彼処に咲く桜のように
九月十一日(二)
一通り『とあること』について話終えた太一は、生徒会の用事があると言って、相談を保留して教室から出て行ってしまった。誠司は様々考える必要のある相談であったが、文化祭が終わってからでも遅くはないだろうと、ひとまず切り替えることにした。
時間は進み、文化祭の終了時刻が間近に迫っていた頃。誠司達のいる教室内から廊下まで怒声が響き渡っていた。
数分前にやって来た、チャラチャラとした印象の他校の男子生徒二人組が、なかなか来ないお好み焼きに苛立ち、販売係に文句をつけていた。
茶髪の不良が座っている椅子から立ち上がり、テーブルを拳で思い切り叩きつける。
「いくら待っても来ねえじゃねえかよ! 早く持って来いや!」
それに続いて、隣の耳のピアスが目立つ不良も吐き散らすように大声で話し始めた。
「こっちは金払ってやってんだよシロウトの飯に。おい受付してた奴ちょっとこっち来い」
「え、は、はいぃ……」
指名された販売係の男子生徒は、すごすごとテーブル席へ向かった。周りの客や生徒達は、何も言えないまま教室の端に退いている。
「お前さ、何分待てば来るって言ったよ」
「あの、じゅ、十分程待てばって……」
男子生徒は瞳を泳がし、震えた声で答える。
「だよな。んで今何分経ってる?」
「じ、十五分です……」
「わかってんじゃん。なあ? どうして俺らはこんなに待たされてるわけ? 答えてみろよ」
「えっと、えっと……」
「えっとじゃねぇ。答えろ」
「あ、あぁ、あの……」
空気が悪いな。他の客もいる、そろそろ間に入るか。
「少し、よろしいですか」
「あ?」
無愛想な誠司を見上げた二人は、明らかにガンを飛ばしてきた。それを冷めた眼差しで誠司が見下ろす。
「彼は俺の指示で、十分程待っていただくように伝えただけです」
販売係の男子生徒が潤んだ目で誠司を見つめた。茶髪の不良はめんどくさそうにして、男子生徒を元の場所へ行くよう指図する。
「ってことはお前が責任者みたいなもんなんだな?」
「文化祭実行委員です」
「なら調理してるトコに様子見て来いよ、お前が。んで、二人分さっさと持ってこい」
「……はい、もう少しお待ちください」
「走れよ? ほら早く」
誠司は教室から飛び出して行った。もはやここまであの客に従う必要がないと頭ではわかっていたが、どうしても、自分が企画し、進行し、準備した文化祭を、最後まで成功させたかった。
ここで折れては、負けたことになる気がしたからだ。
息を荒げながら地下にある調理室へと飛び込むと、入り口付近にいた咲達が、表情を歪めていた。高校専属の技術員が、咲達の使っていた鉄板を熱していたコンロをなにやらいじっている。鉄板の上には作りかけのお好み焼きが乗っていた。
「倉嶋、これは……?」
「秋元、なんかコンロが壊れたみたいなんだよ。まだお客待たせてる?」
「ああ。何か方法は……」
調理室を見渡した誠司は、他のお好み焼きを作っている一年のクラスを発見した。そこまで歩いて行くと、下級生達は誠司を見てビクリと体を跳ねらせる。
確か剣道部一年生の北村も俺のことを知っていたな。それにしても、俺にはどんな悪評が立っているんだ? ここまで怯えなくても良いだろう。
「なあ、少し相談があるんだが」
下級生達はひそひそと何かを話している。
「あ、秋元先輩だぞ……」
「お前が話せよ……」
「嫌だよ色々怖い噂あるじゃん……」
「くそ、貸しだからな……。はい、なんでしょうか先輩!」
「丸聞こえだぞ」
「え、あーはは、いや、そ、相談というのは?」
今は下らない掛け合いをしている暇はないか。
「率直に言う。お前達の鉄板を少しだけ貸してもらえないか。頼む」
誠司は後輩達に深々と頭を下げた。突然の頼みと、誠司の行動に困惑していた彼らだったが、数秒経ってから返事があった。
「少しだけなら良いですよ? なぁみんな」
「今ちょうど注文ないとこだったし、良いんじゃない?」
「ま、頭まで下げてもらったら、貸さないわけにはいかないでしょ。どうぞ、使って下さい先輩」
ふっと誠司は顔を上げてから、再び頭を下げた。
「恩に着る……!」
時間は進み、文化祭の終了時刻が間近に迫っていた頃。誠司達のいる教室内から廊下まで怒声が響き渡っていた。
数分前にやって来た、チャラチャラとした印象の他校の男子生徒二人組が、なかなか来ないお好み焼きに苛立ち、販売係に文句をつけていた。
茶髪の不良が座っている椅子から立ち上がり、テーブルを拳で思い切り叩きつける。
「いくら待っても来ねえじゃねえかよ! 早く持って来いや!」
それに続いて、隣の耳のピアスが目立つ不良も吐き散らすように大声で話し始めた。
「こっちは金払ってやってんだよシロウトの飯に。おい受付してた奴ちょっとこっち来い」
「え、は、はいぃ……」
指名された販売係の男子生徒は、すごすごとテーブル席へ向かった。周りの客や生徒達は、何も言えないまま教室の端に退いている。
「お前さ、何分待てば来るって言ったよ」
「あの、じゅ、十分程待てばって……」
男子生徒は瞳を泳がし、震えた声で答える。
「だよな。んで今何分経ってる?」
「じ、十五分です……」
「わかってんじゃん。なあ? どうして俺らはこんなに待たされてるわけ? 答えてみろよ」
「えっと、えっと……」
「えっとじゃねぇ。答えろ」
「あ、あぁ、あの……」
空気が悪いな。他の客もいる、そろそろ間に入るか。
「少し、よろしいですか」
「あ?」
無愛想な誠司を見上げた二人は、明らかにガンを飛ばしてきた。それを冷めた眼差しで誠司が見下ろす。
「彼は俺の指示で、十分程待っていただくように伝えただけです」
販売係の男子生徒が潤んだ目で誠司を見つめた。茶髪の不良はめんどくさそうにして、男子生徒を元の場所へ行くよう指図する。
「ってことはお前が責任者みたいなもんなんだな?」
「文化祭実行委員です」
「なら調理してるトコに様子見て来いよ、お前が。んで、二人分さっさと持ってこい」
「……はい、もう少しお待ちください」
「走れよ? ほら早く」
誠司は教室から飛び出して行った。もはやここまであの客に従う必要がないと頭ではわかっていたが、どうしても、自分が企画し、進行し、準備した文化祭を、最後まで成功させたかった。
ここで折れては、負けたことになる気がしたからだ。
息を荒げながら地下にある調理室へと飛び込むと、入り口付近にいた咲達が、表情を歪めていた。高校専属の技術員が、咲達の使っていた鉄板を熱していたコンロをなにやらいじっている。鉄板の上には作りかけのお好み焼きが乗っていた。
「倉嶋、これは……?」
「秋元、なんかコンロが壊れたみたいなんだよ。まだお客待たせてる?」
「ああ。何か方法は……」
調理室を見渡した誠司は、他のお好み焼きを作っている一年のクラスを発見した。そこまで歩いて行くと、下級生達は誠司を見てビクリと体を跳ねらせる。
確か剣道部一年生の北村も俺のことを知っていたな。それにしても、俺にはどんな悪評が立っているんだ? ここまで怯えなくても良いだろう。
「なあ、少し相談があるんだが」
下級生達はひそひそと何かを話している。
「あ、秋元先輩だぞ……」
「お前が話せよ……」
「嫌だよ色々怖い噂あるじゃん……」
「くそ、貸しだからな……。はい、なんでしょうか先輩!」
「丸聞こえだぞ」
「え、あーはは、いや、そ、相談というのは?」
今は下らない掛け合いをしている暇はないか。
「率直に言う。お前達の鉄板を少しだけ貸してもらえないか。頼む」
誠司は後輩達に深々と頭を下げた。突然の頼みと、誠司の行動に困惑していた彼らだったが、数秒経ってから返事があった。
「少しだけなら良いですよ? なぁみんな」
「今ちょうど注文ないとこだったし、良いんじゃない?」
「ま、頭まで下げてもらったら、貸さないわけにはいかないでしょ。どうぞ、使って下さい先輩」
ふっと誠司は顔を上げてから、再び頭を下げた。
「恩に着る……!」
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