彼処に咲く桜のように

足立韋護

九月十一日

「こんなところで何してるんだい?」


「夏目か」


 階段の下から声をかけてきたのは、いつもと変わらない葵の姿であった。その姿が妙に懐かしく感じた。夏休みが明けてからすぐに文化祭の準備に追われ、いつもの五人が揃うゆとりがなかった。
 葵は階段を上がり、誠司の横に座った。


「太一の告白、断ったんだってな」


「うん、断っちゃった」


「やはり、以前の……担任とのことがまだ残っているのか?」


 苦笑いした葵は肩を竦め、その瞳を青空へと向けた。


「太一ってわかりやすいんだよ。だからそういうので気遣ってくれてたの、すんごいよくわかった。……あれの事、みんな知ってたんだね」


「お前の好きなタイプを調べていたら、自然と行き着いた。そこまで詮索したのは決してわざとじゃないんだ。だから、あいつを責めないでほしい」


「責めたりしないよ。嬉しかったからね。……告白の言葉さ、『俺はあいつとはちげぇ!』だって。ドキッてしちゃうんだよね、ああいうこと言われると。色んな意味で」


「はっ、太一らしいな。だが、それでも断ったのか」


 葵は目をつむりながら、俯いた。


「ダメなんだよ。そのドキドキする感覚がさ、逆に不安になってくる。あの頃の自分に戻っちゃいそうで、怖いんだ」


 残念ながら俺は頭は、こんなとき咄嗟に気の利いた言葉が浮んでくるほどよく出来てはいなかった。
 よくわかったのは、葵もまた、過去の自分を抑え込み、平然を装って生きてきたこと。家の問題と教師の裏切り、同時に降りかかってきたのだろう。
 まだ成人すらしていない人間には、きっと耐え難いほどの重責と衝撃だったのだ。


「この件に関して、俺なんかの安っぽい慰め以上に、お前は悩んでいるんだろう。だから、生半可な慰めはあえてしない」


「はは、ひどいね」


「ただこれだけは言える。太一は、大事な人から大金をもらって、諸手を挙げて喜ぶような男じゃない。これは友人の個人的な意見だ。お前もわかっているだろうがな」


「……そこがまた、悩ませてくるんだ。もっとクズな男だったら、きれいさっぱり断れたものをさ」


「まあゆっくり考えると良い。一度断ったのだから、いくらでも時間はある」


「そう、かな」


 誠司は尻を軽く手で払ってから立ち上がった。


「あれから太一だけじゃなく、さくらや倉嶋にも会っていないんだろう? たまには顔を出してやってくれ、会いたがってる」


 葵はその場から微動だにしなかった。それを確認した誠司は、教室へと戻り、再び文化祭の中へと飛び込んでいった。
 材料の在庫の確認、生徒を効率良く動かすための指示、そして足りない部分は全て誠司が補った。


────そうして文化祭一日目は終わり、二日目となった。


 立ち回り方のわかってきた生徒達は、特に誠司の指示も必要としないまま、きびきびと動き回っていた。
 しかし誠司に遊びまわっている余裕などない。指示が必要ないなら、自分も一緒に働き、少しでも生徒達の負担を減らすことが委員の責務であると思っているからである。
 そんな誠司を見習ってか、さくらも特に遊ぶこともなく、ひたすら販売係の手伝いを続けた。


「うぃーっす誠司ぃー。来てやったぜ」


「太一か」


「太一君、いらっしゃい! お好み焼き三つで良い?」


「さ、さくらちゃん押し売り上手くなったなぁ……。しゃあない、三つ頼むぜ! 全部食ってやらぁ!」


 廊下でスタンバイしていた配達係が走り出した。


「誠司んとこ、繁盛してるって評判じゃんか」


「そうなのか。ずっと手伝いっぱなしだから、知りもしなかった」


 思ってみれば、教室のテーブルは常に満席状態。それからも多くの客がこの教室へ、唯一のメニューであるお好み焼きを、注文しに来ている。そうか、繁盛しているのかこれは。少しだけ鼻が高いな。


「初日は……ちと野暮用で学校自体来れなかったんだけどよ、二日目はしっかり来たぜ!」


「両方来るのが当たり前だ」


「……ちょいと、いいか誠司」


 太一に肩を組まれ、誠司は教室の隅の窓際に連れて行かれた。


「いきなりどうした」


「相談なんだけどよ……兄貴が、またさ────」


 太一は深刻そうな表情で俯いている。誠司もまた、顔をしかめたまま考え込んでしまった。


「それは、重大な問題だな……」



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