彼処に咲く桜のように

足立韋護

十月二十日(四)

 誠司を部屋へと閉じ込めた女子生徒達は、にやりとしながらじりじりと距離を詰めてきた。後退りする誠司は、壁際へと追い詰められる。そこから半円を描くように囲まれ、とうとう逃げ場がないなと諦めた。


「秋元君、同じ部屋に神田君いるよね! 彼の好きな人とか、聞いてない?」


「か、神田? あの配達係か。というより、昼間からそんな下世話なこと話さんだろう」


 他の女子生徒が身を乗り出してきた。


「じゃ、じゃあ後藤君は!」


「後藤は咲……倉嶋の胸に夢中だったこと以外は知らんな」


「えええ! そんなぁ……」


「だから言ったじゃーん。後藤はエロい目でしか女子を見てないってぇ」


 なんだか、とんでもなく下らないことに参加させられている気がする。まあ、各々にとっては一大事なのだろうがな。


 そのとき、部屋のチャイムが鳴り響いた。助けが来たと誠司がドアへ目を向けた。女子生徒と一人が覗き穴に注視した途端、こちらへと振り向いた。


「やっば、先生だよ先生……! 秋元君隠れて!」


「なに? しかしどこに隠れたら……」


「あ、大月さんの毛布ん中にとりあえず早く!」


「わ、わかった」


 誠司は靴をベッド下に蹴って入れ、半ば飛び込むようにしてさくらと対面になるように毛布の中へと入り込んだ。
 よくよく考えてみれば、風呂場の方が安全だったのではないかと思ったが、今更出て行くわけにもいかなかった。


 目と鼻の先には、さくらの寝顔が鮮明に写っていた。寝息が顔にかかり、全身がむず痒くなる感じがした。女子生徒が毛布を整えつつ、部屋の中に女性の教師を迎え入れた。誠司はさくらの寝息に 合わせて呼吸し、不自然にならないように努めている。一方、教師のほうは点呼をとっているようだ。
 毛布は誠司の頭上、さくらの顔の部分を覆っている。


「えーっと、あとは……大月さーん。あれ、もう寝てるの?」


「そ、そうみたいですねー!」


 そのとき、さくらが寝返りを打とうと、もぞもぞ動き始めた。誠司はさくらの背中に手を回し、それを必死に阻止する。


「ん、まだ起きてるの? 大月さーん? 大丈夫かしら」


 誰かが近づいてくる音がした。さくらはまだ寝ている。女子生徒達も諦めたのか動く気配がない。






「ハ、ハーイ」






 妙に高い声が部屋にこだまする。誠司は赤面した。まさか人生の中で裏声をこんな風に使うとは思ってもみなかったからだ。女子生徒達の笑い声を我慢しているのが聞こえてくる。


「はい、とりあえず元気みたいね。あんまり無理はしないように。みんなも、大月さんは体弱いみたいだから、気遣ってあげてね。十二時には寝るんだよー。おやすみー」


 女性教師はあっさりと部屋を出て行った。少し間が空いたあと、女子生徒達が爆笑したのは言うまでもなかった。
 毛布から転がるように出て来た誠司は、げっそりとした表情で靴を取り出し、廊下に点呼の教師がいないのことを確認してから、よろよろと部屋から出て行った。


「秋元君なんかごめんねー! また来てね!」


 二度と来るものか! ひどい目に遭った!


 そうとは言えなかった誠司は、その思いを噛み締めつつ、自らの部屋へ戻った。部屋では神田達が大富豪をやっており、誠司もそこに混ぜてもらうことにした。


「神田と後藤は、女子に人気があるんだな」


 座り際、そんなことをぼそりと呟くと、思いの外、冷静な反応が返ってきた。誠司はてっきり、お調子者の二人が大喜びして女子生徒の部屋に遊びに行こうと言い出し、それを自分が断固として拒否するところまで想像していたが、それは思い過ごしだったようだ。


「それが好きな女子に人気じゃなくちゃ、意味がねぇのよ大将」


「その通り。秋元はもう可愛い彼女いっからわかんない感覚だろうけどさー」


「そんなもんなのか」


 神田と後藤の二人は声を揃えた。


「そんなもんなのよ」


「あ、後藤、二で上がってるからルール違反。大貧民だわ」


「ああ間違えたぁ! 真壁コノヤロー!」


 それから、それぞれシャワーを浴びた後、神田のベッド周りへと集合させられた。


「おいもう十二時回るぞ。眠いんだが」


「連れねぇな大将。恋バナするに決まってんだろ! 俺はこの時を一年待ったんだ!」


 一年時からの待望がこのメンツでなんか悪いな。そして、何故か皆からの視線を感じる。


「おいぃー、大月さんとどうなってんだよぉ大将ぉー」


「どうなってるも何も、いつも通りだが」


「どこまでやったんだって聞いてんの!」


「どこまで……手をつないで、抱きしめるまで、か」


 神田は衝撃を受けたように、床へと転がった。他の宮下や後藤、真壁までも絶句している。


「しょ、小学生じゃねぇんだから! キスもないのか大将!」


「や、やかましい! そんな、そんなものは不純だ!」


 耳を赤くした誠司は立ち上がり、部屋のドアを開けて出て行ってしまった。


「んー、プラトニックだわ」


「秋元も大月さんも、純粋なんだね。良い恋愛してると思うけどな」


 真壁と宮下は、真面目な誠司にうんうんと頷いた。

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