彼処に咲く桜のように

足立韋護

八月十七日(五)

「────今日は楽しかったよ、誠司君」


 花火も終わり、地元へと四人は無事に帰ってきていた。暗くなった戸井駅の前でさくらと別れ、新戸井駅で降りた誠司と太一は、電車の中から手を振る葵と電車の窓に張り付いて誠司との別れを惜しむ咲を見送った。


「不良とは思えんな……」


「誠司のいるとこでは、しっかり女の子してるってことだろー? モテる男は罪作りだぜ」


「茶化すな。じゃあ、俺はこっちだから」


「……ちょい待て」


 振り返ろうとした誠司は足を止め、太一に顔を向けた。少し照れたように太一はうなじに手を当て、顔を背けている。


「なんだ」


「そのー、あれだ。ほら……わかれよ!」


 その表情や言葉の濁し方だけで、俺に何を察しろというのか。その調子でお前に愛の告白でもされない限り、俺の表情筋は微動だにしないぞ。


「……俺、好きな人が出来た、みたいなんだ」


 その言葉を聞いて、俺はおおよその検討がついた。さくらだった場合、まず俺が許さないであろうことはわかっているはず。咲の場合、まあ言わずもがな。残る女といえば、あいつしかいないだろう。


「葵のこと、好き、みたいなんだ」


「そうか、そりゃ良かったな。向こうも、きっとまんざらじゃないさ。それじゃ」


 立ち去ろうとした誠司の腕を、太一は行かせまいと両手で掴んで引き止めた。


「ままま、待て待て! 冷たすぎねぇか!」


「俺にどうしろっていうんだ。どちらも友人だがな、そんなことは今関係ない。最終的にお前がどう動くかにかかっているんだ。俺の帰宅を遅らせる暇があるのなら、生徒会長をデートにでも誘え。ちょうど夏休みだろう?」


「そ、そうなんだけどよぉ……。色々と考えちまってよ」


 改札付近にあったベンチに座った太一は、心底参った様子でうなだれる。軽くため息をついた誠司は、太一の前で腕を組みながら見下ろした。


「生徒会長の好きな人が、お前の情報網を駆使してもわからないからか? それとも、相手の家のことか?」


「お見通しかよ。……どっちも正解」


「あの家のことはどうにもならん。ひとまず置いておけ。まずは好きな人がいるか、最悪好きなタイプくらいは調べておけば良いじゃないか」


「そりゃそうなんだけどよ、どうすりゃ良いんだ……」


 どうやら本気で悩んでいるようだな。
 恋愛は、博打ではない。告白すれば必ず半々の確率でイエスとノーをもらえるわけじゃないんだ。顔や好きなタイプ、性格、趣味、匂いなど、数え切れないほどの要因を必要な方向へ満たしていなければならない。逆に考えれば、もし多くの要因を満たしているなら、告白成功の可能性は高まる。俺はそう考えている。
 そういった持論から考えるなら、俺がさくらと付き合うことになったのも、さくらにとって俺が何らかの要因を満たしていたからだと思っている。しかし、早速持論を崩すわけじゃあないが、人間と人間の話なんだ、そこまで単純なわけがないさ。
 そんな理由から、俺は太一の力になってやれないと確信していた。クセのある二人の恋愛など、いくら第三者が分析しようにも限界というものがあるのだ。


『人を殺めたことはどんなに後悔したってなくならない。だからその分、人を幸せにしてあげようよ!』


────と、今までの俺なら、こんな面倒な状況は無視して帰っているところだが……。太一、さくらに今世紀最大の感謝をするんだな。


「仕方ない。太一、俺が出来る限りサポートしてやる」


「おお、サンキュ! で、でもどっから手つけりゃ良いんだ?」


 誠司は得意げに口の端を上げて見せた。


「そう焦るな。小さなとこからコツコツと、積み上げていけば良い」

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