彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十六日(三)

 しかしわからん。何故あいつはこうも俺を目の敵にするんだ。さくらをコンビニに連れて行ってから、それが顕著に現れるようになった気がするが。
 いずれにしても、まだ予想の段階。動くのは証拠を掴んでからでも遅くはないだろう。……それにしても、床が冷たい。


 席に座りつつ、靴下でぺたぺたと床を叩いた。チラと御影の様子を見るが、特に変わったところはなく、先程の笑みを我慢している表情も戻っていた。教室内はいつも通り騒がしく、いつもと違うことと言えば、誠司の上履きがないことと、そんな誠司を咲が見つめ続けているということだけだ。


 一限目は現代文。担当教諭の宮沢という女は、優等生を贔屓することで有名であった。そのためか、誠司や咲達には厳しく叱りつけ、御影やさくらなどには、とことん優しく接し、成績面でも優遇する節がある。
 それを知っていた誠司は、何か御影がリアクションをするのではないかと期待しつつ、宮沢にわかるよう靴下だけ履いた足を、机の外へと放り出していた。
 誠司の足は、音読しながら教室中をぐるぐると周る宮沢の視界に嫌でもそれは入ってくる。そして、誠司の思惑通り、わざわざ音読をやめ、靴下について突っかかってきた。


「あら秋元君、上履きがないの? みっともないわねえ」


「……めんどくさいからな」


「頭の悪さが丸出しよぉ。 ねえ、皆さん?」


 苦笑いで答えるクラスメイト達の中で、唯一、御影だけが必死に笑いを堪えていた。それを誠司は決して見逃さない。


 御影が犯人でないとすれば、いくら目の敵にしているにしても、無視するか、もしくは呆れるか、何にせよそのくらいの薄い反応だ。事実、藍田と青山は無視を決め込んでいる。それが、あれだけ大いに笑いを堪えていれば、誰だって奴が犯人だってことくらいわかる。優等生は悪さに関して、頭が回らないらしい。
 恐らく、自らのやったことが、上手く俺を困らせることになったと思い込んで、嬉しくてたまらないのだろう。


「おいテメェ!」


 顔を真っ赤にした咲が、机を激しく平手で叩いてから、椅子を跳ね飛ばすようにして立ち上がった。その激しい音に、宮沢と咲の周りに座るクラスメイトが、体をビクリと反応させる。
 宮沢と誠司、咲の三人に注目が集まった。静まり返った教室内で口火を切ったのは宮沢だった。


「ど、どうしたの、倉嶋さん? 何か怒ることがあるのかしら」


「アンタ、さっきから聞いてりゃ、秋元のこと好き放題言ってくれんじゃねえか。お? お?」


 メンチを切りながら、宮沢に詰め寄って行く。その迫力は、一気に周りの雰囲気が張り詰め、横槍を一切入れられなくなるほどだった。
 艶やかな黒髪のロングヘアと、きちんと着こなした制服、ナチュラルメイクの今となっては、想像もつかない態度であった。


「倉嶋さん、あなたせっかく最近更生されてきたと思っていたのに! ざ、残念でならないわ!」


「別にあんたらのためにこんな格好してんじゃねぇから! ウチは秋元が好きで、秋元もこんな糞真面目な格好してる大月のことが好きだっつーから、ウチなりに近付けてるだけ。わかったかよ腐れババア! 今度秋元に突っかかって笑い者にしようとしやがったら、マジで再起不能にしてやっかんなァ!!」


「ひっ……」


 言葉を失った宮沢の代わりに、誠司がゆっくりと咲の方へと向いた。咲は、頬を赤らめながら優しげに笑いかけてきた。


「倉嶋……」


「あ、秋元、ウチが、あんた守ってやるから……!」










「余計なことをしてくれたな」


「へ?」


 間抜け面女め。もう少し御影を観察していたかった。だが……まあ良いか。これ以上やると、今度は口をへの字にしているさくらが何かやりかねんからな。


 咲を席に戻るよう指示し、体を震わせて怯え切っている宮沢へと声をかけた。


「悪かったよ先生。授業を続けてくれ」


「ぐ、ぐぬぬ……。つ、続けるわよ!」


 もう少しで尻尾が掴めそうだ。御影……上履きの恨みは恐ろしいぞ。

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