彼処に咲く桜のように

ぺんた(足立韋護)

八月一日(四)

「お、おい、さくら、勘違いするな」


 咲の体から離れようとするが、咲が誠司の背中に回した両手を固く結び合っているせいで、思い通りに離れることができない。咲はここぞとばかりに誠司と自らの体をきつくきつく引き寄せる。その表情は至って真剣であった。


「おい、おい、一体なんのつもり……」


「さくらちゃーん、誠司達いた、か……?」


 さくらの背後から太一と葵が顔を出した。そしてあからさまに表情を歪める。捕らえ続ける咲から、必死に逃れようとしている誠司の姿がそこにあった。誠司の頭はすっかり混乱していた。
 俯いて肩を震わせていたさくらは、振り向いてどこかへと走り出してしまった。途端に咲の腕から力が抜け、それからようやく誠司は咲を振りほどいた。太一の元へ近づき、まず弁明しようとすると、太一は一言呟いた。


「おい誠司。歯食いしばれ」


「なん────」


 太一の固く握りしめられた大きな拳が、誠司の頬を捉えた。誠司の頬に激しい衝撃走り、あとからじわじわと痛みがやってきた。衝撃と同時に視界が一転して、真っ暗な夜空が見えていた。時折、その夜空に何かがチカチカと眩しく光っている。星ではない。誠司は殴られた衝撃のせいだとすぐに判断し、咄嗟に立ち上がった。


「お前らは大きな勘違いをしているぞ!」


「んなのはわかってんだよ! お前が浮気しようだなんてこと、思わないことくらい」


「じゃあなんで殴った!」


「どんな理由があったって、恋人悲しませる奴は最低だ! さくらちゃんは優しいから何も言わずに逃げたんだ、だから俺が代わりに殴ってやった! 文句あるか!」


「だからって思い切り殴るな……気絶しかけた」


「さくらちゃんを大切に思ってんのは、お前だけじゃねぇんだよ! あーもういいや、はい説教終わり! だからさっさと追いかけろ!」


 誠司は太一に背中を押され、困惑気味に顔を背後に向けながら小走りした。太一と葵が一度こくりと頷き、咲は顔を背けていた。


 一気に色々なことが起こってよくわからん。勘違いされて、悲しまれて、逃げられて、殴られて、説教されて……追いかけている。どのみちさくらにこのまま行方不明になってもらっては困る。思い切り走れば、追いつくか?


 走りながら人混みをかき分け、やがて祭り会場の外へと出た。電灯は少なく視界も悪い。暗い中、誠司は戸井高校への坂へ向かって、全速力で走り出した。腕を振り切り、短く呼吸をし、そして地面を思い切り蹴った。
 坂に入ってもその速度は落ちることなく、前傾姿勢のまま駆け抜ける。坂の上までやってきたところで、小走りになっているさくらの後ろ姿が、遠くに見えた。誠司は思いきり息を吸い、肺に腹に空気を溜め、一気に口の外へと爆発させる。


「さぁくらぁぁあ!!」


 ビクリと一瞬こちらを振り向いたさくらは、更に逃げて行く。滝のように流れる汗を拭いながら、誠司は駆け出した。急勾配を登ったあとの道は、校門前から緩やかな下りカーブへと入る。このまま進めば、戸井駅へと至るいつもの帰り道だ。しかしその道にさくらの姿はない。少し道を戻り、学校の敷地から道を横切って飛び越えた先、長い草たちに隠された道は、以前さくらに案内された隠れスポットへ続く道だ。誠司は、暫しそこを凝視してから、草を掻き分けつつ進んで行く。
 やがて開けた場所に出ると、いつか見たような夜景が広がっていた。そして、おもむろに視界の左にある長いベンチを見ると、肩で息をしているさくらが座っている。

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