴らしい光景が拝めるなんて、ちょっと前までの俺は考えてもいなかった。どうにも、最近は自覚させられ続けている。
 やはり、この世界は腐りきってなんかいないんだ。




 誠司達はそれから予定通りに、パイナップルパークや海中展望塔など、沖縄の観光名所を回ることができた。
 国際色豊かな国際通りでは、怪しげな土産物屋から、大きいお友達御用達のアニメマンガ専門店まで様々な店が立ち並び、観光客を飽きさせない。


「────次はもうホテルか」


「いんやぁー楽しかったなぁ!」


 全ての回った後には、太陽は傾き、夕方になっていた。車内で体を伸ばしている太一の横では、葵とさくらが肩を寄せ合って寝息を立てていた。


「お嬢ちゃん達、疲れてるからもう少し寝かせてやりなね。おじさんも運転には気をつけるから」


「はい。太一、だそうだ」


 ホテルに到着し、さくらと葵を起こした。寝ぼけ眼の二人だが、ホテルに着いたことはすぐに悟ったようで、荷物をまとめ始める。
 世話になったタクシーの運転手に一礼して、ホテルのロビーへと入っていく。ロビーは、同級生達でごった返していた。


「んじゃ、葵と俺はこっちだから! またな」


 太一とまだぼんやりとしていた葵は、自らのクラスに集まる。


「誠司君、私達も行こっか」


「ああ。行こう」


 しばらくして、二日目の夕食を済ませた誠司が自分の部屋に入ると、昨日と同じ面々が揃っていた。神田が馴れ馴れしく誠司に肩を組んできた。


「待ってたぜ大将」


「大将じゃないが」


「まあまあーそう固いこと言うなよ。これから面白いもんがあるんだけどさ、興味ある?」


「面白いもの?」


 神田が指差した先には、宮下が床に正座しながら苦悶の表情を浮かべている。神田の説明によると、彼女を持たない神田、宮下、後藤、真壁がじゃんけんをして、負けた人間が今夜告白するというものだった。


「告白か……。面白そうだが、宮下に悪い気がするな」


「それが、宮下は応援されてるほうがやりやすいんだってよ!」


 やがてセリフを覚えたのか、精神統一を済ませたのか、宮下は正座を崩してフラフラと立ち上がった。


「よし、俺、行くよ! くれぐれも相手にばれないようについてきて」


「思っていたより、男らしい一面があるのだな、宮下は」


「……文化祭で秋元に助けられてから、情けない気持ちでいっぱいだった。だから、それを払拭するっていう決意もあるんだ」


 そういえば文化祭の最後、自ら立ち上がって田場に直談判してくれたのは宮下だったか。
 本気で応援してやらねば。






「────嘘だろ……」


 ホテルの中庭、小さな噴水のある場所に宮下と呼び出した相手の女子が対峙していた。誠司はやってきた女子の顔を、鮮明に記憶している。物陰で思わず、そう呟いてしまった。


「遅れてしまって、ごめんなさいね、宮下君」


 誠司は知っていた。その温厚そうな面の下に、鬼のような何かが潜んでいることを。礼儀に少しでも反してしまったときの、宮下の泣き面は想像に難くない。


 西京涼子は、微笑みを携えながら濡れた髪を上品に整え、手際良く髪留めでまとめた。

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