彼処に咲く桜のように

ぺんた(足立韋護)

八月十七日(三)

 ビーチバレー、水泳、砂浜で城建設、羅列してしまえば単純な遊びばかりではあるが、今の誠司にはこの瞬間が輝いて見えた。周囲の人の多さも、思っていた以上に気にならない。
 時計の針が午後二時を回ったところで、海の家で昼食をとった。その後、太一がパラソルとシートを抱えて持ってきた。


「さすがにそろそろ誰か休憩するかと思ってよ」


「あ! 私、疲れちゃったから少し休みたいな」


 足が重い、慣れない運動をしたせいか。


「俺も、休ませてもらおう」


 誠司とさくらは、パラソルの日陰に座り、視界の奥でビーチバレーの続きをしている三人を眺めた。太一の借りてきたシートが狭すぎるせいで、時折肩が触れ合ってしまう。触れると、互いに体を反対側へ離れさせる。


「いくらなんでもビニールシート狭過ぎやしないか?」


「多分、太一君は一人用の物を借りたんだよ。さっき見たけど、いろんな種類あったから」


「まあ、恐らく金は払ってくれているだろうから、文句は言えないが……」


 さくらは誠司の顔を見ながら質問してきた。


「誠司君、もしかして意識してる?」


「何を?」


「水着姿」


「茶化すな」


 誠司は膝に肘を立て、手に顎を乗せて顔を逸らした。


「照れてる?」


「照れて、ない」


「ふふ、わかりやすいんだね。女の子のこういう姿、あんまり見た経験ないんだ」


 たまらず誠司は立ち上がった。


「……便所だ。便所行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 なるべく、さくらを見ないようにしながらビーチサンダルを履き、近くにあるトイレへと誠司は歩いて行った。日陰から出た途端、日光が容赦なく肌を焼いていくのがわかる。背後をちらと見てみると、さくらはまだこちらに顔を向けていた。心臓が跳ねたのと同時に、前方へと向き直る。


 誠司を見送ったさくらは、手提げから相変わらず持ち歩いている手帳を取り出し、何かを書き込み始めた。手慣れた動作で、罫線の上にさらさらと今日やったことと、感じたことを書き記していく。


『二十七年。八月二十七日。晴れ。
みんなと海へ行きました。倉嶋さんの、誠司君へのアタックは気になるけれど、誠司君の照れ屋さんな一面が見られて嬉しかった』


 さくらが手帳を閉じると、目の前に人が二人立っているのが見えた。それは誠司でも太一でもない、見知らぬ男二人であった。片方は金髪で耳にピアス、指にゴツゴツした厳つい指輪をはめていた。もう片方は、茶髪のひょろりとした体型だが、顔が整っている。


「ねえねえ君一人? 一人だよね」


 金髪の男が馴れ馴れしくさくらに話しかけてきた。それに続いて、茶髪の男はさくらの目の前にしゃがみ込んだ。


「一人じゃつまんないでしょ。俺らと遊ばない? たくさん楽しいことしようよ」


 さくらは、それがナンパであることを悟ったが、あまりに積極的すぎる態度に、何も言葉を出せずにいた。体が次第に固まっていくのがわかる。


「ほらシュンヤ、お前見た目がイカツイから怖がってんじゃーん」


「うっせーよショウ。ねえ、俺らと一緒に行こうよ、ほら」


 金髪頭のシュンヤが、半ば強引にさくらのか細い腕を引っ張った。しかし、さくらはその場から動こうとはしない。それを見た茶髪頭のショウが、さくらの両肩を掴み、無理やり立たせようとした。それでも、動こうとしないさくらに、金髪は苛立ったように手に力を込めた。


「俺らに逆らっても、あんまり良いことないと思うよー? ほら来いよ!」


「この人怖い見た目してるでしょ? 乱暴にされたくないなら、素直に従ったほうが良いと思うけど?」


 絶対について行かない。さくらの心にはその強い意思しかなかった。そのとき、二人の背後から声がした。それは求めていた声とは違ったが、とても頼り甲斐のある声でもあった。


「ウチらのダチに、なにしてるわけ?」


 二人が振り向くと、太一と咲、そして葵が青筋を浮かべながら仁王立ちしていた。しかし、男達の余裕はあまり変わらない。


「おい、シュンヤ、こっちのがスタイル良いぜ」


「んだな……」


 シュンヤとショウは、太一さえ叩きのめしてしまえば、あとの三人を一度にナンパできると考えた。スタイルの良い二人があとから来たことで、二人の対象はさくらより、俄然そちらへ向いた。しかし、そうそう思惑通りにならないのが咲である。


「ごちゃごちゃ話してねぇで、さっさと答えろやァ! この安もんのピアスちぎり取ンぞワレオラァ!」


 咲は、真面目そうな顔面をこれでもかと歪め、シュンヤの耳についているピアスをがっちりと指でつまんだ。その姿から発せられた突然のドスの効き過ぎた声に、ショウは顔面蒼白になりながらその場から逃げ去って行った。その場に一人取り残されたシュンヤは、負けじと咲へとガンを飛ばす。


「てめぇ、調子乗ってんなよ? んな脅しでビビるわけねぇよバーカ」


「なすびぃ、こいつ押さえつけて」


「茄子みたいに言うんじゃねえや。ったくよぉ」


 シュンヤの腕を強引に掴み上げた太一は、それを捻りながらシュンヤの細い背中へと回す。そして膝の裏を片足の裏で押さえつけつつ、うなじを掴み、シュンヤの顔面を砂浜へと無理やり近づけていく。タイミングを見計らった葵がシュンヤの耳元まで近寄った。さくらがハラハラとしながらそれを眺めている。


「金髪君、ただピアスを耳たぶからちぎり取るというだけじゃあ、面白くないでしょ? そこに、この細かに輝いている砂をすり込んでみたら、もっと楽しくなりそうだ。もし砂浜のばい菌で化膿なんかしたら、体のどこに移動してどこに炎症が起きるかなんてわからない。大きく腫れて動けなくなることだってあるさ。それに傷口に砂が入ったままだと、抉らないと一生残り続ける。どう? いよいよ楽しくなってきたんじゃないかい?」


「ふ、ふざっけんな!」


「……知っていたかい? 世の中には、砂を好んで食べる人間もいるんだよ。是非とも生で見てみたいなぁ。たらふく食べさせてあげるからさ、実演して見せてよ」


 さすがのシュンヤも冷や汗をかき始めた。葵の放つ言葉は、ただの脅しには聞こえなかったからだ。それを聞いていた太一やさくら、咲でさえも、葵がその暴虐の限りを本当に楽しもうとしているかのように感じてしまう。それほど喜々として、耳元で囁いているのだ。
 シュンヤが身動きを取ろうとも、太一が背後から圧倒的な力で押さえつけ、ピアスを引っ張ろうと構えている咲が横に待機し、そして正面から葵が無垢な笑顔で砂を差し出してきた。


「はい────召し上がれ」

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