彼処に咲く桜のように

ぺんた(足立韋護)

八月十七日(二)

「花火、か」


「誠司君、好き?」


「ああ」


 それから誠司達は電車へと乗り込み、三回ほど乗り換えてから比較的近場のビーチへと向かっていく。車窓から遠くに見えた輝く水平線に、五人は少しの間見惚れた。下車して、駅のホームを降りてから砂浜までは真っ直ぐ進んでいくだけであった。
 むわりとした空気とともに、海に近づいて行くにつれ塩の匂いと、わずかな磯臭さが嗅覚を刺激する。


「海だね」


「たまには、悪くないか」


 堤防の上に登った太一は、体をムズムズとさせ、やがてその場で服を脱ぎ始めた。葵が耳の先を真っ赤に染めながら、両手で顔を隠している。


「な、なにしてるんだー!」


 そんな葵の悲鳴に似た声を無視して、太一は堤防から海に向かって思い切り叫んだ。


「よっしゃぁ海だぁぁ!」


 葵がチラと太一を見上げると、紅色のハイビスカスが描かれたハワイアンな海水パンツが下半身に身につけられていた。あらかじめ服の中に着ていたようだった。


「生徒会長ぉー、お前意外とウブなのなっ!」


「ば、ばかにするなよ!」


 咲が執拗に葵へと絡み、それをさくらがにこやかに見守っている。その間に、誠司も堤防の上に続いた。海水浴を楽しむ人々が大勢おり、子供達の騒ぐ声や、若者のはしゃぐ声などが一度に聞こえてくる。


「誠司、前みたいな眼、しないようになったな」


「前みたいな眼?」


「こういう場所を見るとき、つい何ヶ月か前まで、お前すんげぇくら~い顔してたんだぜ?」


 うんざりしていたな、そういえば。生きる理由も、希望も、夢も、何もなかった。敢えて言えば、弟と妹、亮介と沙耶の分まで生きていたようなものだ。だが、今は明確に、前に進んでいく道標があるんだ。


『人を殺めたことはどんなに後悔したってなくならない。だからその分、人を幸せにしてあげようよ!』


「小さなとこからコツコツと、か」


「んあ?」


「なんでもない。ほら、お前達も早くこっちへ来い! あっちに更衣室があるぞ!」


 女子達に指示する誠司の後ろ姿を、太一は優しげに見つめた。


 更衣室で漆黒の海水パンツに着替え終えた誠司は、外で待っている太一と合流した。脇にビーチボールを抱えていた。


「ホント誠司って黒好きなのな、まあ良いけど。さあて、あとは女子を待つだけだな! うひひひ」


「変な笑い方をするな」


 とはいえ、そう言われると少し緊張してくる。さくらは、どんな水着なのだろう。


「やあやあ、待たせたねー!」


「更衣室狭いっての」


「な、なんだか恥ずかしいな……」


 一度に出てきた三人の着ていた水着は、それぞれまったく違うタイプのものであった。葵は太ももの上まであるホットパンツに、ビキニタイプの緑色の水着で、スポーティな印象だった。
 更衣室の狭さに顔をしかめている咲は、そのスタイルを十二分に見せつけるかのような、黒地に白いラインの入ったビキニを着ている。もちろん黒縁メガネをかけた、黒髪の女子であるため、首の上からは別人のように地味だった。太一がその強調された胸部を二度見し、それを葵は呆れながら眺めている。
 最後にもじもじとしながら出てきたさくらは、白い花柄の入ったワンピース型の水着姿だった。所々にフリルの付いた可愛らしい印象である。色白のさくらにはよく似合っていたが、本人は頬をほんのり赤くしながら顔を背けている。


「俺の情報のC、F、Bってのはやっぱり当たってたか!」


「情報通というのも大変そうだな……。さて、手始めに海にでも入るか」


 冷静を装っていたが、誠司は水着の女子達を目の前にして緊張していた。女子に対する耐性など微塵もなかったことを、誠司は今更ながら思い出した。海に向かって歩き出したのも、出来るだけその格好を見ないためだった。しかし、咲はそんななけなしの抵抗すら無意味にする。


「ねぇねぇ秋元ぉ、ウチの水着どうよー?」


「猫なで声を出すな気持ち悪い」


「いやん、ちゃんとこっち見てぇ?」


 腕にひっついてきた咲は、容赦なく胸を押し付けてきた。誠司の表情がいよいよ強張り始める。チラチラと視界の端に映る谷間が、今の誠司には脅威でしかない。


「むむむむっ」


 さくらが太一からビーチボールを奪い、誠司に引っ付く咲の背中に投げつけた。軽快な音とともにそれは跳ね返り、熱い砂浜へと落ちる。キッと睨んでくる咲に、さくらはじっと見つめ返す。その熾烈な戦いを太一と葵は後ろから見ていた。


「青春してんなあー」


「じゃあ葵達も、する?」


「えっ……ええっ!」


「はっは、冗談冗談。さっきのお返しー!」


 イタズラっぽく笑う葵に、太一は脱力して深々とため息を吐いた。


 真夏の海水浴は、まだまだ始まったばかりだ。

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