彼処に咲く桜のように
五月二十六日(八)
背の高い雑草を、強引に分けて作られた道をさくらは迷う様子もなく突き進んでいく。誠司はところどころ飛び出す木の枝を手で退かし、その後をついて行った。足場も視界も悪く、葉の匂いが充満する道はまだ続いている。
この奥に答えがあるのか、さくら。
二分もしないうちに、大きく拓けた場所に出た。戸井の町並みを一望できるその空間だけは、雑草が整備され、長いベンチが用意されていた。そして、その傍らには大きな何かの木が聳え立っている。
切り立った丘から見える戸井町は、橙色の夕日に包まれていた。誠司は思わず、その雄大な景色に息を飲んだ。
「ここ、私が散歩してる時、偶然見つけたんだよ。綺麗な場所だよね」
「近くにこんな場所があるとは。学校の場所が小高い丘なだけはあるな」
さくらは放置されているベンチに座り、鞄から手帳を取り出した。その中身をぱらぱらとめくりながら、ぽつりと呟いた。
「……私は、嘘つきなんです」
「どういうことだ?」
誠司がさくらに歩み寄る。
「臓器の手術をして、やっと楽しみだった学校にまともに通えるようになって、でも友達も上手く作れなくて。高校に入っても、運動も、勉強だって上手くいかなかったよ。いじめもわかってた。それで、学校が楽しいわけ、ないんだよ……。この楽しそうにしてる笑顔、よく出来てるでしょ? 私なりの強がりなんだ」
空を見上げたさくらの表情は、いつもと変わりなく微笑んでいた。
「上履きも隠されたこと、あったよ。その時はお父さんとお母さんに、失くしちゃったって言って、怪しまれないように笑って、お願いしたら買ってもらえた。相手のためにつく嘘は、良いことだよね。でも、それでもつらかったよ、誰にも話せないって。どうしても悲しい時には、ここで一人で泣いてたんだ」
「だからお前は……」
「御影君と青山さんのしたことは、とても、酷いことだと思ったの。だからね、つい怒ってあんなこと言っちゃった」
さくらは立ち上がり、その背の高い木を見上げた。
「ねぇ、誠司君。私らしいって、何かなぁ」
こちらに向けてきたその笑顔は、まるで助けを求めているような、何かを必死に堪えているような、そんな笑顔だった。誠司はその時、自分の犯してしまった過ちに気がついた。
俺はさっき、とんでもなく酷なことを言ってしまったということか……。
だが、それなら俺にだって言いたいことはある。
「じゃあ、俺や太一、あの生徒会長に向けていた笑顔は、偽物だったのか?」
「えっ……いや……」
「嘘臭くない、俺には真似出来ないような眩しい笑顔には、お前らしさが十分詰まってるんじゃないのか。本当に楽しさや嬉しさを味わっていたんじゃないのか。あれも、嘘だったのか!」
「嘘じゃない!」
互いに大きな声を張り上げた。笑顔を崩し、必死に弁明しようと目を見開いているさくらは、ふと我に返った。
「あ……その、あれは本当に楽しかったよ」
沈みかけた夕日が包み込む中、誠司は俯くさくらの目の前まで寄った。そして、頭の上から静かに声を掛ける。
「なら良いじゃないか。媚びへつらい自分を騙すことは、決して悪いことじゃない。本心のさくらも、そうでないさくらも、全部丸々さくらだよ」
「癖だから、直せないかもしれないよ……?」
「無理に直そうしなくて良い。だが、辛くなったらいつでも俺の前で泣いて良いんだぞ。
お前は、俺の……」
誠司は意を決して、大きく息を吸い込んだ。
「────俺の大切な人、なんだからな」
目元に透き通る涙を溜め、口元を歪ませるさくらが、わずかに微笑む誠司を見つめた。涙を拭い、声を裏返らせながら、微笑み返した。
「ん、うん……ひっく。あり、がと……。ありがとう……ありがとう……」
誰にも甘えられず、自分の心を押し殺し、ただただ気を張っている。
────本当だな。俺とそっくりだよ、お前は。
この奥に答えがあるのか、さくら。
二分もしないうちに、大きく拓けた場所に出た。戸井の町並みを一望できるその空間だけは、雑草が整備され、長いベンチが用意されていた。そして、その傍らには大きな何かの木が聳え立っている。
切り立った丘から見える戸井町は、橙色の夕日に包まれていた。誠司は思わず、その雄大な景色に息を飲んだ。
「ここ、私が散歩してる時、偶然見つけたんだよ。綺麗な場所だよね」
「近くにこんな場所があるとは。学校の場所が小高い丘なだけはあるな」
さくらは放置されているベンチに座り、鞄から手帳を取り出した。その中身をぱらぱらとめくりながら、ぽつりと呟いた。
「……私は、嘘つきなんです」
「どういうことだ?」
誠司がさくらに歩み寄る。
「臓器の手術をして、やっと楽しみだった学校にまともに通えるようになって、でも友達も上手く作れなくて。高校に入っても、運動も、勉強だって上手くいかなかったよ。いじめもわかってた。それで、学校が楽しいわけ、ないんだよ……。この楽しそうにしてる笑顔、よく出来てるでしょ? 私なりの強がりなんだ」
空を見上げたさくらの表情は、いつもと変わりなく微笑んでいた。
「上履きも隠されたこと、あったよ。その時はお父さんとお母さんに、失くしちゃったって言って、怪しまれないように笑って、お願いしたら買ってもらえた。相手のためにつく嘘は、良いことだよね。でも、それでもつらかったよ、誰にも話せないって。どうしても悲しい時には、ここで一人で泣いてたんだ」
「だからお前は……」
「御影君と青山さんのしたことは、とても、酷いことだと思ったの。だからね、つい怒ってあんなこと言っちゃった」
さくらは立ち上がり、その背の高い木を見上げた。
「ねぇ、誠司君。私らしいって、何かなぁ」
こちらに向けてきたその笑顔は、まるで助けを求めているような、何かを必死に堪えているような、そんな笑顔だった。誠司はその時、自分の犯してしまった過ちに気がついた。
俺はさっき、とんでもなく酷なことを言ってしまったということか……。
だが、それなら俺にだって言いたいことはある。
「じゃあ、俺や太一、あの生徒会長に向けていた笑顔は、偽物だったのか?」
「えっ……いや……」
「嘘臭くない、俺には真似出来ないような眩しい笑顔には、お前らしさが十分詰まってるんじゃないのか。本当に楽しさや嬉しさを味わっていたんじゃないのか。あれも、嘘だったのか!」
「嘘じゃない!」
互いに大きな声を張り上げた。笑顔を崩し、必死に弁明しようと目を見開いているさくらは、ふと我に返った。
「あ……その、あれは本当に楽しかったよ」
沈みかけた夕日が包み込む中、誠司は俯くさくらの目の前まで寄った。そして、頭の上から静かに声を掛ける。
「なら良いじゃないか。媚びへつらい自分を騙すことは、決して悪いことじゃない。本心のさくらも、そうでないさくらも、全部丸々さくらだよ」
「癖だから、直せないかもしれないよ……?」
「無理に直そうしなくて良い。だが、辛くなったらいつでも俺の前で泣いて良いんだぞ。
お前は、俺の……」
誠司は意を決して、大きく息を吸い込んだ。
「────俺の大切な人、なんだからな」
目元に透き通る涙を溜め、口元を歪ませるさくらが、わずかに微笑む誠司を見つめた。涙を拭い、声を裏返らせながら、微笑み返した。
「ん、うん……ひっく。あり、がと……。ありがとう……ありがとう……」
誰にも甘えられず、自分の心を押し殺し、ただただ気を張っている。
────本当だな。俺とそっくりだよ、お前は。
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