彼処に咲く桜のように

ぺんた(足立韋護)

八月一日(二)

 戸井救済寺といきゅうさいじ。この寺に続く長い石畳みの枝分かれした道に沿って、うねる迷路のように露店が開かれていた。坂を下ったすぐ先にあったので、初めて来た誠司やさくらもすぐにそこで祭りが行われているとわかった。
 都心に近いこともあって、人は混雑をきわめ、人の波に乗らなければ通れないほどであった。五人は人混みの中にするりと入り、露店を眺めながら進んでいると、突然ある一つの露店に咲が走り出した。


「あ、おい、倉嶋! 太一、ひとまず進んでおいてくれ」


「おお、わかったぜ。葵、さくらちゃん、先行っとこう」


「誠司君……!」


 誠司の元へと歩き出そうとしていたさくらだが、人混みにもまれ、流れのままに進んで行くしかなかった。


「大丈夫だ。心配するな」


 振り向いた誠司は浴衣姿の咲へと追いつき、乱暴にその肩を掴んだ。


「勝手に駆け出すな。はぐれるだろう」


「ウチ、これ好きなんだよね」


 咲が買っていたものは、りんご飴であった。飴でコーティングされた赤いりんごに薄茶色の割り箸が刺さっている。誠司にはそれがなんとも甘ったるそうに見えた。時折、背中に人の流れがぶつかってくることを気にしながら、咲の後ろから手元を覗き込んだ。


「りんご飴?」


「うん、そ。りんご飴」


 まるで子供のように瞳を輝かせながら、りんご飴に見入る咲は、いつもの乱暴な様子とは少し違って見えた。


「大月とか追いかけるの、食べてからで、良い?」


「……仕方ない。そこのベンチに座ろう」


 りんご飴を買った露店の横から、薄暗い木々の間に小さな空間があり、そこに長椅子のベンチがひとつだけぽつんと置かれていた。人目につきづらいこの位置のベンチには、誰が座っている様子もない。二人がそこに腰掛けると、あの人の激流が遥か遠くに行ってしまったかのように見えた。
 見上げると、木々がそこだけを避けて植えられているため、ぽっかりと雑木林から紺色の夜空が見えた。星がうっすらと輝き、月明かりが夜の木々から差し込んでくる。
 りんご飴を舐めている咲の頬は、そのりんごと同じように赤く染まっていた。今更、誠司と二人きりであることに気がついたようだ。


「美味いか?」


「うん、最高。食べてみる?」


「遠慮しておく。甘ったるいのは苦手なんだ」


 そんな返事はお構いなしに、咲は先程から舐めていた場所とは反対側を誠司へと突き出した。数回瞬きした誠司は、困ったように咲を見つめる。咲は誘うように、りんご飴で誠司の唇を数回軽く叩く。仕方なく、口を開けた誠司は、大きくりんご飴を食べて見せた。


「どう?」


「……美味い。思ったより甘ったるくないんだな、りんごの酸っぱさのおかげか」


「そゆこと。見た目甘々に見えるから、男子には人気ないんだよねー」


 誠司は人差し指を立てた。咲はそれを凝視し、首を傾げる。


「もう一口、かじらせてくれ」


「えーもう、しゃあないなぁー」


 りんご飴を頬張る誠司の目は決してくすんではおらず、むしろ驚きとその美味しさに目を輝かせている。咲は膝に肘をつきながら手に頬を乗せ、りんご飴をひたすら咀嚼する誠司を愛おしそうに見つめた。


「秋元は、祭りにあんまり来たことないの?」


「ああ、あまりない。小学二年生のときに、一度違う場所の祭りに行っただけだ」


「へぇー意外! でもないか」


 親が食べているのをずっと見ていただけだったか、あの時は。


「意外ではないな」


「んだね」 


 誠司は口元だけ綻ばせ、咲は目を細めながら静かに笑いあった。

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