彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十五日(四)

 咲も誠司に気がついたようで、表情を変えないよう努めているようだ。改めて見ても、すっかり不良の権化であった姿は消え失せ、一見、真面目でおしとやかな女子生徒に見えてしまうほど、その格好は様変わりしていた。
 やがて、誠司が雑草を踏み鳴らしながら咲の前へ立つと、二人の間に、暫し沈黙が流れた。


 初めに口を開いたのは、誠司だ。


「俺に一体何の用だ。この前のことなら、生徒指導室で謝ったはずだ。実際、俺もやり過ぎたと思って────」


「そういうことじゃねぇ……ないから。関係、なくはない、けど……」


 誠司は、訝しげに咲を見つめる。何を考えているか、さくら以上にわからなかった。咲は紅潮した顔をそらしながら、もじもじと手を弄っている。


「あれよ、その……ウチにあんなんしたの、あんたくらいでさ。なんでかわからないんだけど、やられてる間、なんかこう、気持ちが高ぶったというか……」


 やっぱりMじゃないか。


「これって、恋なのかなって」


 断じて違うと言える。


「そう思い始めたら、もう止まらなくて!」


 咲は二歩ほど足を踏み出し、誠司の眼前まで、ずいと近寄った。


「ウチと、付き合って!」


 まさか……こんなベタなシチュエーションで、こんな異常な女に告白されるとは思わなかった。しかし、好きでもない人間に告白されることほど、困ることはないな。


 誠司は一歩後退りしつつ、右手を小さく突き出した。


「……生憎、彼女は足りているんでな。気持ちには答えられない」


「大月ね?」


 誠司は、咲の憎らしげな瞳を見て、勢い良く咲の胸倉を掴み上げた。そしてぐいっと顔を近寄せる。


「さくらに何かしてみろ。その時は……」


 誠司がはっと気付いた時、既に、咲は高揚に満ち満ちた顔をしていた。顔を引きつらせた誠司は、腫れ物に触るように手を放した。掴んだ右手から肩まで鳥肌が立っていた。


「これ、これ!」


「こ、これとか言うな! 気色悪い変態不良女め」


 咲は感激したように両手で口を押さえていた。両足でバタバタと地団駄を踏み、興奮を体で発散しているようだった。


「ダメだこいつ……」


 とことん自分と相性が悪いことを知った誠司は、急いでその場から立ち去ろうと振り返った。ところが、制服の襟を後ろから掴まれ、足を前に出せない。


「諦めないからね、ウチの初恋!」


 不本意ながらも性癖の開拓者となってしまった誠司は、襟を掴む手を振りほどき、夕日の望む中、校舎を後にした。


 まったく……不思議な年だな。今までに経験していないことばかりが起きる。今年は、目まぐるしい年になりそうだ……。

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