彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十七日(三)

「ここからは上履きを買うだけだ。だから────」


 さくらはじっとりと誠司を見つめている。先程言われたことを思い出し、誠司は改めてかける言葉を変えた。


「……一緒に選んでくれるか」


「もっちろん!」


 上履きに選ぶも何もないと思うんだが、つまりはこれを求めていたのだろう。


 狭い店内には、所狭しと制服に関連する商品が並べられていた。ブレザーや学ラン、上履きに関しても様々種類があり、学校指定のものがどれであるか、誠司には見当もつかなかった。だがここで適当に選んでしまっては、後々、担任の田場や生活指導担当の松坂に指摘されるのは目に見えている。
 誠司が神妙な面持ちで、これだと思う上履きを、吊るされている中から選び取ると、さくらは顔の前で腕を交差させていた。どうやら違うようだ。


「誠司君、履いてた上履きの種類もわからないの? 泥まみれの上履きは確認してきた?」


「家の人間に見られたくないから、帰り際に捨ててきた」


「こらっ。ポイ捨てはいけません」


 さくらは交差した腕のまま、誠司へと突撃した。それをひらりとかわした誠司は他の上履きを眺めた。


「じゃあどれなんだ。あの学校の上履きは」


「これだよ」


 さくらが指した上履きは、よく見れば確かに覚えのある形をしていた。渋々それを手に取り、レジへと向かった。上履きを買い終え、ビニール袋を手に下げた誠司は、その中にプレゼントされたペンダントを放り込む。


「もう用事は済んだが、どこか行きたいところ、あるか?」


「んん……あ! 少し行ってみたいところがあるんだ」


 さくらに案内されるまま、商業ビルを横から抜けた。車や人が忙しく行き交う大通り沿いをしばらく歩くと、とある大きな公園へと辿り着いた。入り口には、もみの木公園と書かれた仰々しい記念碑が立っていた。


「もみの木公園? やたらに大きい場所だな」


「ここに来たかったんだー」


 公園内を見回しているさくらは、腰の後ろに手を組みながら、ゆったりと歩き出した。自然溢れる公園の風景と重なり、つくづく絵になると誠司に感じさせる。二人は短い草を踏み鳴らしながら、奥にある大きく平らかな広場へと進んだ。その中心には、非常に成長したもみの木が聳え立っている。


 このもみの木が、ゲートボーラーを泣かせてきたことは目に見えるな。この土地の無駄遣いはなんだ。


「こんな整った三角形のもみの木は、この辺にここしかないんだ。だから、クリスマスにはすごい装飾がされるんだって!」


「ちなみにもみの花言葉はなんなんだ?」


 突然の質問ではあったが、さくらはもみの木を眺めながら答え、理路整然と補足した。


「時、だよ。国内だと、温かい地方に自生するんだって。こんなに大きな木だから、漠然とした花言葉も説得力があるよね」


「どれだけの時間を過ごしてきたんだろうな」


 太陽が照りつける中、二人はしばらく感傷に浸っていた。誠司は、この時間が決して嫌ではなかった。むしろ何かを真剣に考えることを好む傾向があると、最近自覚しつつある。太一に生真面目であると言われるのも、自分自身納得していた。


「クリスマス……」


「誠司君?」


 首を傾げるさくらを横目で見ながら、もみの木を見上げて、大きく息を吸った。


「クリスマスに、二人で、またここに来よう」


 誰かとクリスマスの約束を取り付けることになるとは、進級当初の誠司からすれば思ってもみない出来事である。もう一度さくらの様子を見ると、口を小さく開け唖然としていた。


「答えは?」


「あっ……は、はい! 私なんかで良ければ!」


「そうか、わかった」


 わかった、なんて冷たい言葉しか出ない。そうしてきたのは自分で、高く高く積み上がったプライドと過去の罪は、クリスマスの誘いをする程度の容量しか通してくれないんだ。もう心の中ではわかっていた。だが、なかなかこの分厚い壁は許してくれない。
 さくらなんか、じゃない。さくらでなければ、俺はクリスマスに、ここへは来ない。そう、さくらでなければダメなんだ。










────俺は、さくらが好きなんだ。





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