彼処に咲く桜のように

足立韋護

十月十四日(二)

 黙り込む誠司に、太一は自嘲気味に暗く笑った。


「大人しくなってた兄貴に対しては、最近何もしなくなってたんだ。俺だって好きでやってるわけじゃねぇしな。でもその途端に、五百万。文化祭の前日、兄貴がコンビニ行ってる間、母親が部屋から借用書を見つけ出した」


「……まだお前の兄は、仕事に就いていないんだったか」


「ああ、ずっとニート。そんで、後日借用書突き出して問い詰めたら『遊ぶ金欲しさ』だってよ。まるで犯罪者みてぇな動機だよな」


 太一は暗く沈んだ表情で、コーヒーを見下ろしている。


「ご両親の貯金はないのか? 中学の時、一千万もの大金を貯めていたのだろう?」


「一千万は爺ちゃんとか婆ちゃんの生命保険の金だったんだよ。それでも利息分とか足りなくて、今も少しずつ返してたとこだった。父親の仕事も最近上手くいってないみたいだし、そんな大金貯める余裕なんて、ない」


「しかし、ニートにそんな大金を貸し出すか? 信用の欠片も……まさか」


「ははっ、相変わらず、当てなくても良いことを当てるよな。あの野郎、俺達の家を担保にしやがった……。これが払えなかったら、俺はここにいられなくなる」


 他所の家の問題に首を突っ込むべきではないと思うが、今まで色々やってくれた太一には恩返しがしたい。せめて、何か俺に出来ないのか。考えるより、まず行動しなければ始まらない。


「誠司、お前は咲をケータイで呼んでおけ。俺はさくらを呼んで来る」


「な、なんだよ。あいつら集まるかわからないだろ!」


「脳みそは多いに越したことはないんだ。ひとまずやってみろ。俺が待ってるとでも言えば飛んで来るだろう」


 誠司は戸井駅のカフェから走り出した。肌に感じる気温はやや涼しめで、秋の訪れを感じさせられた。戸井駅からさくらの家までの道は覚えていた。遠くはないはずだと、誠司は駆けて行った。


 カフェから走る誠司の姿を、生徒会帰りの葵が偶然見かけていた。カフェのほうをよく見ると、太一がどんよりとした表情で誰かに電話している姿も見えた。


「秋元に太一? なにやってるんだろ」


 葵は近くのコンビニで適当な新聞紙を購入して、なるべく目立たないように太一の席の近くに座り、姿が見えないように新聞紙を大きく広げた。


────やがて葵の前に集まってきたのは、自分以外のいつものメンツであった。どうやらさくらも咲もどうして呼ばれたかわかっていないようだった。


 葵はふと、自分だけが省かれているような気がして眉尻を落とした。しかし、太一の口から話された借金事情を知り、新聞越しに聞き入った。


「……今話したこと、一応葵には秘密にしてほしい。その、なんでかはわかるだろ?」


「なるほど、要はクソニートの兄貴をぶっ飛ばして家を追い出せば良いわけな!」


「何がなるほどだよヤンキー。どちらにせよ、借金どうにかしなきゃ家取られんのは確実になっちまうんだ」


「難しいことは、私にはわからないけど、多分、分割でも厳しいんだよね」


「今でも結構ギリギリで生計立ててる感じなんだ。これ以上は切り詰めたら……生活が立ち行かなくなる」


「この土地から引っ越すことになる可能性が大きいわけだな……。シビアな問題だ」


 皆はとうとう黙り込んでしまった。高校生に借金の返済方法や法律に関する知識などあるはずもなく、ただただ八方塞がりな現状が浮き彫りになっただけだった。
 やがて太一は、枯れた笑い声を発し、コーヒーを一気に飲み干した。


「いやぁ、なんか悪かったな! こんなこと相談しても、やっぱ気分悪くさせるだけだわな!」


「太一……」


「んな暗い顔すんなよ誠司。最悪自己破産でもなんでもすりゃ、まあ生きていけるだろ。兄貴を追い出すのはそんときすりゃ良いわけだし。じゃ、じゃあな! あとは三人でデートでもしてくれよな!」


 無理に作った笑顔で、太一は戸井駅に隣接する駅ビルへと逃げ込むように入って行った。その場に残された三人は、俯いている。


「こういう時さァ、なんもしてやれないって、すんごい悔しい。なんでウチらってまだガキなんだろって、痛感するっつぅかさ……」


「やっぱり難しい問題だよね。でも、せっかく出来たお友達なのに、お別れなんて嫌だなぁ……」


「もう何も手立てはないのか……! クソ、本当に情けない」


 葵は、新聞紙を静かに折り畳んで、席を立った。その時、さくらが初めて葵の存在に気がついた。


「葵ちゃん! ずっといたの?」


「うん、まあね」


「なら今更隠しても仕方あるまい。聞いていたのなら、わかるだろ。もう俺達に手出しはできない、悔しいがな」


 葵は表情をパッと明るくし、得意げに人差し指を立てた。それを見た三人は首を傾げる。


「────私に良い案があるんだけど」

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