彼処に咲く桜のように

足立韋護

八月一日(六)

────それから誠司は、さくらと謝りに行った。鳥居のところで待っていた太一と葵は快く許してくれた。咲は気まずそうに誠司とさくらを見つめていたが、さくらに笑顔で話しかけられ、変な緊張もほぐれてたようだ。そうして五人は、祭りを目一杯楽しんだ。そしてやがて、それぞれの家へと帰って行った。


 祭りを堪能したせいか午後十時頃に、誠司はようやく家へと帰った。家のドアを開けると、叔父の正吉が玄関に腕組みして仁王立ちしていた。干渉しないし、干渉してくるなと断言していた正吉の話が、あくまで通常時の話であることを、この時誠司は理解した。


「今日バイトは」


「休みを入れました」


「ならどうしてこんなにも遅い」


 正吉の背後には、誠司を心配そうに見つめる葉月の姿があった。誠司は察した。かつてとんでもない非行を犯した自分を、この大人達は、また疑っているのだと。


「バイトには週に五日ほど入っています。金銭面に関してはそれで十分であると、俺は判断しました」


「答えになっていない。どうして遅くなったのかを聞いているんだ」


 誠司は口淀んだ。少し俯いてから、ぼそりとこぼす。


「友達と、戸井救済寺の祭りへ……」


「誠司君、もしかして太一君以外にお友達が出来たの?」


 葉月が瞳を輝かせながら、正吉を押し退けて前へと出てきた。しかし誠司が答える暇もなく、葉月は正吉によってまた背後に押し戻された。


「悪い友達じゃないのか」


「あなた、そんな聞き方……! 誠司君には、そうやって普通の学校生活を送ってもらうために、私はこの家に────」


「ふふ。悪いどころか、突き抜けてバカで、良い奴らばかりです」


 少し、ほんの少しだけ口角を上げた誠司を、夫婦は絶句しつつしばらく見つめていた。つい半年前までは、世の中の何もかもをうんざりした瞳で睨んでいた誠司が、笑うようにまでなっていたのだ。葉月は口を押さえながら、正吉の背中をぽんと叩いた。そして声を震わせながら、誠司へと潤んだ目を向ける。


「良い出会いが、あったのね?」


「……はいっ」


 誠司は急いで靴を脱ぎ、廊下を早足で歩き自室へと逃げるように入って行った。それを正吉はただただ呆然と眺めるだけである。


「良かった、本当に、あの子……」


「親戚中から、悪魔の子と敬遠されていたが……育つ環境が、そうさせたのか」


「育つ環境、それと、誠司君自身の力、ですよ」


 誠司は、今入ったこの部屋が初めて無骨であると感じた。ベッドと衣類、そして学校関係の書類しか置かれていない部屋が、あまりにさみしく感じた。それを紛らわすように学生鞄に入っている写真を、取り出して眺める。相変わらず笑顔を向ける三人が、いつもより温かく見えた。


亮介りょうすけ沙耶さや、お兄ちゃんはもうちょっとこっちで、頑張ってみようと思う。少しだけ、幸せを感じても良いかな……」


 何の根拠もない。だが誠司は、その言葉が弟と妹に伝わっている気がした。空虚感はなく、自己満足とわかっていても、写真の中へと言葉が入っていった感覚に陥った。返事は相変わらず、ない。それでも誠司は、大切に大切に、その写真を学生鞄のポケットへとしまった。そして、そのままベッドへと座り込んだ。

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