彼処に咲く桜のように
五月二十六日(六)
その時、御影の行動に変化があった。土の中から汚れた上履きを取り出している。それを見た四人は一斉に走り出した。しかしその最中、御影の背後に人影が歩み寄っていることを確認できた。
その人影は御影の手に持っている上履きを、紙袋に詰め込んでいる。協力者がいることは誠司の想定外であった。その人物こそ、咲の友人にして不良仲間でもある青山麻耶だった。
走ってきた誠司達に気がついた二人は、咄嗟に校舎の中へと逃げ込もうと試みる。しかし、既にその入り口を仁王立ちで塞いでいる者がいた。
「ダメじゃないかぁ。花壇に上履きなんか埋めたりしちゃあ」
「せ、生徒会長?」
腑抜けた声とともに腰を抜かす御影と、ただただ驚愕する青山の行く手を阻んでいたのは、前生徒会長の代わりに、生徒会長を務める夏目葵であった。そのうちに御影と青山の背後を、誠司達が素早く取り囲んだ。
「ナーイス生徒会長! 呼んでおいて正解だったぜ!」
「やれやれ、何分間待ったと思ってるんだい那須。ま、そんなことより、話を進めたほうが良いんじゃないかな」
咲は青山の胸ぐらを掴み上げ、ドスの効いた声で脅すように問いただす。太一はその後ろで、ひとまず御影を拘束する。
「オイ、麻耶。今さっき御影に協力してたよなァ。つまりは、テメェも秋元に嫌がらせした仲間だったのかよ。あ?」
誠司が青山の持っていた紙袋を破き、中から上履きを取り出した。上履きの学年色である緑色、サイズ、かかとの踏み具合、そこに書いてある秋元という名前。これ以上の証拠はなかった。
「間違いようもない。俺のだ」
青山は苦々しい面持ちで顔を背けた。
「ウチが秋元、好きだってこと、ちゃんと話したよな。応援してくれるって、言ったよな。じゃあこれ、お前、一体どういうことだよォ!」
「秋元に水槽ぶち込まれてから、咲なんか変だったんだよ! 口を開けば、秋元秋元秋元ってさ……。急に真面目ちゃんぶったりして。咲に戻ってほしくて。だから御影使って、秋元に嫌がらせしてやろうって……」
「変でも良いんだよ、初恋なんだよ! ……どうしようもなく好きなんだから、しょうがないだろ! 振られたし、見込みないし、ウチは……ウチはどうしたら良かったんだよぉ! うぅぅっ……」
咲はその場に座り込み、顔を両手で抑えてしまった。やがて体を震わせながら、嗚咽が聞こえてきた。それにつられた青山も、泣きべそをかきながら咲に寄り添った。
「そんな、咲が迷ってるなんて知らなかったよ……。咲、酷いことしてごめん」
「う、ん……」
咲と青山は涙を頬に伝わらせながら、きつく抱きしめ合っていた。それを真横から冷めた表情の誠司とニマニマと笑みを浮かべる夏目は見守っていた。
「そして俺には謝らないのか……。まあいい。俺は何より、靴下姿を散々嘲笑っていた御影に苛立っているのだからな」
「こういうところは、不良の良いところだよなあ。那須、こっちは解決ってことで良いのかい?」
「うーん、多分そうみたいだな! 後は……こいつだぜ。誠司、言いたいことあるか」
誠司は、へたり込む御影を前にして立った。ひとまず理由から聞こうと思った矢先、唐突にさくらの後頭部が視界いっぱいに入り込んだ。さくらが、誠司と御影の間に割り込んできたのだ。至って真剣な表情のさくらには、いつもの笑顔は微塵もなかった。さくらの姿を見上げる御影は、ひどく怯えた様子だ。
「お、お、大月さん。これは違うんだ! さっき青山さんが言ってた通り、僕はただ指示されて……」
「あんなことを指示されて、指示通りに従う御影君を、私は可哀想に思うよ」
「それ、それって一体……」
「他人の上履きを勝手に持ち出して、その人が困っているのを楽しんで、あなたは可哀想だよ。私はね、如何なる理由があろうとも、大切な人を傷つける人は許せない」
「ま、待ってよ! どうして、どうしてよりにもよって秋元なんだ────」
「あなたには関係ありません」
唖然としている御影の前で、さくらは大きく息を吸い込み。いつも通りの口調で、言い放った。
「私は、御影君が、大嫌いです」
その人影は御影の手に持っている上履きを、紙袋に詰め込んでいる。協力者がいることは誠司の想定外であった。その人物こそ、咲の友人にして不良仲間でもある青山麻耶だった。
走ってきた誠司達に気がついた二人は、咄嗟に校舎の中へと逃げ込もうと試みる。しかし、既にその入り口を仁王立ちで塞いでいる者がいた。
「ダメじゃないかぁ。花壇に上履きなんか埋めたりしちゃあ」
「せ、生徒会長?」
腑抜けた声とともに腰を抜かす御影と、ただただ驚愕する青山の行く手を阻んでいたのは、前生徒会長の代わりに、生徒会長を務める夏目葵であった。そのうちに御影と青山の背後を、誠司達が素早く取り囲んだ。
「ナーイス生徒会長! 呼んでおいて正解だったぜ!」
「やれやれ、何分間待ったと思ってるんだい那須。ま、そんなことより、話を進めたほうが良いんじゃないかな」
咲は青山の胸ぐらを掴み上げ、ドスの効いた声で脅すように問いただす。太一はその後ろで、ひとまず御影を拘束する。
「オイ、麻耶。今さっき御影に協力してたよなァ。つまりは、テメェも秋元に嫌がらせした仲間だったのかよ。あ?」
誠司が青山の持っていた紙袋を破き、中から上履きを取り出した。上履きの学年色である緑色、サイズ、かかとの踏み具合、そこに書いてある秋元という名前。これ以上の証拠はなかった。
「間違いようもない。俺のだ」
青山は苦々しい面持ちで顔を背けた。
「ウチが秋元、好きだってこと、ちゃんと話したよな。応援してくれるって、言ったよな。じゃあこれ、お前、一体どういうことだよォ!」
「秋元に水槽ぶち込まれてから、咲なんか変だったんだよ! 口を開けば、秋元秋元秋元ってさ……。急に真面目ちゃんぶったりして。咲に戻ってほしくて。だから御影使って、秋元に嫌がらせしてやろうって……」
「変でも良いんだよ、初恋なんだよ! ……どうしようもなく好きなんだから、しょうがないだろ! 振られたし、見込みないし、ウチは……ウチはどうしたら良かったんだよぉ! うぅぅっ……」
咲はその場に座り込み、顔を両手で抑えてしまった。やがて体を震わせながら、嗚咽が聞こえてきた。それにつられた青山も、泣きべそをかきながら咲に寄り添った。
「そんな、咲が迷ってるなんて知らなかったよ……。咲、酷いことしてごめん」
「う、ん……」
咲と青山は涙を頬に伝わらせながら、きつく抱きしめ合っていた。それを真横から冷めた表情の誠司とニマニマと笑みを浮かべる夏目は見守っていた。
「そして俺には謝らないのか……。まあいい。俺は何より、靴下姿を散々嘲笑っていた御影に苛立っているのだからな」
「こういうところは、不良の良いところだよなあ。那須、こっちは解決ってことで良いのかい?」
「うーん、多分そうみたいだな! 後は……こいつだぜ。誠司、言いたいことあるか」
誠司は、へたり込む御影を前にして立った。ひとまず理由から聞こうと思った矢先、唐突にさくらの後頭部が視界いっぱいに入り込んだ。さくらが、誠司と御影の間に割り込んできたのだ。至って真剣な表情のさくらには、いつもの笑顔は微塵もなかった。さくらの姿を見上げる御影は、ひどく怯えた様子だ。
「お、お、大月さん。これは違うんだ! さっき青山さんが言ってた通り、僕はただ指示されて……」
「あんなことを指示されて、指示通りに従う御影君を、私は可哀想に思うよ」
「それ、それって一体……」
「他人の上履きを勝手に持ち出して、その人が困っているのを楽しんで、あなたは可哀想だよ。私はね、如何なる理由があろうとも、大切な人を傷つける人は許せない」
「ま、待ってよ! どうして、どうしてよりにもよって秋元なんだ────」
「あなたには関係ありません」
唖然としている御影の前で、さくらは大きく息を吸い込み。いつも通りの口調で、言い放った。
「私は、御影君が、大嫌いです」
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